第206話 妖狐無間地獄
俺達が転移したところは高台の上だった。
そして、視線の先に海と港町が見えている。
「あそこがトレッタか?」
「はい。現在も魔族が駐屯しているそうです」
高台から周囲を見渡してみるが、王国軍らしき部隊はおらず、後退していると思われる。
「とりあえず、様子を見てみるか」
懐から護符を取り出すと、宙に投げた。
すると、カラスちゃんが現れ、町の方に飛んでいく。
カラスちゃんと視界をリンクしていると、港町に近づく一隻の船が見えた。
「あ、もう来てますね」
同じように視界をリンクしているAIちゃんがつぶやく。
「夜に着くって言ってたのに早いな……あ、いや、フォルカーが言ったのか。信用したらダメだわ」
嫌がらせで嘘を教えたな。
あいつなら十分にあり得る。
まあ、あいつの失敗はリアーヌが転移を使えるということを知らなかったことだ。
俺とAIちゃんがカラスちゃんの視界で船を見ていると、船が港に到着した。
すると、次の瞬間、船が爆発し、視界が真っ暗になる。
「何です? カラスちゃんが撃墜?」
「いや……」
遠目に見えるトレッタの町には巨大な犬が見えている。
「何あれ……?」
「顔が3つあるよ?」
「大きくない?」
「…………とんでもない魔力だね。こんなに離れているのにそれがわかる」
アリスが言うようにとんでもない魔力だ。
ここから500メートルはゆうに超えているはずなのに高い魔力を感じる。
「来るんじゃなかった……」
「今さら遅いな……ユウマ様、大蜘蛛をお願いします」
パメラの背中をポンポンと叩いたリアーヌが頼んできた。
「いやー……あれは大蜘蛛ちゃんでは無理だな」
「え?」
「大蜘蛛ちゃんが何匹いようと無理だ。大蜘蛛ちゃんの魔力をはるかに上回っている」
多分、相手にならない。
「ど、どうしますか?」
想定外なことにリアーヌが動揺している。
「仕方がない……ちょっと行ってくる」
「え?」
「確かにかなりの魔力だが、あれくらいならどうにかなる」
苦戦はするかもしれないが、国一番の陰陽師である俺の敵ではないだろう。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! あんたはダメよ!」
「そうだよ! 安静にしないといけないし、腹部の痛みは確実に動きに影響するよ!」
やっぱり薬師様とヒーラー様が止めてきた。
「それはわかるが、やらんとマズいだろ。一度、現れたら見境なく生物を滅ぼすバケモノらしいからな」
フォルカーがそう言っていた。
「ますます危ないわよ。あんたがそこまでする必要はないわ」
アニーがそれでも止めてくる。
「じゃあ、どうするんだよ?」
「うーん、大蜘蛛ちゃんより強い式神はいないの?」
大蜘蛛ちゃんより?
「こいつ」
AIちゃんを指差した。
「え? 子ギツネ?」
「無理じゃない? あ、でも、メレルさんが逃げ出すくらいには強いか……お母様だったみたいだけど」
あ、そうか。
母上を呼べばいいんだ。
バケモノの相手はバケモノにやらせよう。
「AIちゃん、母上を呼べ。あの人にやらせよう」
「わかりました……同期を開始……インストール中、インストール中、インストール中……」
AIちゃんは頷くと、母上を呼ぶためにインストールとやらを開始した。
「インストール中、インストール中、インストール中……いや、来てくださいよ。どうでもいいでしょう?」
ん?
「おねしょなんか仕方がないですよ……マスターのピンチです…………いや、おねしょよりもピンチですよ! え? 私? 無理無理…………おーい! もう! インストール中、インストール中、インストール中……」
母上がおねしょしたの?
そこまでババアになったか?
「どうした?」
そう聞くと、AIちゃんが顔を上げた。
「チビがおねしょをして泣き出したからおねしょを母親にバレないようにする対処で忙しいそうです」
くだらねー!
「怒られろよ」
「そう言ったんですけど、泣いちゃったからって……それで代わりに私がやれって」
「お前じゃ無理だ」
能力はあってもそれを使いこなす技能がない。
「インストールしていいって言われたんでインストールしてきました」
「したのか? それでいけるのか?」
「やってみます。別に死んでも問題ないですし」
まあ、式神だしな。
AIちゃんは俺の脳内に戻るだけだ。
「じゃあ、行ってこい」
「よーし! ついに眠れる私の真の力を出す時です!」
大丈夫かな?
俺が心配していると、AIちゃんの妖力が急激に上昇する。
すると、AIちゃんが高台から飛び降りた。
「大丈夫かー?」
高台から下を覗いて声をかけると、下から巨大な金色のキツネが現れる。
「ひえっ! ホントに来るんじゃなかった……」
「子ギツネがでかギツネになったのう……」
「化け狐だねー……」
「すごーい!」
「…………とんでもない魔力だね」
「これがあんたの母親の正体? やっぱりバケモノじゃん。あんた、絶対に人間じゃないわよ」
大きなキツネを見た6人が様々な反応をした。
「ほっとけ。よーし、AIちゃん、あのバカ犬にキツネの方がすごいことを教えてやれ! ……お前のことじゃない」
狛ちゃんがバカ犬に反応して悲しそうな目で俺を見てきたので撫でる。
『お任せを! ツバキ山の金狐様の力を見せてあげましょう!』
ひ孫のおねしょの対処をしている金狐様に代わって頑張ってくれ。
AIちゃんは頷くと、町に向かって駆けていく。
すると、遠くにいるケルベロスがこちらを見た。
そして、AIちゃんに向かって突進してくる。
AIちゃんとケルベロスがぶつかりそうになった瞬間、AIちゃんが尻尾を振った。
すると、その尻尾が当たったケルベロスが海の方に飛んでいく。
「えー……めっちゃ飛んでない?」
アニーが言うように数百メートルは飛んでいた。
地面に落ちたケルベロスは立ち上がったが、ふらついている。
「一撃じゃん……」
「何あれ? あの三つ首犬って大蜘蛛ちゃんより強いんじゃないの?」
ナタリアが指差しながら聞いてきた。
「大蜘蛛はただの妖怪だ。母上は神に等しい大妖怪だから格が違う」
きっとお稲荷さんなのだ。
「へー……ん? AIちゃんがぶれているような?」
ナタリアが言うように遠目に見えるAIちゃんがぶれて見える。
「うーん……AIちゃんが調子に乗っているなー」
普段、戦闘では活躍できないから嬉しいんだろう。
仕方がない……
「何あれ? ……え!?」
ナタリアが聞いてくるが、俺が答える前にAIちゃんが金色の炎に変わった。
「あれは妖狐無間地獄だな……すべてを焼却する術だ」
「えー……」
金色の炎に変わったAIちゃんは何匹もの巨大なキツネに増える。
そして、一気に爆散し、強烈な光を放った。
すると、光で何も見えなくなり、ここまで熱気がやってくる。
「…………まぶしいし、暑い」
アリスがそう言うと、暑さが消える。
おそらく魔法を使ってくれたんだろう。
しばらくして光が収まると、AIちゃんもケルベロスも姿が見えなくなっていた。
それどころか2匹がいた場所には巨大な穴が空いている。
「うわー………引くわー……しかし、ケルベロスどころか子ギツネの姿も見えないんだけど?」
妖狐無間地獄の威力にドン引きしていたアニーが聞いてくる。
「うーん……どうしたんだろ?」
なんでいないんだ?
『マスター……威力をミスって自分も燃えちゃいましたー……』
バカかな?
『戦闘に慣れてないくせに調子に乗るからだ』
『すみませーん……出してぇ……』
仕方がないので懐から護符を取り出すと、投げた。
すると、元のかわいいAIちゃんが現れる。
「いやー、失敗しましたね」
AIちゃんが向こうに見える大きな穴を見た。
「ヘタクソ。もっと上手くやれよ。やっぱり俺がやった方が良かっただろ」
「マスターはマスターでマズい気もしますけどね……」
いや、術の扱いはめちゃくちゃ得意だわ。
「ユウマ様、魔獣は倒しましたし、戻りましょう。ちょっと大事になりそうですし……」
巨大な穴が空いてるしな。
「よし、帰るぞ」
俺達はリアーヌの転移で逃げるように帰還した。
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