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「親子の関係ですよ」

 そんな中で鎧を着た女性は、トウヤの隣に移動した。イリス達が外側方向に押し出される形で、無理やり割って入ってきたのだ。

 イリスとマリーの視線がトゲトゲしくなる。ジーナは興味が無いのか、外に目を向けている。


「あー、アドリア兵長の悪い癖が出たか」

「兵長は、好みの若い男子学生を見ると、所かまわず手を出しちまうからな」


 対面の兵士が、楽し気に話をしている。その口調からして、鎧を着た女性つまりアドリアにとっては、いつもの様子みたいだ。


 鎧越しにアドリアと密着したトウヤの心臓は、兵士たちの会話も相まって、体温が上昇するほど早くなった。

 大柄だからか、アドリアの顔を見るために、思わず見上げてしまう。

 目線は高いものの決して圧迫感はなく、堅苦しい鎧と魅惑的な顔立ちの対比が、全身をゆだねたくなるくらい女性としての美しさを際立たせている。

 人を選びかねない、きつめの香水も職業柄を考慮したら及第点と言えよう。

 もしアドリアが鎧を着てなければ、人目をはばかることなく体を預けている。


 アドリアは身を乗り出し、顔をトウヤに近づけると口を開いた。


「野営地に着いたら、どうだい? 坊や」アドリアの艶のある声が、トウヤの脳髄に甘い刺激をもたらす。

「な……なんのことでしょうか?」


 トウヤは狼狽えつつも、視線をわざとアドリアから逸らした。顔が紅潮している。

 アドリアはトウヤの反応を見て、口角をつり上げた。


「当然、男女が二人きりになったら……ここまで言えば、学生の君ならわかるだろ?」


 トウヤは固唾を飲んだ。女性経験が乏しい十七の男子が、美しい大人の女性に迫られて浮つかないわけがない。例え特定の女性がいたとしても、本能には抗えないのだ。


「いいねえ、その反応。ますます、くすぐられちまうよ。細見な上に初心な男子学生なんて、レアものじゃないか」


 アドリアの人差し指が、トウヤの下あごを軽く持ち上げる。

 未体験の艶めかしい仕草に、全身が熱を帯び、緊張感が体を強張らせる。

 言葉はおろか、まともに体を動かすのが困難な状況に陥っている。支配下にあるのは、両手の指先と眼球くらいだ。


「うちの子に、変な事吹き込まないでくださいませんか!」


 イリスは強い口調で言うと、右手でアドリアの顔をトウヤから剥がした。

 目つきが鋭く、顔全体が真っ赤になっている。どうやら憤慨しているようだ。


 アドリアは自分の顔にイリスの手が張り付いても、顔色一つを変えてない様子。大人の余裕だろうか。


「うちの子? 最近の士官学校では、男女の関係をそんな風に呼んでいるのかい?」

「だ、男女の関係!?」


 アドリアが言い終えると、イリスは凄まじい速さで右手をひっこめた。

 両手を膝にのせて、恥ずかしそうにうつむいている。


「男女、じゃなくて親子の関係ですよ」


 トウヤが代わりに答えた。

 イリスは不満げに口を尖らせた。マリーは胸をなでおろしている。


「親子? ああ!? ホムンクルスか! お前が? それとも、そっちの嬢ちゃんが?」

「俺です」


 アドリアは「はっはっはっ」豪快に笑った。トウヤの肩にドンと手をのせた。


「そいつはいいや! ホムンクルスなら、病気と妊娠の心配いらねえじゃねえか。今晩辺り、どうだい? アタシは剣には厳しいが、夜は優しいのが取り柄なんだ。じっくり教えてやるよ」

「あなたに教えてもらわなくても結構です!」


 イリスが凄まじい形相で割って入ってきた。

 アドリアは、イリスの体を値踏みするような目で見ている。しばらくすると、アドリアが口を開いた。


「そんな体で、何をどうやって教えるんだ?」


 イリスは堪忍袋の緒が切れたのか、脇目もふらず喚き散らした。

 その様子をアドリアは、勝ち誇った笑みを浮かべて眺めている。


「イリス。誉れあるエルヴィン王国騎士団の皆さまの前でこれ以上、醜態を晒さないでください」


 マリーが生真面目な声で言った。

 イリスは落ち着きを取り戻したのか大人しくなった。それにつれて、トウヤの体温も平熱に戻った。

 マリーの毅然とした態度に圧倒されたのか、アドリアを始めとする周りの兵士たちも静かになった。


「ごめん、マリー」イリスが謝罪の言葉を口にした。

「わかっていただければ、いいのです」


 マリーはアドリアに視線を送った。

 気配に感じたのか、アドリアはマリーと目を合わせた。


「アドリア兵長、先ほどのお言葉ですが」

「あれは、道中の退屈しのぎさ」アドリアは堂々と答えた。


 マリーはすくっと立ち上がった。

 端正な顔立ちがキリッと引き締まっている。美しいサファイアの瞳がアドリアを捉える。

 その堂々たる佇まいが、程よい緊張感をもたらす。


「ご心配には及びませんわ。大人の体のことでしたら、私でも教えることが出来ますので」


 それは、一点の濁りも無い、自信に満ちた、美しく澄み切った声音だった。


「お前も敵かああああああああ!」


 イリスはマリーの美声とは正反対の、獣の如き咆哮をまき散らしながら、マリーに掴みかかった。


「イリス! 落ち着いてくださいまし! 怒るのは、お肌によろしくないですわ!」

「あんたのせいでしょうが!」

「ですが、どのような事があっても、体格は一朝一夕でどうにかなるものではありませんわ。ここは一つ、私に預けていただければ――」

「うっさい! 平民の家庭事情に口出しするな! 常識知らずのお嬢様があああああああああああああああああ」


 声だけでなく、所作も獣のようなイリス。

 ジーナは、ぼそっと「うるさい」と呟いた。


「ったく、昼間っから賑やかだねえ。学生は」


 アドリアは、二人の取っ組み合いを穏やかな表情で眺めている。

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