11話 コスモス展覧会(3)
窓から脱出した四人は、外の光景を見て少し驚いた。
いつの間にか展覧会場【コスモス】の周りには、テレビ局の人間、キルズを捕らえようとしている警備員、キルズを殺そうしている反社、さらに野次馬。
中継しているであろうヘリコプターも何機か飛んでいる。
「日本最大級の展覧会に行けば有名になれるかもとは思ったけど、まさかここまでとはねー」
この状況に一番驚いていたのはアゲハだった。しかし未だキルズに余裕は無い。捕まってしまえば元も子もない。仮面によって表情が見えない四人は再び駆け出す。
「いたぞ! キルズだ! お前ら殺っちまえぇ!」
場は大混乱だった。キルズに迫ってくる反社を、警備員は見過ごす訳にもいかず取り押さえるが、警備員もそれだけに構っている余裕も無い。そこに大勢の野次馬がいるため誰がなんなのか判断出来ない。
襲いかかって来る反社を軽くあしらいながら、キルズはミナを先頭に人混みを縫って逃げていく。
しかし、このカオスの空間でも、結社はキルズを追い続ける。
「ミミ、キルズの現在地は」
『ヒカリ先輩からみて3時の方向、約15メートルです。今クゼツ先輩の真後ろ通ります』
「了解」
ミミの言った通り、後ろを振り返るとキルズが走っていた。顔を隠す仮面のおかげで見つけやすい。
しかし、クゼツはキルズを捕らえること無く、バレないよう気をつけながら四人を追う。
なぜなら結社には【幽霊の力】があるから。たとえ後ろから堂々とつけていても見つかる可能は少ない。
それからすぐにヒカリとハナも合流する。特に、ハナはバレないようにさらにキルズから距離を取って追う。
すぐに捕らえないのにはもちろん理由がある。まず、捕えられないからである。何度もキルズとやり合った結社だから分かる。彼女達を正当法で捕まえることは相当難しい。ならば奇襲をして一気に取り押さえるしかない。取り押さえると言っても彼女達の怪力があればたとえ四人で覆いかぶさっても簡単に抜け出されるだろう。
結社がしようと考えていること、それはキルズの素顔を見ることだ。誰でもいい、誰かひとりの素顔を知ることが出来れば、あとは見つけ出すのは時間の問題になる。なぜならキルズには最強のハッカーがいるから。街中の監視カメラの映像から特定の人物を探し出すことは、今の時代容易い事だ。
また、あわよくば彼女達の拠点を見つけることが出来るかもしれない。
「さすがにきつくなってきたな」
適切な距離を置きながらキルズの後を追っていたクゼツは走りながら言う。
コスモスから離れるほど、人数も少なくなっている。
人が減ってくればキルズはさらに自由に動くことができる。100メートル10台、その速さでキルズは逃げていく。
もちろんそんな足の速さを結社が追うことは不可能だ。
走って追いつくことが出来ないのなら、回り道して追いつくしかない。
「頼むぞ、ミミ」
『任せてください』
三人とは離れた所から指示を出しているミミの居場所には、何十台にも及ぶモニターが街のあらゆる場所を映していた。それには逃げ続けるキルズの姿も映っている。
『ターゲットは今も先頭を走っています』
ミミの言うターゲットとは、ミナのことである。ターゲットに選定した理由はキルズの中で一番戦闘能力が低いと感じたからである。
シアは論外、シロは以前のクゼツとの戦闘であの俊敏さでは捕らえることが出来ないと分かっている。そしてアゲハは突出した力は無いものの、全ての力に置いて抜かりがない、万能型といった具合で、これも捕らえることが難しい。
一方ミナに関しては、これまでの戦闘において目立ったことが無い。逆に考えればまだ未知数という危険も伴うが、危険なのは誰においても同じだ。
ミナをターゲットにしたことが正解なのかはこれから分かるだろう。
■
大通りに面したところに建っているコスモスから離れたキルズを追っている者はもはや誰もいなかった。既にコスモスから一キロは離れた。しかしそれでも足を遅めることはしない。
今は『私についてきてください』といったミナに、三人はただついて行っている。
「ミナちゃん、どこか向かっている場所とかあるの?」
一歩後ろにいるアゲハは聞く。
「いいえ、今は敵を誘っています。恐らく、私達のことを追いかけてきていると思うので」
「私達について来れる人なんていないと思うけど?」
そう言いながらアゲハは後ろを向くがそこには誰もついてきてなどいなかった。
「それでも警戒しておいた方がいい……無駄かも知れないけど」
シアが言った無駄かも知れないというのは、来ないから無駄という意味ではなく、”気がつけないから無駄“という意味だ。先程も、姉に気がついたのはナイフを投げられた後だった。このことから結社の存在を認知するのは難しいことは分かる。
「それで? 誘ってるってのは?」
「それはもちろん、油断した敵を逆に私達が捕まえることが出来れば、キルズとしては大きな利益となると思いませんか?」
敵はキルズが自分達を警戒しているとは思っていない。実際まだ姿すら見えていないのだから、そしてキルズを捕らえようと近づいた結社を、逆にキルズが捕らえる。もちろん結社も最大限の警戒をしているだろう。だからこれが上手くいくかは分からない。
「もしも失敗した場合は四人全員別れましょう、そうすれば追うことは不可能なので、それからは適当な商業施設に入ってトイレの窓から脱出してください」
「それで逃げきれるってこと?」
「はい、今私達を追うには監視カメラで見ているとしか考えられませんから、監視カメラのないトイレから出れば見つけることは難しいはずです」
「なるほどね、了解だよ、その作戦でいこう」
四人がその作戦を聞いた直後、敵は姿を現した。しかし、現れたのは結社ではなく、反社だった。
「お! ほんとに来やがった! 殺っちまえ!」
キルズが真っ直ぐ進もうとしていた道には、横道から出てきた数人の反社によって塞がれる。
「まーた邪魔が入りましたねー、これも結社の差し金ですかね?」
一度立ち止まったキルズは一息つくとすぐに掃討を始める。それは十秒とかからなかった。
しかし、倒してからすぐに別の敵が出てくる。ここで呑気に戦っている暇は無い。キルズは民家の屋根に飛び乗る。そのまま屋根を走って別の道に降りる。
■
その姿も、街中にある監視カメラで映されていた。
『左の道に出ました、どうしますか? まだ追い続けますか?』
先程まで捕らえるという話をして追いかけていたが、今は追い続けるのかという話に変わっていた。その理由は想定外のことが発生したからだ。
「────“学生手帳”、こんなものを落とすなんて、計画的なのか本当に落としたのか分からないな」
ヒカリの手元には小さな手帳が握られていた、『蝶光高校』、表紙にはそう書かれていた。
学生手帳。それは学生なら誰しもが持っているもので、もちろんどこの学校なのかも分かる。それをうっかり落とすなど、論ずるに値しない程の愚行である。
ただの学生手帳でも有益な情報だが、
「私達と同じ高校に、キルズが……そんなことが有り得るのか?」
その高校はヒカリ達が通っている高校と同じ高校だった。同じ高校に追い続けているキルズがいるということを、結社は信じられずにいた。
「ただどちらにせよ、この情報はキルズの正体を突き止める重要な物だよな、今これ以上追う必要があるかは微妙じゃないか」
「……そうだな、キルズに一泡吹かせてやろうと思っていたが、この手がかりがあるのなら危険を犯してまでも捕らえにいく必要は無いな」
”結社は撤退を選んだ“。




