俺にかつて嘘告白してきたギャル系美少女が縋ってくるが、追い払う
「アタシさー、あんたのこと好きなんだよね。だから付き合ってよ!」
学校の靴箱に置き手紙がされており、それに従って体育館裏にやって来た俺は、人生初の告白を受けた。
――クラス一の美少女の、平道麻利衣に。
平道さんはギャルだ。
髪は金髪に染めているしカラコンはしているし、化粧はどぎつく、制服は校則ギリギリまで短いスカートに胸元を開いたブレザーとかなり攻めている。
そして友人の多いクラスの人気者だった。
陰キャというわけではないがさほど周囲に認識されていない俺なんかとは格が違うから、喋ったことさえ片手で数えられるほどしかない。
だから、彼女からの突然の告白には驚いた。
でも告白をする平道さんの頬は恥ずかしそうに赤らんでいて、これは本気なんだなと思えたから。
悩んだ末、俺は答えたのだ。
「いいですよ」
「ありがと隼斗!」
「早速名前呼びですか」
「いいでしょ、アタシたちカレカノになるわけだし」
馴れ馴れしく俺を呼び、白い歯を見せてにっこりと笑う平道さん。
俺は「わかったよ」と答え、頷いた。
――別に他に好きな女子がいるわけでもないし、こんな美少女と付き合えるなら得だ。
この時はそんな風に思ったのだ。
しかしこの三ヶ月後、告白を受けなければ良かったと後悔することになるのだった。
平道さんはとても可愛かった。
俺の好みの清楚系美少女とは程遠いが、蓮っ葉で明るい言動は好感が持てた。それに、
「あーもうマジで好き。隼斗はアタシの自慢の彼ピだよ。なーんちゃって」
恥ずかしいのか、冗談めかしながら毎日俺への想いを口にしてくれるところなど、惚れないわけがなかった。
俺たちは土日になると遊園地やらショッピングやらに行ってはデートをしまくった。
「ほら手繋ご? アタシ、手繋ぎデート憧れてたんだよねー」
そんな風に言って俺を興奮させるくせに、貞操観念はしっかりしていて、俺に体を許そうとはしなかった。
でも所詮俺たちはまだ付き合ったばかりと言ってもいい。ゆっくり愛情を育んでいけばいい。
けれどせっかく恋人同士になったのだからキスくらいはしたい。
そう思って俺は付き合い始めてからちょうど三ヶ月目のデートの時、雰囲気作りをした上で「キス、しよう」と迫った。
だが――。
「悪いけど、あんたとなんてキスしないから」
「えっ」
「あはは〜残念。実はあれ、嘘告白なの! だから別れよ、隼斗」
弾けるような笑顔で告げられて、俺は頭が真っ白になった。
何を言われたか、わからない。
あまりにも呆気なさ過ぎて耳を疑った。
「今、なんて……?」
「あんたと遊ぶのもなかなか楽しかったけど、もうそろそろ飽きたかな〜って思ってさ」
それから彼女は、話し始めた。
あの日、体育館裏で行った告白は友人との罰ゲームを発端とした嘘告白であったこと。俺がそれにまんまと騙され、本気になっていたのが見ていて面白かったとも言った。
「じゃあね、バイバイ。……明日からアタシとあんたは完全に無関係だから、勝手に話しかけてきたりしないで。ね?」
俺と平道さんは、こうして別れた。
そしてその翌日から、俺はクラスでハブられ揶揄われ、いじめられる対象となった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
高校生にもなっていじめだなんてくだらない。
だから俺はそのことに対しては大して傷つかなかったが、平道さんに最初から騙されていたという事実が認められなくて、しばらくは茫然自失の状態で日々を過ごした。
だがようやく平道さんのそっけない……というよりまるで俺が見えていないかのような態度に、本当に俺への想いなど全て嘘だったのだとわかって。
ただただ虚しかった。
初めての彼女だった。
好みのタイプではなかったが、付き合ううちに可愛く思えて、彼女とならやって行けるかも知れないと思っていたところだった。楽しいデートだって何度もしたはずだ。なのに、どうして俺は今一人なのだろう。
そんな風にグジグジ思い悩むうち、一年が経っていた。
「初めまして。転校生の柳結花です」
――そんなある日、転機が訪れた。
それは、俺たちのクラスに他県から移ってきた転校生がやって来たこと。高校での転校生というのは珍しく、皆が興味津々だった。
柳さんは信じられないくらいの美少女だ。
今まで俺は、平道さん以上の美少女なんて二次元かテレビの中でしか知らなかった。だが黒板の前に立ち、皆に挨拶をしているその姿は美しい以外の言葉が出て来ない。
胸元まで伸ばした艶やかな黒髪、整い過ぎているほど整った化粧っ気のない顔、小柄な体格、そして控えめな胸。
まさに俺の理想を体現したような、清楚系美少女がそこにいた。
柳さんの席は、何の運命の悪戯か、俺の隣の窓際になった。
「……よろしくお願いします、小田嶋さん」
「よろしく。でも、あまり俺に話しかけない方がいいと思いますよ」
「どういうことですか?」
しかし俺が彼女の質問に答える前に、授業が始まってしまう。
そして授業が終わった後の休み時間も、柳さんの元にはワッと人が群がり、俺は自分の席から追いやられて柳さんと話す機会を持てなかった。
だがそれでも柳さんとクラスメートたちがどんな話をしているか聞くことくらいはできる。
柳さんは、このクラスの中で絶大な人気を誇るギャルたち――平道さんを筆頭とする集団にうざ絡みされていた。
「アタシは平道。転校生ちゃん……えっと名前は結花だっけ? 結花っち、アタシたちと仲良くしようよ。ねえ?」
「お金持ちなんだってー? あたしらにもちょっとわけてよ」
「何ビクビクしてんの?」
ギャルたちに笑われて、しかし柳さんは無表情だった。
平道さん的には本当に仲良くなりたかっただけかも知れないし、自分より美人な柳さんにイラついているのかも知れない。どちらにせよ、このクラスで生き残るには、適当に笑って媚びへつらっておくべきだ。
だが彼女はそうしなかった。
「……初めまして。お誘いは嬉しいですが、挨拶もなしに友達になってくれと言われましても困ってしまいます」
確かに平道さんは馴れ馴れしい。
そういう態度を嫌に思う者はいるだろう。だがそれを本人の前で露骨に出してしまった柳さんは――。
「あんた、何言ってんの?」
一瞬で平道さんを敵に回した。
そしてもちろん、ギャル集団も。
しかしそれがわかっているのかいないのか、柳さんはすました顔だ。
「もうすぐ休み時間が終わりますよ?」
「チッ。わかってるっつーの」
平道さんは彼女をキッと睨みつけながら席に戻って行った。
クラスの多くの者たちは、平道さんに真正面から喧嘩を売ったも同然の柳さんに、心配半分呆れ半分の視線を送っている。
そして教室の隅から一連の出来事を眺めていた俺は、この時点で柳さんからただならぬ強さを感じていた。
――だがまさか、柳さんがこのクラスをたった一ヶ月で一変させてしまうなんて、思いも寄らなかったけれど。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
柳さんは父親――どこかの会社の社長をしているらしい――の都合でこの学校に転校してくる前は、お嬢様学校に通っていたという。
金持ち学校であるからして当然ながら相応の教育が施される。つまり、柳さんはずば抜けて頭が良かった。
あっという間にクラス一位の成績だったガリ勉メガネな男子生徒を差し置いて学年トップに躍り出て、注目を浴び始めた柳さん。
だが彼女はただの優等生という枠には収まらなかった。
「先生、このクラスには、いじめがあるようですね。それを解消すべきだと私は思います」
ある朝のホームルームの時間に、彼女はそんなことを言い出したのだ。
クラス中がどよめいた。もちろん、皆が皆心当たりがあるだろう。
もちろん、よく聞くような脅迫されたり恐喝されたりという大それたものではないが、俺への無視は続いている。これは立派ないじめだと、柳さんは言うのだ。
「先生、これは放任すべき問題ではないかと」
「ちょっと待って。なになに、もしかしてアタシがあいつ……隼斗のこといじめてるって言うの? 証拠はあんの証拠は」
平道さんの挑発的な物言いにも柳さんは動じない。
そんな彼女を見て、ようやく重い腰を上げた担任は、「柳の言い分が正しい。これ以上小田嶋をハブったりしたら、校長に言うからな」と言った。
「それに平道、何度も言うがその制服の着方は校則違反だ。その時はそれもまとめて言いつけるから、覚悟しとけよ」
さすがに先生の言葉に逆らったらまずいと思ったのか、平道さんはそれ以上何も言わなかった。
この日から、平道さんと柳さんの立場は完全に逆転したのかも知れない。
俺へのいじめはめっきりなくなった。
とはいえ、平道さんが俺に口を聞いてくれることはないけれど、クラスの何人かは話しかけてくるようにもなった。
「……ありがとう、柳さん」
昼休み時間、こっそりお礼を言うと、柳さんは「大したことじゃないです」とにっこり微笑んだ。
その時俺は、彼女のことを天使かと思ってしまった。
それくらい柳さんからは神々しさが溢れていたのだ。
それから俺と柳さんは、時間を見つけては話すようになった。
一方で、他のクラスメートにも大きな動きがあった。
平道さんが怖かっただけで、本当は柳さんと同じ意見を持っている者……特に女子は多かったらしい。
彼女らはいつしか柳さんの友人になり、柳さんを囲むようになった。その集団の中には元々ギャル集団にいた女子生徒もいる。
その一方で平道さんは味方をどんどん失っていく。
気に入らない柳さんを力づくで排除しようと考えたらしく、取り巻きを使って柳さんたちに色々――口頭で罵る他、陰湿ないじめなども――したようだが、柳さんは屈するどころかその健気さがますますクラスでの人気を集めた。
柳さんはどこまでも清く正しく美しい、清楚美少女の鑑であった。
そんな彼女を好む男子は多く、今までは平道さん派だった者が次々と乗り換え、しまいには残りのギャルたちも柳さん派に転身し、平道さんの周りに誰もいなくなるまでそう時間はかからなかった。
「そんな……嘘。こんなの嘘っ。なんでそんな女なんか見るわけ!?」
そう叫ぶ平道さんは、クラス一の美少女と持て囃されていたとは思えないほど醜くかった。
もちろん顔の作りは変わっていない。クラスの人気者から一気に孤立無援となったことで、彼女の本当の心根が顕になっただけのこと。
もはや誰も彼女に話しかけないし、可愛いと言わない。
しかしその事実を認めたくない平道さんは、必然的に自分を見てくれそうな奴に縋ってくる。
それが他ならぬ俺だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ねえ隼斗」
まるで付き合っていた頃のように、馴れ馴れしく俺を呼んで彼女は近寄ってきた。
平道さんはいつも通りのギャルスタイルを崩していない。開いた胸元をギュッと俺の背中に押し当てながら、彼女は媚びるような声音で言う。
「ごめんねー、実は今日、お願いがあってさ」
「……何ですか平道さん。俺たちはもう、完全に無関係なんでしょう」
「まだそんなこと怒ってんの? ごめんごめん、あれこそ冗談だから。ちょっとキスされるのが恥ずかしくてさ、大袈裟に嘘吐いちゃっただけ。悪気はなかったんだってー」
涙目で言われるが、少しも心は痛まなかった。
別れてから一年間、ずっと彼女のことを引きずっていたはずだったのに、気分はいつになく晴れやかだった。
「お願いっ、アタシたち、恋人同士だったでしょ。アタシマジで反省したから。やり直させてってば!」
「無理なものは無理です」
「昔のよしみでさ。せんせーの誤解を解いてほしいの。アタシ、隼斗にいじめなんてしてなかったよね?」
「………………」
毎日ウザ絡みされたが、徹底的に塩対応、あるいは無視し、追い払い続けた。
どうしてもしつこい時は柳さんに手伝ってもらう。そうすると平道さんは渋々ながら一旦は引き下がっていくのである。
それでも彼女は諦めなかった。
平道さんは、孤立している現状が耐えられなかったのだろう。
そして――柳さんの訴えを聞き入れた担任が平道さんのことを彼女の親にチクったらしく、退学の危機も迫っていたようだ。
だから必死で俺に縋ろうとし続けた。
でも俺は今更、平道さんに手を差し伸べたりしない。
だって――。
「この通りっ! アタシ、あんたのこと好きなんだよ? チューだってする! だからさ」
「いい加減、諦めてください。――君との復縁はしない。それに俺にはもう、彼女もできたんだ」
「かの、じょ? え、どーゆーこと? あんたの彼女はアタシでしょ?」
「俺、柳さんと付き合ったんです」
カラコン入りの平道さんの赤い瞳が、大きく見開かれる。
そんな彼女の瞳に映り込んだのは俺の顔――ではなく、俺の背後に立つ少女の姿だった。
「隼斗さん、また彼女に絡まれていたんですか。今日は手を繋いで帰りたいのですけど、いいですか?」
にこやかに俺に話しかけてきたのは、柳さんだった。
俺は彼女に「もちろん」と頷き、呆然としたままの平道さんを残してその場を立ち去る。
そしてまっすぐ柳さんの元へ向かった。
「助かったよ、柳さん」
「彼氏が他の女にかまけているのを見るのは辛いですからね。それに私たち、付き合ったんですから、名前で呼んでください」
「わかった。じゃあ結花、帰ろうか」
恋人繋ぎで俺たちは互いの手を握り合う。
そしてそのまま、帰路についた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺と柳さん……改め結花が付き合い始めたのは、つい先日のこと。
『放課後、体育館裏へ来てください』
例によって体育館の裏に呼び出された俺が不安でいっぱいになりながら向かうと、そこには彼女がいたのだ。
結花は確かに俺によく話しかけてくれたし、気にかけてくれてもいたが、まさか告白されるなんて。
――だが待て。嘘告白の可能性だってあるだろう。
初めて付き合った恋人が愛の欠片も持っていなかったという経験があるので、俺が疑ってしまったのも仕方のないことだと思う。
しかし結花は、行動をもって信じさせてくれたのだ。
すなわち、躊躇わず自らの唇を俺に近づけて……口付けをした。
もちろんそれだけで必ずしも愛の証明になるわけではないが、結花がどれだけ本気なのかは充分に伝わってきた。
ああ、今度こそ本当なのだ――それがわかった俺は、歓喜した。
だって彼女は俺の理想のドンピシャの清楚系美少女なのである。
惚れていないわけがなかった。
「俺で良ければ」
「よろしくお願いします。……私、無責任な女ではないので、ご安心くださいね。小田嶋さんを、いいえ、隼斗さんを必ず幸せにしてみせます」
ふわりと笑った結花の天使のような表情は、きっと忘れられないだろう。
クラス一のギャル系美少女に嘘告白され、フラれた俺だったが、そのおかげで今は理想の清楚系美少女転校生を彼女にすることができた。
その点だけは平道さんに感謝しなければいけないかも知れないな、とも思う。
だが当然それだけの理由で平道さんを許すことはない。
彼女は結局すぐに退学となりこの学校を去って行った。
もっとも、その後のことは結花との愛を育むのに忙しい俺は知らないし興味もないが。