第9話 ポケットの中の因果
「——やっぱり信じられない?」
愕然としていた俺に、会長は両肘を椅子にかけながらにったりとした笑みを浮かべて言った。
「あ、あたりまえだろ! なんだよ宇宙人って!? 馬鹿も休み休み言え、全然意味がわからねえよッ!」
「まぁそうでしょうねー。無理もない。アタシだっていきなりそんなこと言われても無理だもん」
ケラケラと他人事のように笑う会長は悪魔というよりもまるで魔女だ。その仕草と状況にすっかり頭に血が上っていた俺は言ってやった。
「ヘッ、なにがリリィデビルだ! この性悪ドS女! リトル◯ッチにでも改名しやがれ!」
「……アンタ、いきなり何言ってるの? 頭大丈夫?」
「あッ……」
やばい。またトランス状態に陥っていたみたいだ。意味不明なことを口走っている。脈絡も何もない言葉と罵声に会長の目がみるみる陰っていく。
急速に落ち着いてきた思考は目の前に座る悪鬼からの凍てついた瞳に耐えられず、
「……すまん。忘れてくれ」
「ごめんね。アタシ天才だから多分ずっと覚えてるわ」
「……俺が悪かったです。どうか忘れていただけると大変有り難いのですが」
「ま、忘れるかどうかは置いておいて。――そうだね。キミも混乱してるみたいだし、やっぱり順を追って説明しようか」
不吉なことを言いながら会長は指を鳴らした。すると、どこからともなくテントウ虫のようなデバイスがやってきて、俺たちの前に映像が投射される。ホワイトボードだった。その未来都市のようなアイテムを見せつけられた俺は、未来に追いやられた不幸を忘れ感嘆の声をあげた。
「す、すげぇ……」
「えへへ、便利でしょ? アタシが作ったんだぁ」
一転して子どものように無邪気に笑う会長。俺はそんな会長の二面性よりも先に、目の前の技術に驚嘆していた。
会長は自分でなんども自分のことを天才だと言っているが、それが誇張でもなんでもないのだと実感する。もしかすると、このラボ自体会長が作ったものなのかもしれない。だとしたら不思議だ。一体なぜ会長のような人間がウチのような平凡な学校にいるのだろうか。明らかにミスマッチでありミステリーだった。
「えーっと、今日いちにちで浅嶺くんに起こった事態を整理するとぉ……」
俺が考えを巡らせる合間にも、会長は空中に投射されたホワイトボードに文字を書き連ねていく。指を動かすだけで映像に書きたいモノが投影されるハイテクノロジーな仕組みで、どうやら時系列順に俺の行動をまとめているみたいだった。
『
浅峰賢治くんの愉快な一日
一. 紅葉と出会う
二. 指輪を拾う
三. 空を飛ぶ
四. 秘密基地に招かれる
五. アタシと出逢う
六. 宇宙人に命が狙われていると知らされる
』
「ふむふむ、こんな感じかな?」
可愛らしく首を傾げながら告げる会長に俺は諦めを含んだ声で応えた。
「……はぁ、そんな感じですね」
「アハハ、波乱万丈の一日だね」
「…………誰のせいだと思ってんだよ」
「え、なんか言った?」
「……いえ、何も」
しかし改めて見ても、異常な出来事が並んでいる。特に三と六によってそのレベルが引き上げられているな、やっぱり。空を飛ぶとか、宇宙人に命を狙われるとか、ホント訳がわからん。何度も言うけど、ここはフィクションの世界じゃなくて現実なんだぜ? もうちょっと自重してくれよ。
……あと会長、さりげなく会長との出会いの漢字が出逢うになっているのはなんなんですか? 俺との運命的なロマンスでも期待しているんですか? だったらまずはその性格を直してください。オレハイジメッコガキライナンデス。
「——ま、これを見てわかる通り、キミが犯した間違いを端的に指摘すると、昼休みに紅葉と出会ってしまったこと。それに尽きるわね」
会長は該当の項目に大きく丸をつけた。続いてそのすぐ下、二番目の項目には二重丸をつける。
「その上、さらに悪いことにキミはコイツを拾ってしまった」
同時に、会長が白衣のポケットからつまんで見せたのは指輪だった。金色の指輪。どこかで見たことのあるデザイン。
「あ、それ……」
「そ。キミが屋上で拾った紅葉の指輪。これはアタシのだけどね」
そうだ。昼休みに春山と別れたあと、指輪を見つけた俺はそれが春山のだと思い、後で返そうとブレザーのポケットにしまったんだ。そして空を飛ぶ直前に春山から指輪を拾ったのかと詰め寄られた俺はそれを春山に……って、あれ? 返してないな。ポケットに入れたままだ。
俺は指輪を取り出して会長に見せた。
「あ、まだキミが持ってたんだ」
と、会長は初めて見せる微妙な表情で俺の持つ指輪を見つめて、
「……かわいそうに。気が付かないか、すぐに紅葉に返せていれば何の問題もなかったんだよ。けれどキミは指輪を拾い、五時間目を通して指輪を持ったまま過ごしてしまった。時間にして一時間、だけどそれはキミの一生を左右する一時間だったってわけだ」
「……た、ただの指輪だろ? なんで持ってるだけでそんな大事になるんだよ?」
「残念ながら大問題。――いい、浅嶺くん? これはね、ただの指輪じゃない、一種の識別コードなんだよ」
「識別、コード……?」
「そう。アタシたちとパンピーをわける、ね」
「会長たちと、パンピーをわける……?」
ゴクリ、と喉を鳴らす俺。というかパンピーって、さっきから思ってたけど、会長って時折えらく古臭い言葉を使うんだよな。もちのロンとか、耳をかっぽじって聞きなさいとか……死語じゃないのか、それ。
しかし会長は構わずに説明を続ける。
「アタシと紅葉は共通の組織……っていったら大げさだけど、まあ、おなじサークルみたいなモノに所属しているんだけどさ、その会員証的な役割を果たしてるのがこの指輪なのよ」
俺は納得する。なんらかの組織に所属している者どうし、身分を示したり結束を高めるために共通のモノを持つというのは頷ける話だ。警察手帳や生徒手帳、マネージャーからのお守りやボ◯ゴレ◯ング。会長たちにとってのそれがこの指輪だということなんだろう。
会長は説明を続ける。
「で。その指輪を持っていたキミはアタシたちの仲間と認識され、晴れてお尋ね者となったってわけ。理解してくれた?」
「じゃあ、俺はホントにそんなモンを拾ったがために――」
「――まァ、ぶっちゃけて言うと、指輪を持っていたことも最大の要因ではないんだけどねー」
「違うのかよッ! なんだったんだよ、いまの話は!」
「ワッハッハ、事態はその前に既に動き出していたのだよ、明智クン」
会長は芝居がかった様子でそう言うと、なにやら急にニタニタといやらしい笑みを向けてきて、
「——聞いたよ、浅嶺くん。キミ、昼休みに紅葉と仲良くお弁当をつつき合っていたんだって?」
「なッ!」
「それどころか、手を繋いで廊下を歩き回ったそうじゃないか。やるね、キミも」
「ち、違うッ! あれは――」
弁当はつつき合ってねえし、後半はアンタの差し金だろ、と弁明しようとした俺だったが、
「……真昼、お茶持ってきた」
おり悪く春山がお茶を乗せたお盆を手に戻ってきた。俺たち二人の視線を受けて不思議そうな顔をしている。
「……どうしたの?」
「ううん、なんでもないわ。あ、お茶はそこに置いておいてくれる?」
「……うん、わかった」
「ありがと♪」
会長に言われた場所に春山は素直にお茶を置いていく。そしてそのまま奥の部屋へと戻ろうとした春山を、しかし会長は呼び止めて、
「ところで紅葉、昼休みに彼からお弁当を貰ったんでしょ? どう、美味しかった?」
「……うん。先輩の想いがつまってた」
「――ばッ」
「そっかそっかー。うんうん、良かったね紅葉。ちゃんと浅嶺くんにお礼を言っておかないとダメよ?」
「……うん」
春山がこっちを見て、
「……美味しかった、です。今まで食べたパンで一番」
「あ、ああ……」
……本当にズルいやつだ。そんな顔でそんなことを言われたらもう何も言えねえよ。
俺はその代わり、ヒューヒュー、と古風な囃を立てている会長を睨みつけた。
「だ、大体! 一緒に昼飯を食べて何が悪いんだよ! べつに普通のことだろ!」
「まぁ、そうねー。それ自体はよくあるラブコメ展開なんだけど……悪いことに、それをXに見られちゃったんだよねー。それでキミがアタシたちの仲間だって本気で勘違いされたみたいでさァ、いやー失敗シッパイ。やっぱり面白がって覗いてるモンじゃないわねぇ」
……会長の自白はあとで問い詰めるとして。
まずは出てきた気になる単語の意味を訊いておこう。
「なんなんだよ、そのXっていうのは」
「敵よ? アタシたちの」
会長の返答は、まるでペンギンが空を飛べると告げるような自然さだった。
俺はもう戻れない日常に涙した。
たまに主人公の名前が〝浅峰〟になってる気がする……。
〝浅嶺〟が正しいので、もしも発見したら教えてくれると嬉しいです!