「完全に囲まれてるな」
アドリアの言葉を皮切りに、それぞれ臨戦態勢に入った。
アドリアは、グリモアを出した。厚みからして良書。続けて、剣を抜いた。
マリーはグリモアから、幾つかのゴーレムを製造した。模擬戦で見た、手足のついた人形だ。剣が無いためか、ゴーレムの後ろに下がっている。
ジーナは改めて、抜き身のナイフを構えた。
「イリス、周囲を確認した方がいいな」
「そうね。でも、その前に――これを飲んで」
イリスはポケットから小瓶を取り出すと、トウヤに渡した。トウヤは蓋を開けると、躊躇いもせずに中身を飲み干した。
スマホサイズのタブレットを片手に、イリスが口を開いた。
「今のでフラスコの水量は約半分ね。うん、マルチブートいけそうね」
イリスの視線はタブレットの右上に向いている。そこには、フラスコ型の小さなアイコンが映し出されてる。アイコンの内側は約半分が白く塗りつぶされてる。おそらく水を表してるのだろう。その左には、54%と数字が記載してある。
どうやらバッテリー残量のように、トウヤの寿命を可視化してるようだ。
続けてイリスは、右手にクロスボウを出した。矢は、光線を矢の長さに切り出した物が装填されている。
左手でアイコンをタップした。アイコンの下には、マルチブートと書いてある。
すると、トウヤの双眸が溶鉱炉のように赤く輝いた。総天然色の視界が、赤と青のグラデーションに塗り替えられる。
今までとは様子の違うトウヤに、マリーが声をかけた。
「トウヤ、何をしておりますの?」
「周囲に潜む敵を視てる」
「見るって木々に囲まれてるのに見えますの?」
「ああ、大よその規模なら把握できる」
トウヤの自信に満ちた口調と意を挟まないイリスを見たマリーは、言葉を返さなかった。代わりに、背中をトウヤに預けるかのように前を向いた。
――完全に囲まれてるな。
その言葉に嘘偽りは無かった。
何故ならトウヤは、熱源を視覚化して実際に視ているからだ。俗にいうサーモグラフィーである。
視界が開けた平原なら遠目でも確認できる程に大きい生き物が、森の中だと隙間をあけずに自生する木々と鬱蒼と生い茂る植物によって隠されていたのだ。
熱源は、自分達を中心に明るい橙色が取り囲んでいる。まるで壁のようだ。
そして、それは大小さまざまで小さい物は人間の子供くらい、大きい物はそれの五倍以上はある。肩幅や手足の大きさは輪郭だけでも不自然に発達している事から、それらは従来の生き物と一線を画してるのがわかる。
「野営地は、ほぼ化け物で埋め尽くされてるようです」
トウヤは皆に向けて言った。
「そうか、さっきから人ならざる者の気配がひしひしと感じるのは、気のせいじゃないって事だな」アドリアが言った。
「兵長、私を置いてください」
「ダメだ。お前一人犠牲にしただけで、切り抜けられる状況じゃない」
アドリアの言葉に、衛生兵がうなだれた。力添えできない事を悔いてるのだろう。
「ご安心ください。あなたは、私がお守りします。例え剣が無くても、それくらいの事はできます」
マリーは、ゴーレムを衛生兵の側に寄せた。
アドリアは急に身を翻すと、続けて口を開いた。
「十中八九、野営地は地獄絵図だろう。だから、学生諸君に伝えておきたい事がある」
そこで言葉を区切ると、神妙な顔つきになった。
「吐いてもいい、漏らしてもいい、泣き喚いてもいい。だけど、折れるなよ」
トウヤ達は、意を決したようにゆっくりと頷いた。
それを見たアドリアは、前方に向き直ると無言で歩き出した。
野営地に着いた一同は、目の前で繰り広げられる光景に言葉を失った。
テントや調理設備は軒並み、無用の品に変貌していた。
人間と異形の生物の肉体が、細切れになって地面に散乱している。赤い血を吸った土は、黒くなっている。
騎士団の代わりに、異形の生物が野営地を闊歩している。
トウヤ達が視界に広がる惨状に囚われている中、アドリアが動いた。
「あれが、魔族か……」
ひとりでにページがめくれるグリモア。
アドリアが前方の、魔族達に鋭い視線を飛ばした。
頭に一角を生やしてる者、爪が指よりも長い者、胴が異常に長い者、直立の姿勢で拳が地面に着くほど腕が長い者。
アドリアが口にした魔族は人間と比較すると、いびつな風貌、身長の高低、表皮の色、特定部位の異常な発達等、多種多様な外見をしてるため共通項が見当たらない。
強いて言うなら、一目で人外であると識別できる身体的特がある。
それともう一つ、魔族は人語を発していないことだ。
――化け物ってのは、どの世界でも共通なのかよ。
それがトウヤが抱いた、野営地に蔓延る魔族に対する第一印象だった。
小さな魔族には、ゴブリン、コボルド、インプ。
人より一回り大きな魔族には、オーク、オーガ、ガーゴイル。
樹木よりも大きな魔族には、サイクロプス、ミノタウロス、キュクロプス。
フィクションの世界で見覚えのある化け物がちらほら見受けられた。