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魔人

「さあね」

「儂は、素直な子が好みなのじゃが」


 ドミニクは悠然とエステルに詰め寄った。

 エステルが鋭い蹴りを放つ。

 青黒い脚がドミニクの左脚に直撃した。


 しかし、ドミニクは平然と立っている。魔族であるエステルの蹴りをまともに食らっても、びくともしてないのだ。

 同時にエステルは、顔をしかめた。蹴りを放った右脚に手を添えている。


「これこれ、老人を困らせるでない」

「タヌキじじいが」


 エステルは悪態をつくので精一杯のようだ。


 実際、ドミニクには先のエステルの攻撃によるダメージは無い。

 その理由は、エステルが攻撃を繰り出す瞬間に、ドミニクは自身の体表に薄い氷をはって防いだためである。


「今一度、問う。お前は、魔人か?」

「……」

「魔族ってのはな、それはもう人目で化け物とわかる姿形をしておる。じゃが魔人は違う。魔族が人に化け、人の姿を留めることができる者を指す、これはもう魔人と言う他は無いのじゃよ」


 エステルの口が開く様子は見られない。


「質問を変えよう、誰の差し金だ?」


 エステルはドミニクから顔を背けた。


「知能がある輩なら、この国の士官学校がどんな場所なのか理解してるはずだ。余程のバカでなければ、おいそれと手出しはせん。正直、魔力が欲しいだけなら、他の領地で集める方がリスクが少なくてすむ。賊に罪を擦り付けることもできるからのう。少なくとも、儂が魔人ならそうする」


 エステルは言葉ではなく、目つきで答えた。鋭い眼光がドミニクに向けられる。


「仕方がない。できれば本人の口から聞いてみたかったのじゃが」


 ドミニクは嘆息をつくと、エステルの体に右手をかざした。


「ジジイ! 何をした!?」

「安心せい。凍らせたのは、手足だけじゃ」


 続けてドミニクは、エステルの左の小指を摘まみあげた。

 その瞬間、エステルが顔を引きつらせた。これからドミニクが行う事を予測し、恐怖したのだろうか。

 ドミニクは、不気味なくらいに口端をつり上げた。

 摘まみ上げた左の小指を、容易く体から切り離し、握りつぶす。手の中にある小指を、砕けた卵の殻をより小さな破片にするかのように、何度も握った。

 ドミニクが手を開いた時、指だった物は無数の破片となり、床に散らばった。


「た、頼む! 命だけは、どうか」


 エステルは上擦った声で命乞いをした。

 ドミニクは、真顔になる。


「何故、儂が小指を潰したと思う? それは貴様に、契りを結ばない意思を示すためじゃ」

「そ、そんなぁ……」


 ドミニクの目つきが鋭くなる。


「いいか? これだけは伝えておく。貴様の死は確定じゃ。だが、少しでも長く生きたかったら、儂を楽しませてみろ。もし興が冷めたら、ひと思いに殺してやる」


 エステルは歯ぎしりした後、口を開いた。


「あんた、今まで会った人間の中で一番最悪だよ」

「善人ぶるつもりはない」

「いい死に方しないよ。ジジイ!」

「そんなもの、とうの昔に承知しておるわ」


 ドミニクは身をひるがえした。ドアに向かって歩き始めた。

 ドアノブに手をかけると、エステルの方に顔を向けた。


「今日は殺さんから安心せい。時間はたっぷりある。また明日から、じっくりと魔人について、学習させてもらうとするかのう」


 言い終えると、ドミニクは地下室から出た。

 石の引き戸を抜け、地上に向かう。


 ――こんなところで魔人に会えるとは、これぞ渡りに船と言うやつじゃろう。もしかすると昔話と思い笑い飛ばした、伝説の魔人の目覚めが近いのかもしれん。









 翌朝、ドミニクは再び最下層の部屋に訪れた。

 そこには、目を背けたくなる光景がひろがっていた。

 黒い染みが床を汚してる。

 中心には、戒めを失くしたエステルの首が無造作に転がっていた。

 その表情は、恐怖におののいたのか、目が見開いていて、口が縦に大きく開いた状態でかたまっていた。


 首から下の部位は、紙のように潰れている。大きなハンマーで潰されたかのようだ。


 ――してやられたか。錠の要石も壊れとる。これでは、使い物にならんな。


 要石、それは床に落ちてる首枷に埋め込まれた宝石のように輝く石の事である。今は大きなヒビが入っており、複数の欠け傷があるため、輝きが失われている。


 ドミニクは石の引き戸まで引き返した。

 そこで当番をしていた二名の衛兵を連れて、部屋に戻ってきた。


「こ……これは一体?」衛兵の一人が部屋の惨状に声を震わせている。もう一人の衛兵は、耐えきれなくなったのか部屋の隅で嘔吐している。

「弱ったのう、せっかくの客人がこの有様じゃ」

「学長の仕業では無いのですか?」

「当たり前じゃ。儂は、遺体を見せつける趣味はない」

「しかし、昨日から今の今まで、ここを通り抜けたのは、学長だけです。これは間違いありません」

「なるほど」

「わ、私達を疑っておりますか!?」

「いやいや、お主らの実力は儂が一番良く知っておる。お主らが束になったところで、手負いの魔族一人倒すこともままならないからのう」


 衛兵は胸をなでおろした。


 ドミニクは、黒い血だまりを凍らせた。その後、エステルの頭部に近づくと身をかがめた。

 懐から鋭利なナイフを取り出すと、エステルの毛髪の一部を切り取った。

 ナイフを仕舞い、切り取った毛髪から二、三本摘まみあげては火の魔法で焼いた。髪の焼けた不快な臭いが鼻についた。


「お前、ちょっと来い」


 ドミニクは衛兵に向かって、手招きをした。

 正気を保っている衛兵は、ドミニクの側まで歩いた。

 衛兵を視認したドミニクは「手を」と、衛兵に手を差し出す様に言った。

 衛兵は、右手の平がドミニクに見えるように、右手を差し出した。

 ドミニクは、エステルの髪の束を衛兵の手の平に乗せた。


「それと大量の金貨、手紙には娘が命を落としたのは儂の不徳の致すところである、という文面でベルリオーズ家に送れ」

「よろしいのですか? 此度の件、全ては魔族の仕業では?」

「構わん。どちらにせよ、責は儂が負う事になる。彼女の死という一点だけを見れば昨年、消息を断った時点で儂の責任なのは明白。それなら、彼女を人間として手厚く葬り、子爵の恨みつらみを儂に向けてくれた方がええ。それにベルリオーズの事じゃ。いたずらに魔族の存在を匂わせたら、私兵を動かしかねん。そうなってしまったら無駄な犠牲者が増える一方じゃ」


 ドミニクは頭部を氷漬けにしてから拾い上げた。


「これは、儂の方で処理しておく。いいか? 魔族の件は内密にしておけよ」

「了解しました」


 ――これは魔人の件も含めて、早急に内部の者を洗う必要があるな……。

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