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三題噺もどき2

終末

作者: 狐彪

三題噺もどき―さんびゃくにじゅう。

 


「なぁ、お前、終末論って知ってるか?」

「……は?」

 数日前。

 そんなことを、突然聞かれた。

 仕事が終わって、事務所兼家に戻って、次の準備をしつつ休憩をしていた時だった。

 あの日も、今日みたいに暑くて仕方なくて、セミがうるさかった。

「なんて?」

「だから、終末論って聞いたことあるかって」

「…しゅーまつろん?」

「お前に分かるように言うと、最終的に世界も人間も死ぬってことだよ」

 と、言われてもピンとこなかった。

 バカにされている事しかわからなかった。

 何か難しそうなこと言い出したと言うことは、なんとなくわかったが……また、いきなりどうしたんだろうこの人としか思わなかった。

「……それがどうかしたの?」

「別に、どーってこともないんだけどよぉ……」

 準備をしながら、片手間に話を聞いてみることにした。

 この人に助けてもらったことはそれなりに感謝しているが、たまにこうして訳の分からないことを言い出すのは勘弁してほしい。

 ―殺人鬼なんて仕事してる時点で、訳は分からないし頭はおかしいのかもしれないが。

「んー…なんというか……」

「……??」

 やけに歯切れが悪かった。

 もしかしたら、この人は。

 あの時から、今日の事をどこかで分かっていたのかもしれない。

 万物に終わりが訪れるように、自分にもいつか終わりが来る。

 今日が、その日になるんだろうと、なんとなく悟っていたのかもしれない。

 そういう、野生の勘みたいなものは人一倍あった。

「宗教的な概念の話だから、俺もそこまで詳しくはないんだが」

「……へぇ」

 そうなんだ、というしかなかった。

 何せ、これだけ死を目の前に作り上げる仕事をしていると。

 いつか死ぬと言われても、そりゃそうだろうとしか言いようがない。

 今でもそう、思ってはいる。

 病気でも事故でも老衰でも、殺してでも殺されてでも。

 人は必ず死ぬだろうよとしか、思えない。

「……」

「……?」

 そこでなぜか。

 黙りこくった。

 いつもなら、もっと楽し気にとういうか揶揄いながらというか、会話は続けるのに。

 その直前まで、僕自身もガチャガチャと音を立てていたが、そのタイミングで準備が終わり、音もやんだから。

 その空気が、一瞬にして満ちた空気が、嫌でもわかった。

 シン――

 と静まり返った事務所。

 恩人と僕の2人きり。

 黙り込んだ姿勢の父と、首をかしげるだけの僕。

「どー

 うしたのと、続けようとしたところで、邪魔が入った。

 ガチャリと事務所の扉が開いたのだ。

 僕の後ろ側。唯一の入り口。

 そこにいたのは、同期というか、同じ年の、もう1人の少女。

「おつかれさまですぅ~……なに?」

 心底疲れたと言うような表情で入ってきた彼女は、少し異様な空気に気づいたのか。

 怪訝な表情を浮かべた。

「――おぉ。おつかれさん!どうだった?」

「――」

「……?別に、いつも通りですよぉ…」

 疲れました社長~と言いながら、ソファに座り込む少女。

 つい先ほどまでの空気が嘘のように消え去る。

 机に肘をつきながら、少女との会話を続ける社長。

「?てか、あんたいつまでそこにいるの?次は?」

「ぇ……ぁ」

 らしくもなく固まってしまった僕に。もっともなことを言う少女。

 隠しきれぬ動揺が漏れ、無意識にちらりと父を見る。

 ―すまんな

 と小さく。

 僕にだけ伝わるように言いながら。

「そろそろ時間だろ。行ってこい!」

 いつもの社長モードで応える。

 …ほんとに何だったんだろう。

 正直、その時の嫌な予感だけはしっかりと残っていたけれど。

 仕事に差し支えでもしたらいけないので、きれいさっぱり忘れることにした。

 その日は。

「はいはい、行ってきますよ…」

 だから、そんな適当な返事をして。

 事務所を出ていった。


 それから、また。というか。

 いつも通りの、多忙な日々を送って。

 事務所に、家に、帰る暇すらないくらいに、走り回って、殺しまわって。

 たまに帰っても、父はいなかった。

 別件の仕事だろうと、思っていた。

 どこかでざわつく心を抑えながら。


「――で?」

 誰も知らない路地裏。

 暑くて仕方ない。

 セミがうるさい。

「なんで、父さんは、こんな所にいるの?」

 応える声はない。

 目の前にあるのはただの死体だ。

 力なくうなだれ、手も足も投げ出され、真っ赤何かが流れ続けている。

「……殺人鬼の終末ってこんなもんってこと?」

 泣くことはない。

 それは、してはいけない事なのだ。

 父にそう教え込まれた。

 人の命を奪うやつが、身内が失われたと手、泣くべきではないとかなんとか。

 ましてや、この人は、実の、血のつながった父でもない。

「…そんなんって、なぁ?」

 頬を伝うこれは、きっと汗をかいているだけだ。

 涙なんてものは、とうの昔に枯れ切った。






 お題:殺人鬼・泣く・終末論

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― 新着の感想 ―
[一言] ダークな世界観に訪れるせつない別れ。 もしかしたら少女が……? とも疑い深く読んでしまいました。 人の命を奪うが故に、身内を失ったとしても泣くべきでないという教えは、きっと彼なりの美学であり…
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