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「相変わらず趣味悪いな」

 午前の授業が終わり、午後の授業に差し掛かろうとしていた。


 トウヤは今、呆然とバルナバスの席を眺めていた。


 隣にいるイリスは、相も変わらずタブレットをいじくっている。


 バルナバスの死については、今日の授業開始前にライラが口頭で説明した。

 話の内容は、バルナバスは学校を騒がせた殺人鬼の犠牲者になった、殺人鬼は外部からの不法侵入者、衛兵の奮闘の末に捕縛、身柄は国に引き渡した、という話だった。

 トウヤ達の活躍と魔族の存在は伏せられた。


 しかし、トウヤにとって、それは救いだった。

 まず昨夜の件で、不特定多数の人物につつかれなくてすむから。

 トウヤも人の子だ。人助けで賞賛されるのは、やぶさかではない。

 だが昨夜の死闘については、ひけらかしたくなかった。失った物があまりに大きいからためである。


 それと魔族の存在を伏せてくれた事も救われた。

 事情はどうであれ、学校側がエステルを人間として扱うことに他ならないからだ。


 バルナバスの死が告げられた教室は、多少のどよめきがあったものの、ライラの一声で静まった。

 ちなみにトウヤとイリスは昨夜の件の学校側の対応については事前に知らされていたため、色めき立った生徒の様子を静観していた。


 知らされた経緯は今朝、校舎に入る直前、アクセルから一通の手紙を渡された。

 そこには、こう書かれていた。


 昨日の件は、衛兵が件の犯人を始末。

 生徒ならび教員は事件に関与してないこととして処理する――と。





 それから授業と授業の合間の休み時間に、何人かの生徒がバルナバスの席を一瞥する様子が見られた。


「トウヤ。今、お話いいかしら?」


 声のする方を見る。そこには、ロザリーとエリーが立っていた。

 トウヤの目の前、つまりバルナバスの席の隣に二人がいる。


「大丈夫ですよ」気の抜けた返事をした。

「顔は、そう言ってないみたいだけど。ちゃんと休んだの?」


 ロザリーは、心配するような口調で言った。

 ただ、その表情はいつも通りだった。知性的で整った顔立ちに、曇りはみられない。


「そのつもりです」

「無理もないわね。彼とは随分、懇意にしてたみたいだし」


 ――死んだのは、あんたんところの騎士だろうが!


 ロザリーの冷たい言葉に、トウヤは苛立ちを募らせた。顔と言葉に出さないように堪える。


「これ、受け取ってくれる?」


 ロザリーは一本の鍵を取り出すと、トウヤに突きつけた。


「何の鍵ですか?」

「宿舎の鍵よ。彼の、バルナバスが割り当てられた部屋の鍵」


 その瞬間、トウヤの心臓が跳ねた。目を見開き、ロザリーの手に握られてる鍵を凝視した。


「ついさっきね、数人の衛兵が部屋から彼の私物を運び出したときに、領地の代表として立ち会ったの。彼の私物は遺体と一緒に家に送ったから、今は備え付けのベッドとテーブルしかないけどね」

「俺には不要です。イリスの側から離れるわけには、いかないし」


 するとロザリーは無理やり、トウヤの制服のポケットに鍵をねじ込んだ。


「級長、俺の話を聞いてますか!?」

「別に、無理して使わなくてもいいわよ。私はドミニク学長から、鍵を渡すように頼まれただけだし」

「はあ」

「学長は、超が付くほどの親バカだからね。いくらホムンクルスと言えども、男の子が娘と同じ部屋で寝泊り、なんて気が気じゃないんでしょ」

「わかりました。でも、これは級長の顔を立てるためですよ」

「後、席が空いたから、移動してくれる?」

「それも、学長の命令ですか?」

「それもあるし、級長としての頼みでもあるわ。君がそこの席を埋めてくれると、教室の雰囲気が少しでも軽くなるからね」


 ――少しでも早くバルナバスの事を忘れるため、か。


 ロザリーの言いたい事を何となく察したトウヤは、しぶしぶ席を移動する事を決めた。

 椅子から離れると、昨日までバルナバスが居た席に腰を下ろした。


「よろしい。話は以上よ。せっかくだから空いた椅子は、持って行ってあげるわ」


 ロザリーは、先ほどまでトウヤが座ってた椅子を持ち上げると、流麗に身をひるがえした。


 トウヤは、その後ろ姿を見た時に、胸中のわだかまりが何なのかようやくハッキリとした。


 人が死んだというのに終始、毅然としてるのがどことなく気に入らなかったのだ。

 あまつさえ、バルナバスの存在を一秒でも早く消し去りたいかのような素振りが、不快感を掻き立てる。

 文句の一つでも投げつけてやりたい気分だった。


 だから、意を決してロザリーに声をかけようと立ち上がった。

 その時、上半身が強く揺さぶられた。その正体は、唐突に肩を組んできたエリーだった。


「何すんだよ、エリー!」

「まあまあ、君の心中は察してるよ。だから、席につきな」

「わかってるなら、邪魔すんな」

「だけど、ロザリーの心中も察してるんだ。フィアンセとしてね」


 エリーは、トウヤの首に回してた腕を戻した。

 ロザリーは椅子を教壇の近くに置くと、自席に向かっていた。

 唐突なエリーの妨害と、声をかけるには気が引けるほど遠くにいったロザリー。

 すっかり毒気を抜かれたトウヤは、大人しく席に座った。


「むくれてる君も可愛いね」

「相変わらず趣味悪いな」

「君と違って、大人だからね」

「まるで、俺が子供みたいな言い方じゃねえか」


 トウヤはエリーから視線を逸らした。


「そうだよ」


 エリーは悪びれずに言った。

 今は何を口にしても、良い様にあしらわれると感じたので、トウヤは黙る事にした。


「うっさい!」


 後ろにいるイリスの声と当時に、タブレットがトウヤの頭頂部に当たった。

 グリモアの他人を拒絶する性質が、トウヤの頭に多大な衝撃を与えた。


「いった。何すんだよ、イリス!」

「立場ってものがあるのよ。曲がりなりにも、ロザリーは五大貴族ミストダリア家の公女。配下が一人死んだくらいで、いちいち泣き喚いてたら、領民に示しがつかないじゃない」

「でも、士官学校なら身分は――」

「特別待遇がないだけ。身分までは変わらないわよ」


 言い終えたイリスは、タブレットを自席の机に置いて、自分の世界に戻った。


「さすがだね、君が言うと説得力があるよ」

「どうも」イリスは、タブレットに視線を向けたまま、投げやりな返事をした。


 ――立場、か。


 身分が当人の人格形成や人生に影響を与えるのは、フィクションの中だけだと考えていたトウヤにとって、イリスの言葉は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。

 トウヤにとって、身分の高い者というのは、悪事を闇に葬る事ができる権力を持った集団という、漠然とした幼稚なイメージしかなかった。


 時折、インターネットや動画のニュースで出てくる、庶民感覚という言葉は、国民の機嫌を取る時に使う、都合の良い言葉。

 社会を知らないトウヤは、上に立つ者は下の者を不安にさせないため、身分に相応しい振舞いをしなければならない事を初めて知ったのだ。


 気が付いたら、溜飲が下がっていた。同時に、自分の無知に気恥ずかしさを覚えた。


「そういう事だから、ロザリーの分まで涙を流してくれ」

「それは知らん」

「ふふ、その様子だと、もう心配は無いようだね」


 エリーは、トウヤの首に腕を回してきた。

 制服越しに伝わる、生々しいエリーの体温に寒気がした。嫌悪感がこみあげてくる。


「あーあ、せっかく慰めようと思ったのに」

「くっつくなよ!」

「連れないなー、ボクと君の仲じゃないか」

「そうだな。だから、離れてくれ」

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