第13話 【秘密結社】プロスペロー
「――さて、折よく全メンバーが揃ったところで本題に戻ろうか」
会長はラボ内を見渡して、それから俺に目を向けて言った。
「くふふ、浅嶺くん。秘密を知ったからには、キミにはアタシたちの仲間になってもらうよ♪」
「……やっぱそれ本気なのかよ」
「もちろん♪ 秘密を言いふらされでもしたら堪ったもんじゃないからね。しっかりと手綱は握っておかなくちゃ♪」
「……まあ、アンタらが勝手に暴露したんだろ……という正論はこの際横に置いておくとして、だ」
にやける会長に俺は疑問をぶつけることにした。
「なぁ会長。ひとつ解らないことがあるんだ」
「いいよ、言ってごらん。なにが解らないのかな?」
本当はひとつどころではないが、一番気になっていたことを俺は会長に訊ねる。
「結局のところ、——アンタたちはいったい何者なんだ?」
「それはもう言ったでしょ? アタシたちは超能力者だって」
あくまでも自分たちが超能力者であると言い張るつもりらしい。むろんそれも議論の余地があるが、しかしいま俺が訊きたいことはそういうことじゃなかった。
「すまん、言い方が悪かったな。つまり、俺が言いたいのは、アンタらは《《何が目的》》でこんなことをしているのかってことだ」
俺はラボ内にいるメンツを見る。
天才生徒会長。
犬耳の生えた男。
喋る猫。
そして、謎に満ち満ちた少女。
彼女たちがこの地下空間に潜む意味、ひいてはその能力――それが本当にあるのだとしたら――を持って何を望むのか。
俺はそれを訊いてみたいと思った。
「……ま、確かにそれはまだ説明していなかったわね」
手で髪をなびかせながら会長はうなずく。シトラスの香りが鼻孔をくすぐるなか、俺は続く会長の言葉を待った。
しかし会長が口を開くよりも先に、
「待てよォ真昼。オレはまだコイツが仲間になンのに納得してねェぞ」
「にゃはは、吾輩は別にいいのにゃー。したっぱ……もとい後輩が増えると何かと便利なのにゃー」
「……わたしも、先輩には入ってほしい」
「——悪いけど、今はアンタたちは黙ってなさい。ややこしくなるから」
やはり会長がこの場におけるボスなのだろう。口々《くちぐち》に意見を述べる春山たちを、会長は一言で黙らせた。
そして再度俺にむかって微笑んで、
「さて浅嶺くん。さっきも言った通り、アタシたちはとある結社に所属しているの。とはいっても、構成員はここにいる五人だけだけどね」
「……アンタらは四人だろ。自然に俺を含めるな」
「些細なことでしょ。キミに拒否権はないんだから」
会長は暴論を言い放ち、そして俺を試すような目で、
「でも実際のところ、アタシたちの目的について、キミにもある程度の予想はついているんじゃない?」
「それは……」
確かにこれまでの経緯――もちろんそれが全て本当のことだと仮定して――を思い出していくと、会長たちのやりたいことについて朧げなビジョンが浮かんでくる。
昼休みに起きた春山による宇宙人との攻防、会長が語ったXという敵の存在、そして命を狙われているという俺を助けたこと――。
それら全てを繋ぎ合わせて考え、俺はひとつの結論を導き出した。
「なるほどな——世界を守る正義の結社ってわけか」
「いいえ、違うわ。——その逆よ」
「え、逆って……」
俺の推測をノータイムで否定し、会長は不敵な笑みを浮かべて言った。
「そう——悪の結社よ。世界征服を企む、ね」
「……世界征服って……おい」
俺は呆気にとられる。会長の言っている意味がよくわからない。一体何をどうしたら世界征服なんて言葉が出てくるのか本気でわからなかった。
しかしそんな俺の動揺を予想していたのか、会長は揶揄うような表情を浮かべて、
「くふふ、どうしたの? そんな紅茶に茶柱が立ったような顔をして。幽霊でも見た?」
「……正気か、アンタ?」
「くふふ、むろん正気さ。アタシたちの結社の目的は世界を征服し、アタシたちの存在を世界に知らしめること。それ以上でもそれ以下でもないわ」
高らかに宣言する会長に、俺は眉を顰めて反論する。
「……まあ、仮にだ。仮にアンタの言っていることが本気なんだとして、実際問題、アンタら四人だけでいったい何ができるっていうんだよ」
たった四人だけで世界を落とせるのだとしたら、この世界に戦争なんてとっくの昔になくなっている。
しかし会長は肩をすくめて言葉を続けた。
「もちろん難しいことはわかっているよ。だからこそ今はまだ地下に隠れてるし、敵の攻撃から気まぐれに人類を守ったりもしている。——でも、そう遠くない未来にアタシたちはこの世界に宣戦布告する。そしてアタシたちの存在を認めさせるための戦いを始めるのさ」
「……無理だ、出来るわけがない。アンタの主張には具体性が欠けている。俺は明るい未来計画を訊いてるんじゃない。アンタたち四人だけで、どうやって世界を征服するつもりなのかって訊いてるんだ」
「くっくっく、やっぱりキミ全然危機感がないね」
会長は高らかに哄笑する。まるで理想に燃える主人公を相手にしたマッドサイエンティストのように。
「——何度も言ったよね? アタシたちは超能力者なの。いわば現行人類よりも優れている種なのよ。この場にいるのは四人だけだけど、きっと世界じゅうにもアタシたちとおなじように隠れて暮らす能力者たちがいる。世界に対するやり場のない不満を抱えながらね。アタシたちは今、彼ら彼女らとコンタクトを取るべく動いているわ。そして彼らの大多数がアタシたちの理想に賛同してくれる目論見。どう? 世界を掌握するには十分な力じゃないかしら?」
「……それこそ戯言だ。希望的観測を並べ立てただけだし、そもそも、俺はまだアンタらが超能力者だってことに納得したわけじゃねえ。あんなのはただの手品だ。木下はただ力が強いってだけだし、ヨシツネ先輩だって、どっかで誰かがアフレコしてるんだろ? 野良猫に受信機でも取り付けてさ」
「驚いた。まだそんなこと言ってるんだ? 強情だね。というより頭が固いのかな」
「ああ、生憎俺の頭には常識的な脳が詰まってるからな。まだカマキリが予知能力を持っていると言われた方が信じられるぜ」
そしてそんな会長たちに、いい加減イラついていた俺は吐き捨てた。
「――いいか? 超能力者なんて、創作物のなかにしか存在しないんだ。もし現実にいたとしたら、そいつは魔女か、悪魔だ」
「……」
拒絶する言葉を改めて告げると、会長は黙ってしまった。長い金色の髪が会長の顔を覆うように垂れ下がっている。
空気が冷たく感じる。誰も言葉を発しない。会長も、春山も木下も、もちろんヨシツネ先輩も。誰もが眉間にシワを寄せていた。
「……いいわ」と、そんな空気のなかで会長は徐に口を開いた。「アタシのは手品。弁慶はただ力が強いだけで耳はアクセサリー。ヨシツネは猫の動きに合わせて誰かがアフレコしてる。それでいいわよ」
「あ、ああ……」
やけにあっさりと引き下がる会長に、少し拍子抜けを感じた俺だったが、続く会長の言葉に無意識に忘れようとしていた事実を突きつけられることになる。
「——けれど、アンタはきょう空を飛んだでしょ?」
「……」
俺は口を噤まざるを得なかった。
会長のは手品。
木下のはただ力が強いだけ。
ヨシツネは誰かがアフレコしてる。
それで説明できる。
……だけど、あれは、あの出来事だけはどうやっても説明がつかない。
無理やり説明しようとすれば、会長が天才的な技術を持って空飛ぶマシンを発明した。それもちょっとやそっと見たくらいじゃ気づかないくらい小さくて、人間をふたりも持ち上げられる力を持つようなモノを。
しかしいくら会長が天才だと言っても、これは現実的じゃない。
「どうしたのよ? アンタの言う通りなら紅葉にもタネがあるはずよね? 早く説明しなさいよ」
会長の語気が荒い。揶揄うような口調じゃなくなっていた。
間違いない。会長は怒っている。
でもなぜだ? なんで会長はいきなり怒りだした?
「ねえ、早く言いなさいよ」
「……わからない。少なくとも、俺には説明できない」
「ふーん、あっそ。じゃあ認めるんだ。あの子が超能力者だってこと」
「……認めるってわけじゃない……ただ、人間には生身で空を飛ぶなんてことはできないってだけで……」
「まぁいいわ。それで、なに? 人間にはできないってことは、アンタは、あの子が悪魔に見えるっていうの?」
「……」
ああ、そうか……やっと理由がわかった。俺はなんて浅はかだったんだ。
会長が怒るのも当然だ。
もちろん俺は超能力者なんていないって信じてる。
だけどもし、もしも会長たちの言うことが全て真実だったとしたら、俺は春山や会長たちを悪魔と宣言したわけだ。それはあだ名とか可愛いモンじゃない。理解できないものを否定するために、理解できる言葉で貶める。それはもうただの差別だ。
あるいは会長たちが地下に潜むのも、それが理由なのかもしれなかった。
何も言えず俯いた俺に、助け舟が出される。
「……真昼。いいよ、言い過ぎだよ」
春山の声は優しく、けれど少しの失望を感じさせた。
惨めだった。だけど、俺には謝ることしかできない。
「いや、俺が悪かった。……すまん春山、無神経だった」
「……大丈夫。気にしてない、です」
気にしていないはずがない。その証拠に、春山は俺と目を合わせようとしなかった。
本当に馬鹿だ、俺は。彼女を傷つける可能性を考えもしないなんて、俺はどうかしていた。
暗く沈みゆく俺の耳に、しかし場違いな明るい笑い声が響いた。
「にゃはは、それぐらいで許してやるにゃマヒルー。ケンジだって悪気があって言ったわけじゃにゃいのにゃ」
ヨシツネ先輩のなだめる言葉に、会長はそっぽを向いて、
「ふんッ。ま、そうね。アタシも言い過ぎたわ。……悪かったわね」
「いえ……俺こそすみませんでした……」
「にゃにゃにゃ、ケンジもそう落ち込むにゃにゃー。まったくマヒルもひどいのにゃー、いたいけにゃ少年をここまで追い込むにゃんて。マヒルは本物の悪魔に違いにゃいのにゃー」
「ちょ、な、なによー! アタシはアンタたちのために心を鬼にして言ったんじゃない!」
「にゃはは、絶対ウソにゃ。マヒルはドSだからにゃ。きっと半分以上はウキウキだったはずにゃー」
「こ、このクソ猫ッ! アンタ、覚悟はできてんでしょうね!」
「にゃー、マヒルがまた怒ったのにゃ。逃げるのにゃー」
「このッ、待ちなさい!!」
ラボを駆けずり回る音に、ヨシツネ先輩の優しさが身にしみた。
「――おい真昼ッ! 師匠!」
しばらく追いかけっこに興じていた会長たちを木下が止め、それから俺を顎で指し示し、
「いいのかよ、まだ説明の途中だぜ? 見ろよ、アイツどうしていいかわからず困ってんじゃねェか」
「にゃはは、忘れてたにゃ。ひとまず休戦にゃマヒル。先にケンジに説明を続けてあげるのにゃ」
「……いいわ。けどそれが終わったら再戦だからね。……逃げるんじゃないわよ」
ヨシツネ先輩に睨みを利かせた後、会長は気まずそうに俺と向き直って、
「ごほんッ。ま、まぁとりあえず名乗っておくわ。アンタがXに殺されない限り、長い付き合いになるかもしんないしね」
これから俺が所属することになる結社の名を告げた。
「——アタシたちは〝プロスペロー〟。アンタの言うように、夢を織りなす糸の如く、空想の世界でしか存在することが許されない異能者の集まりよ」