極大魔法
大して時間はかからなかった。
「チッ、やはりバゼル本人が操作しているわけではなかったか。操っているのは別の人間だ」
直接手を下さないあたり、よほどプライドが高いと見える。気に食わない奴だ。
「その人間って、バゼルの配下の魔術師ですかね?」
「そうだな……いや、違う。この感じ……高位のドラゴンだ」
「え?」
長く生きたドラゴンは人間以上の知性を持つので分からなかった。だがこの魔力量と質からして、ワイバーンを操っているのは明らかに古竜だ。
しかも近い。
「貴様か、我の術を辿ってきたのは」
振り返ると、長身の男が立っていた。全身黒ずくめのスーツ姿だ。
「な、あなたの入場を許可した覚えはありません。すぐに出て行き……」
ヴィアクが叫ぶが、男が遮る。
「うるさいぞ、この羽虫が」
突如として巨大な尻尾が現れ、ヴィアクに向けて振り抜かれた。ヴィアクは爆散し、辺りは血の海になっていただろう。
俺の早撃ちが間に合わなければな。
透明な障壁に阻まれ、尻尾は弾き返されていた。
「【五星布陣】ですか。かなり高度な防御魔法のはずですが、この一瞬で出せるんですね」
リンは呆れたように褒めてくる。
「ヘルメス魔術学院で学んだ成果だ。お前もいずれできるようになる」
「ま、このスピードでの展開は無理ですけどね」
「さて、古竜よ。お前はバゼルのいいように利用されているだけだ。早く洗脳を解いてやる」
「我が洗脳? あり得ない。我が人間ごときに操られるなど!」
「ではなぜ俺を敵と認識している?」
「それは、バゼル様がそう命じられたからだ」
このドラゴン、自己矛盾に気付いていないのか? 言ってることが無茶苦茶だ。本人にそうと気付かせず、自我を残して操るあたり、バゼルは相当な腕の召喚術師なのだろう。
だが、好都合だ。この古竜は、バゼルに直接操られている。
魔力の流れを介して、バゼルにダメージを与えることもできる。
ここが勝負どころだな。
「リン。極大魔法をやる。さすがの俺もこれは早撃ちできない。援護頼めるか?」
「もちろんです!」
俺は精神を研ぎ澄ませた。床に座りこみ、ゆっくり息を吸う。そして口を開いた。
「【私は座し、涙した】」
俺は静かに詠唱を始める。
「【汝らは逆らえぬようにされ、連れ去られ、捕えられ、戦うことを強いられたからだ】
リンは古龍の爪を魔剣で弾き返し、俺から遠ざけようとする。
「【汝の子孫もまた、皆連れ去られ、家畜とされるだろう】」
ゾーンに入れたのか、目の前の視覚情報が脳に入って来ない。目は見えているが、脳は見ていない。そんな状態だ。
「【ゆえに汝ら。怒り、叫べ。主による審判の日は近い】」
俺は、術式の構築に集中し、魔力を集束させた。
「極大魔法【パニッシュメント】」
これは洗脳を解く魔法だ。と同時に、洗脳のための魔力の流れを逆流させ、術者にもダメージを与える一石二鳥の魔法でもある。
これでバゼル本人にもダメージを与えられるはずだ。