1話 オープニング:スターファイヤ窃盗事件
2024年9月15日
強大な敵を前にして姉妹は手のひらを重ねる。
体中傷だらけで、目の前の敵にはこのままでは勝てないことは明白だ。
しかし屈する必要はない。”姉妹の愛はどんな相手にも敵う最強の力を持っている“。
「行くよ」
隣に並ぶ姉は妹に聞く。
「はい、お姉様」
妹は仏のような笑顔を見せていた。
二人は並んで前へ歩む。目の前の敵は決意を固めた表情をしていた。
11人は【disaster】の名をかけた最後の戦いを始めた。
■
2024年5月1日
月詠アゲハは微笑みながら隣を歩く仲間達に声をかける。
「準備はいい? みんな!」
屋上の淵ギリギリに立つと上昇気流によってショートカットの髪が靡く。
一人は「もちろんです」と頷き、一人は「はい!」と元気な返事を、一人は何も答えない。時刻は夜だが、満月の光によって表情を伺うことができた。全員、様々な想いを抱いているように写った。しかしその顔も白い仮面を付けることで見えなくなる。全身黒が目立つ服装で、傍から見れば暗殺者のそれだ。
「それじゃ、行くよ!」
アゲハの掛け声とともに作戦は開始される。六階建てのマンションの屋上から四人は跳び、目標の宝石が展示されている建物に着地する。
見事な着地を決めて、四人は素早く屋上の扉に走る。
「シアちゃんよろしく!」
そう呼ばれたのは血紅夜シア。整えられたショートヘアに、無表情で愛嬌のないシアは、脚を構えて頑丈な扉を蹴り飛ばす。
窃盗するのにそれは無いだろというツッコミが入るほどの音を立てて侵入口を作る。
四人は階段を降り、今回盗もうとしている赫宝石、『スターファイヤ』が展示されている階で止まる。
壁に寄りかかり警戒しながら中を除くが、警備をしている人間はいなかった。
「今回のドロボーも楽チンですね〜こんなんでユーメーになれるんですかねー」
そう愚痴を漏らしたのは四人の中で一番小柄で、白狐のような可愛さがある宵花シロだ。
「まぁまぁ楽で困ることはないんですから、いいじゃないですか」
逆に、四人の中で一番大人びていて、他の三人の姉のような見た目をしているのは夢ノ世ミナ。そのまま宝石の展示されているケースの元まで行き、工具を使ってケースの破壊を始める。
「楽チンと言ってもこのスターファイヤは数十億はするんだけどねー、ちょっと違和感はある気もするけど」
「いつもは何も考えてないアゲハ先輩が珍しくまともなこと言ってる!」
シロは驚いた様子でアゲハの事を見る。
「酷いよシロちゃん! 私だってこれでも結構色々考えてるだから!」
「頭悪そーなへんとーですね」
怒るアゲハに対して、シロは辛辣に思ったことを述べた。
今まさに犯罪中とはまるで思えない空気感だが、今日の時代ではこれがあたりまえなのである。犯罪行為は当たり前のように行われ、それを止める警察等はもはや機能していない。犯罪し放題が今の世の中なのである。
「んじゃ! 私達の名を残して置こうか」
アゲハはそう言うとスプレーを取り出し壁に文字を書き始める。
────────『kill's vampire』これが彼女達の名前だった。名前の意味はそのまま、殺しをする吸血鬼。
「よし、目標獲得、あとは逃げるだけです!」
ではバレないうちにさっさと撤退しようとしたその時だった。
『そんなに簡単に逃げれると思ったか?』
突き刺さるような鋭い声色で、冷酷な女王のような声が聞こえてきた。
四人は何事かと展示室の入口を見ると、そこには四人の少女が堂々たる態度で立っていた。
それぞれ服装も身長も髪型も違う、しかし全員が目の前にいる犯罪者を捕らえようとしている事は分かる。誰も笑っておらず、緊張感を持っている。
キルズのような“反社”を捕えるために活動する、“結社”である。
「やっぱそうだよねーそう簡単にはいかないよねー。“結社”、でもそう簡単に捕まえれるとも思わないでね?」
その雰囲気に負けず、アゲハは侵入する前と同じようなこの時間を楽しむ笑みを浮かべる。
さぁ戦闘開始だと結社が身構えたその時、アゲハと他三人は煙玉を投げ室内を煙で充満させる。
「くっ!出口はここしかない!絶対逃がすな!」
結社、と呼ばれた謎の少女は他の仲間達にそう告げる。
臨戦態勢、どこから来る、と、目を凝らす。がしかし────
「出口はそこだけじゃないよ!」
煙の中敵の声が聞こえたと思った瞬間。ガラスが割れる音がした。展示室の入口からでは、煙が視界を遮り中で何が起こっているのか何も分からない。しかし、見えなくとも分かった。
「まさか!ここは三階だぞ!しかもその窓は防弾ガラスのはず」
信じられないのも当然だろう。今言った通り、ここは三階で、窓も割ることは不可能だ。しかし彼女達は窓を割り脱出した。
「人間じゃないな、アイツらは……」
割れた窓から煙が外に出る。今更展示室の中に入っても、そこには割られたガラスケースと割られた防弾ガラスしか無かった。
■
窓から脱出した四人は走って逃げる。100メートル10秒台のペースで。
「いやーちょっと危なかったですねーでもあの窓が割れないでアゲハ先輩が激突してたらめっちゃ面白かったんですけどねぇ」
その姿を想像したのか一歩前を走るシロは吹き出す。
「……汚い……」
そのシロの唾が飛んだのか、今まで一言も喋っていなかったシアが口を開く。
「うあ! 珍しくシア先輩が喋った! これは嫌な予感が……」
「うん……その言い方だと普段全く喋らない無口キャラみたいになりますけどシアさんは普段から喋ってますよね……」
走りながらも冷静に訂正にするミナ。信じられない速度で走っているが、息は全く切れていなかった。
さすがにここまで逃げれば安全だろうと、四人は走るペースを下げ立ち止まる。
裏路地を見ると、若い女性が数人の女に囲まれていた。フード付きのパーカー、黒いレザー、体のラインが見える服などを着ている。加えて手にはナイフが握られていた。
「さて、今回も無事盗むことが出来ましたね」
ミナは紅く燃えているような模様が輝く宝石を取り出す。この窃盗事件は少なからずニュースなどで報道されるだろう。しかしそれでいい。むしろそれこそが、名を広める事が、今回この窃盗をした一番の目的なのだから。
「…………お姉さんに、見つけてもらえればいいですね」
ミナは喋らないシアをおちょくるシロを微笑ましい表情で見ながら独り言のように呟く。もちろんそれはアゲハに向けての言葉だ。
アゲハがkill's vampireなんて物騒な名前で犯罪行為をする理由、明確に絶対に叶えたいと願っている夢。
「うん、きっと見つけてくれるよ、だってお姉ちゃんは私みたいな“反社”を撲滅させることが夢なんだから」
『お姉ちゃんと再会すること』それだけだった。
「さーて! 一杯飲みますか!」
「うん……その言い方だと今からお酒飲みに行くみたいだけど、私たちまだ未成年だよ。まぁカラオケ行くって分かりますけど……」
アゲハはスキップしながらシアとシロの肩に手をかけ笑いかける。シアは嫌そうに顔をしかめた。その光景を後ろからミナが見る。傍から見ればただの仲良し四人組にしか見えないだろう。
世界を変えようとしている反社とは微塵も思えずに。
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「今回も逃げられたな……」
先の戦いで争った正義の味方である結社。その一人である蒼薔薇クゼツはほんの少し残念そうに息を吐く。
スターファイヤが展示されていた建物から出て、結社は繁華街の方へと歩いていた。
裏路地を見るとそこには一人の若い女性を囲むように何人もの人間が倒れていた。
「まさかあんなところから飛び降りるなんて予想できませんよ」
やれやれと愚痴を漏らすのはツインテールでそれに似合わぬ威圧感のある表情をさらす石竹ミミ。
「いやほんとにな、ヒカリ、あのガラスは間違いなく防弾ガラスだったんだよな?」
横を歩く、桜色のロングヘアーで可憐な美少女の虹色ヒカリは少し顔を曇らせ答える。
「あぁ、事前に割れるよう細工してたか、それとも人外の怪力か。まぁいずれにせよ私達もまだまだだということがよく分かった」
冷静に反省し、敗因を分析する。それが超真面目のヒカリの長所である。
「な、ハナも予想出来なかったよなー」
クゼツはからかうように最後のメンバー白雅ハナに話しかける。しかし、全く興味が無いのか、どうでもいいのか、「ね」、という最強に便利な一文字で会話を終わらせる。
白雅ハナ、普段から口数は少なく口癖は「あっそ」。彼女が何かを抱えて生きているということは、周りのメンバーも薄々気がついているが、それが何なのかは聞けていない。なぜならば言いたくないと何となく分かるから。
虹色ヒカリが創設した、世界を荒す反社から世界を守る組織、”結社“である『無名の結社』。彼女がこの結社を作った理由、それは。
『この狂った世界を元に戻すため』。しかし最近はこれとは別にもうひとつ大きな目標がある。それは『kill's vampireを捕らえること』。ヒカリの勘はよく当たる方だが、その第六感が言っていた。“キルズは無視できない反社“だと。だから必ず捕まえる。そう心に決めていた。
だからこそ今回の大敗は心に響いていた。この程度では絶対に捕まえられない。だが、何度もこんな無様な姿を晒す訳には行かない。次こそ、必ず捕まえる。
「まぁいつまでも後悔してても仕方ありませんし、気を取り直しパーッと遊びません?」
ミミの提案を他の三人は拒否しなかった。
「そうだな、じっくり反省会をやろうか」
「ヒカリ先輩それは遊びとは言いませんよ……」
既に脳内反省会を開催し始めるヒカリを、やれやれと困った顔つきでミミは肩をすくめる。
「いつも面倒なくせに、今日は優しいこと言うね」
「ハナ先輩、面倒なくせにってどういう意味ですか! それに私は私が遊びたいから言っただけです!」
そんなたわいもない会話をしながら四人は歩く。傍から見ればただの仲良し四人組にしか見えないだろう。
世界を変えようとしている結社とは微塵も思えずに。
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「よーお姉さん、てめぇあたしらにケンカ売ってんよな?」
とある繁華街の裏路地で、一人の女性が多くの女達に囲まれていた。明らかにこれから事件が起こる雰囲気だが、止めるに入ろうとする人はいない。
「チッ、スカしてんじゃねーよ」
リーダー的存在の女は若い女性の腹を蹴る。座り込む女性は腹を押さえながら苦しそうに喘ぐ。しかし女達はそんなことは気にしない。
「なぁ、あんたが先にあーしらにちょっかい出したよな?」
女の髪を掴み無理やり立たせる。
「姉貴の言う通り、こいつが先に足かけてきたんですよ」
「おーそれでこの態度はこいつ、死にたいようだな」
そういうとリーダーの女は素早く女性の後ろに回り、腕で首を絞める。そのまま力を入れていく。
女性は苦しそうにもがく。腕を引き離そうとするが他の仲間に腕を捕まれ抵抗出来なくなる。さらに強く絞められ口から涎が垂れる。
「このままぶっ殺してやる、クソ女」
これ以上強く絞めればただでは済まない。待っているのは『死』。しかし、彼女にとってこれは……
意識が飛ぶその瞬間。
「は?」
首を絞めていた女の腕から血が流れる。そして絞められていた女性の手にはナイフが握られていた。
「普段はナイフなんて使わないんだけどさぁこんな時なんだからまぁ許してくれよぉ?」
女性は狂気じみた笑みを浮かべ、反社達に襲いかかる。
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夜、日が変わる真夜中。四人は夜道を歩いていた。
誰もいない。静寂で閑静な住宅街の道。明かりすら街灯の光しか無いそんな道に、笑い声と話し声だけが響く。
住宅街の夜の道はどこか非現実的で、大通りに出れば日夜問わず反社と結社が戦いを繰り広げているというのに、ここは今は無き”元の世界“を思い出す。
kill's vampireことキルズは今日の出来事と、ついさっき遊んでいた事を振り返る。
「いやーほんとにアゲハ先輩は面白いですねーこんなにバカ面白い人は会ったことないですよー」
「もうその話はいいから! まさか男子トイレだとは思わなかったんだよ!」
「いやだとしても公共の場で! ぶっ!」
何を思い出したのかは分からないが、吹き出したシロの唾は前を歩いていたシアにぶっかかる。
「汚い……」
「うあ!珍しくシア先輩が喋った!これは嫌な予感が……」
「うん、その言い方的に普段全く喋らない系のキャラみたいになります……ってこれさっきもやりましたよ!」
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「どうだヒカリ、カラオケで一人黙々とやってた反省会は、次は勝てそうか?」
クゼツは腕を頭の後ろに組み、短い髪の毛を揺らしながら後ろを振り向く。
「あぁ、私達は相手を舐めすぎていた。私も自分では分かっていたはずだったんだがな、どうもあの体格と雰囲気を見たら警戒心というのが無くなったらしい。次は親の仇という気持ちで戦う」
「全く、ヒカリ先輩が歌わないから結局私とクゼツ先輩の二人カラオケになってましたよ、まぁ先輩の場合反省会してなくても歌わなそうですけど」
「いやーでもミミは歌上手いんだな! 思わず真剣に聞いてたよ」
ただ褒められただけだがミミは少し頬を赤くする。
「ミミ、耳が赤いよ」
「おいおいハナさんなんだねその寒いギャグは、まだ5月だぞ? そういうのは夏まで貯めとけよ?」
貯めるものでもないだろう……というツッコミはさすがに普段から口数の少ないハナはしなかった。
「まぁさっさと帰ろう。仕事は他にも山積みだ」
ヒカリは足を早め、他のメンバーもそれについて行く。すると、前から人が歩いて来るのが見えた。
自分達と同じ四人で、楽しそうに会話をしながらこちらに歩いていた。ヒカリは特に気にすることなく進む。まさか自分達が追っている『kill's vampire』だとは露知らず。
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楽しく話すアゲハ、前から誰かが歩いてきていることにすら気づいていなかった。それはアゲハだけでは無い。キルズの誰もが気づいていなかった。
相手はついさっき戦った結社、こんな偶然あるのだろうか。しかしどちらも相手を認識していない。
────────ふたつのチーム、八人は暗闇の中丁度街灯のある所ですれ違う。
特に見合うことも目が合うことすらなく、何も起こらず結社は絶好の機会を、キルズは奇襲のチャンスを逃した。
…………ん。
────────
…………?
しかし、アゲハとヒカリは振り向いた。タイミングが違ったため目が合うことは無かったが。
なぜ、振り向いたのかは分からない。何かに惹かれたのか 、何かを感じたのか。しかしなんにせよ。かくして彼女達の戦いは始まり、続いていく。