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「ひとまず試合を終わらせよう」

 トウヤとバルナバスの戦いを横目に、イリスはタブレットの操作に悪戦苦闘していた。

 本の形を成してないグリモアの存在は、少数だが文献で確認した事はあった。

 だからこそ、表示が目まぐるしく変容する奇妙な板切れにも、何かしらの力があるはず。

 イリスは一縷の望みを抱きつつ、目の前のタブレットを一心不乱に操作し続けた。

 画面が切り替わっても、何も反応が無いなら、左上端をタッチする。その繰り返しだ。


 イリスは、小さい頃から魔法と武芸の才能が無い事を自覚していた。

 だからこそ16歳になった時、自分を育ててくれた養父、つまり士官学校の学長が自分を士官学校に入学させたのかが理解できなかった。

 入学当初は、魔法も武芸も人並みに使えるようになるかも、と希望を抱いたが、時が経つにつれて薄れた。

 無力であることを自覚したイリスは、次第に魔導生物の研究に傾倒する事になった。理由は、ごく少数だが魔法が使えなくても魔導生物を呼び出した実例があるからだ。

 それから、学校内に現存する生物にまつわる文献を貪った。そして人体の構造から人間の魂に関する知識を得た。

 魔導生物の授業中に、幾度か試みた魔導生物の創造。初めは成功した時の事を考えては、胸を躍らせた。だけど失敗を重ねる度に無力感に苛まれ、いつしか自分自身が信じられなくなった。

 気力が擦り減る中、踏ん切りをつけるため、これで最後にする、という気持ちで臨んだ時に現れたのがトウヤだった。初めての魔導生物の創造。それだけでも僥倖だった。

 さらに間を空けずに自分の中からグリモアまで出てきたのだ。まるで今までの苦労に報いるように。

 普段は無神論者であるイリスも、今日だけは神様を信じても良いとさえ思った。


 グリモアに映る画面は目まぐるしく変化してるが、事態が好転しない事に焦燥感が募る。それでも、イリスはめげずにグリモアを操作し続けた。

 そして、イリスの人差し指は、とあるアイコンに触れた。画面が切り替わる。続いてダイアログが表示された。そこには、はい、いいえと日本語で表記されたボタンがある。

 当然、イリスが日本語を読めるはずが無い。それでも初めて見る画面なので躊躇わずに触る事にした。イリスの人差し指は、はいのボタンに触れた。



 ◇◇◇



 トウヤの眼前には火球が迫っていた。


 ――ああ、これで死ぬのかな。


 トウヤは悟った。これは避けられない、と。散々、痛めつけられたせいで、体はまともに動かなくなっていた。火球は、まだ宙に浮いている。


 ――もうすぐ直撃するだろう。火傷で済めばいいが、全身の皮膚が焼けたら死は免れない。


 トウヤは死を覚悟した時、ふと気づいた。目に映る火球の動きと思考の速度が噛み合ってない事に。


 ――そういえば死ぬ前に走馬灯が走るんだっけ?


 トウヤの走馬灯には両親や友人の姿が映った。


 ――もしかして、これを見せるためだけに、この世界に招待されたのか?

 でも、俺の目の前には、俺を殺すためだけに火の玉が飛んできてるんだぜ?

 死神の大鎌は、もう俺の首の皮を裂いている頃合だ。

 どうせ逃れられない死なら、覚悟が萎える前にひと思いに殺してくれ。


 衛兵の声が微かに聞こえた。


 ――今更、勝負ありとでも言うのだろうか? せっかく規則を破ってまで間に入ろうとするところ悪いが、俺はもうじき火だるまになって死ぬ。だから、あんたの良心は、イリスの身に危険が迫った時に取っておいてくれ


 火球の熱が服を通して皮膚まで伝わってくる。トウヤは死を覚悟して目を閉じた。


 その時、心臓がドクンと強く脈を打った。体が軽くなる。思わず目を開いた。火球はまだ服に到達してない。

 服に着火したら、たちまち火の手が周り全身の皮膚を焼きつくしそうな程、燃え盛る火の玉。あれほど脅威に感じてたはずの火球が、まるでマッチの火のような、儚いものに思える。

 右手に剣を持ちかえ、空いた左手のひらで火球を叩く。火球に触れても熱さを感じなかった。それどころかゴム製のボールのように火球を地面に叩き落とす事が出来た。

 バルナバスは呆気に取られたのか、目を見開いて口をパクパクさせている。

 衛兵は、茫然と立ち尽くしている。


 トウヤは自分の身に何が起きているのか、理解が追いついてなかった。あれほど恐れていた魔法が、取るに足らない物に見えた。

 満身創痍で腕を上げるだけでも苦心した体が、今は羽のように軽い。

 それともう一つ、何か得体の知れないエネルギーが体に流れ込むのを感じる。まるで動物に強制給餌をするかのように、本人の意思とは無関係に正体不明のエネルギーが体に流入し続けている。今まで経験したことが無い事態に背筋が凍りついた。止めるように念じる。

 しかし、凄まじい勢いで体に流入するエネルギーは止まらなかった。

 バルナバスに目を向ける。顔は引きつっているが、槍を構えている。どうやら戦意はあるみたいだ。


 ――ひとまず試合を終わらせよう。


 トウヤは緩やかに剣を構えた。穏やかな表情でバルナバスを見据える。

 冷静さを取り戻したのか、険しい顔になるバルナバス。

 空気が張り詰める。二人の様子を見た衛兵が一歩後ずさる。

 先に動いたのはトウヤだった。バルナバスの槍の先端が炎で包まれる。

 バルナバスが槍を横一閃に薙ぎ払う。槍の軌跡が燃える。

 炎を纏う槍の切っ先がトウヤに迫る。

 トウヤは、迫りくる槍を対岸の火事のように捉えていた。

 剣に力を込めて、槍の柄に振り下ろす。何の抵抗も無く、槍を切断した。槍の切断面は鋭利な刃物で裂いたかのように綺麗だった。

 トウヤの二の太刀が、バルナバスの喉元を捉える。

 同時に衛兵が口を開く。


「勝負あり! 勝者、イリス=フレーベル!」


 衛兵が言い終えると、周囲から歓声が沸き起こった。

 体からエネルギーが抜けていくのを感じる。羽のように身軽だった体が重くなる。

 バルナバルの槍を受けた箇所から鈍い痛みが主張する。

 あまりの痛みに、トウヤは顔をしかめた。

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