第15話 生徒会からの出頭要請
「——ふむ、つまりお前の話を整理すると、だ」
翌日の朝。
俺は天城にきのうの経緯をすべて話した。
会長からは誰にも話すなと口止めされていたが、しかしバレなければ秘密はいつまでも秘密である。めくるめく非日常への道づ……仲間が欲しかった俺は天城に話してやることにしたのだ。
話を聴き終えた天城は眼鏡の奥の瞳をドブネズミように光らせて俺の話を要約する。
「――春山紅葉は空が飛べて、プロスペローという名前の秘密結社の一員で、その結社のリーダーはうちのロリっこ生徒会長で、さらにその構成員には犬耳男と喋る猫がいて、そしてその組織の目的は世界の征服だった、という訳か」
俺は神妙にうなずく。こんな荒唐無稽な話だ。果たして信じてくれるだろうか。俺は固唾を呑んで天城の反応を待った。
すると天城はそのキリンのようにほっそりとした首を頷かせて、
「なるほどな。よくわかったぜ」
「——おお!」
俺は思わず立ち上がって拳を握りしめた。
「わかってくれるのか天城! さすがは天城だ! 俺の家族とは理解力が違うぜ」
実は昨夜のうちに家族にも話していたのだが、帰ってきた反応はおよそ血を分けた人間に対する態度とは思えないほど凄惨なものだった。
あんた頭でも打った? とは母の言葉。
あー俺にもあったよ妄想を全開にしちまうこと、とは父の言葉。
うぅお兄ちゃんがついにおかしくなっちゃった、とは妹の言葉。
まったく、涙が出るぜ。俺はそのとき決めたね。進学したら絶対にひとり暮らししてやるって。
だがやはり持つべきものは心の友だ。天城はシンバルを持つサルのように手をぱちぱちと叩いて、
「いやいや、なかなかよくできた設定じゃないか。これなら上手く書けば賞も取れるかも知れんぞ」
しかし浅嶺がシェイクスピアを読んでるとはなぁ、にしても小説とは意外な趣味だ、とかうんうんとしたり顔でうなずいている。設定? 賞? シェイクスピア? 何言ってんだ、こいつ……。
「……おまえ、いったい何の話してんだよ?」
とまどう俺に、しかし天城は逆に訝しげに俺を見つめ返してくる。
「ん? いやだから小説の設定の話だろ? まさか浅嶺があの噂からそこまで妄想を膨らませることができるとはな。意外な才能だ。やるじゃないか、このこのっ」
ばしばしと俺の肩を叩いてくる天城。
俺は逆に天城の頭を叩いてやった。
「――バカやろう! 何が小説の設定だぁぁ! こっちは真面目に話してんだぞぉ!!」
「痛ってえなぁ! それはこっちのセリフだ!! どこのラノベの世界の話だよッ! ありえねえって!」
「はんッ、一体どの口が現実世界の常識をほざいてやがんだ! 中学までおねしょしてた男がよぉ!」
「——な、なぜお前がそれを!!」
「チッ、やっぱあだ名が『意外性のないの◯太くん』だった奴は信用できねえぜ。頭が凝り固まってやがる」
「お、おいッ! だからなぜお前がそのことを知ってる!?」
結局、掴み合いの喧嘩(と呼べるほど大袈裟なものではないが)に発展した俺たちは以降、碌な会話もせずにホームルームへと突入した。
もちろんその後の休み時間にもお互い話しかけることはなく、冷戦状態のまま昼休みを迎えた。購買であんぱんと牛乳を買ったあと、俺は教室に戻ってひとりで食べ始める。ちらりと天城の様子を盗み見ると、アイツも同様にひとりで飯を頬張っていた。
しばらく黙々と食べ進めていたが、ザザザッと何処かから機械音が聞こえたのと同時に、ピンポンパンポーンと間抜けな音が教室内に響いて、
——えー二年二組の浅嶺賢治くん。至急生徒会室まで来るように。繰り返します、二年二組の浅嶺賢治くん。至急生徒会室まで来るように。以上。三分以内にくること。遅れたら死刑だからね。
プツリッ、と放送が終わる。
訪れるのはじっとした静寂。クラスの誰もが俺のことを興味深げな目で見ているのを感じる。
むろん天城も俺を見ていた。俺は天城と顔を見合わす。鼻からずり落ちそうになっている眼鏡に天城の驚きが伝わってくる。
しばらく見つめ合っていたが、好奇心を抑えきれなかったらしい天城は俺の席までやってきた。それから猫にしがみつくダニのような声で、
「……おい、おまえ何やらかしたんだよ。あのロリ会長からの呼び出しなんてそうそうねえぞ」
俺はそんな天城に向かって大仰に肩を竦めてやった。
——だから朝に言っただろ。会長は超能力者で、世界征服を目論む悪の秘密結社のリーダーだったんだって。
しかし今更そんなことを口に出して反論したところで意味のないことだ。無駄な体力を消費するだけである。
俺は黙って席を立つと教室を出る。背後ではざわめきが広がっていたが、俺はもう知らねえ。せいぜい天城にでも聞いてくれ。
俺にはお前らに構っていられる余裕はないんだ。
……ああ、一体なんの呼び出しなんだろうか。まさか秘密を喋ったのがバレたのか? それで口封じに殺されたりしてしまうんだろうか。ああ、憂鬱だ。
逃げ出したくなるが、どうせ逃げ切れるわけがないと諦めの境地で、俺は死刑執行が執り行われる死刑囚みたい気持ちでとぼとぼと生徒会室へと向かうのだった。