宣戦布告
「我が主より伝言です。
【俺はお前を決して許さない。地の果てまででも追い詰めて、必ず地獄に叩き落とす】
とのことです」
廃墟と化した首相官邸。その応接室で、さながら魔王のように鎮座する男、バゼル・メノ・ロッソに向かって、ルクレツィアが告げる。
「もう既に地獄は顕現しているのに。おかしなことを言うものだ」
バゼルは別段驚くこともなく返す。
事実だった。
東京には死体を貪り食う悪魔が跋扈し、褐色の雲に覆われた空にはドラゴンが飛び交っていた。これを地獄と言わずして何と言おう。
「だが私を倒せるつもりでいるのは、甚だしい思い上がりだな」
「そんなこと、私に言われても困ります。我が主に直接言ってください」
「何だその言い草は? この女を通してこちらを見ているのだろう? 天野峻岳? 言いたいことがあるなら直接言ったらどうだ?」
確かに俺はルクレツィアと視界を共有している。バゼルの姿も見えている。だが、直接言葉を交わすつもりはない。
「残念ながら」
ルクレツィアは間髪入れずに答える。
「我が主は、あなたのような外道と言葉を交わすつもりはないようです。身の程を弁えるべきですね」
「誰に向かってものを言っている? お前は自分こそが俺を倒す英雄になれるとでも思っているのか?」
「これ以上言葉を重ねる必要はありません」
「そうか」
短く呟くと、バゼルは右手を振り上げる。その動作に呼応して、全長20mほどはある巨大な悪魔が、ルクレツィアに向かって拳を振り下ろした。
だが、ルクレツィアに届く前に、その拳は破裂した。
ルクレツィアは高濃度の魔力の塊。迂闊に触れればこうなるのは当然だった。
「大したものだ。分身でこれほどとはな。会えるのを楽しみにしているぞ。天野峻岳」
バゼルはそう言い残し、突如現れた黒い霧の中へと吸い込まれていった。
「隠れたか。臆病者め。俺の読心術にかかるのを警戒したか」
心が読めれば弱点を暴くこともできただろう。うまくいけば、精神操作することもできたかもしれない。だがさすがは悪名高き召喚術師。抜け目ないな。
「エジプトにいながらにして日本にいる人間の心を読もうとは! さすがは主様です!」
「そんなことを言ってる場合か! ルクレツィア、俺が行くまで出来るだけ生存者を救い出しておくんだ」
「かしこまりました!」
俺は素早く指示を出し、学院の結界を抜けた。