密会
時は、ドミニクが三人と別れる前までさかのぼる。
「やはり、小僧の力では荷が重いか」
ドミニクは重い口調で言った。
ライラとカスミは目蓋を閉ざし、顔を伏せた。
異を唱える様子はなさそうだ。
代わりに、沈黙を破るようにアクセルが口を開いた。
「待て待て、学長。魔族を追い詰めたのは、イリスのグリモアかもしれないけどよ」
「その物言い。小僧の肩入れしてるように聞こえるが」
「一つだけ言いたい事がある。それを聞いた後なら、学長がどんな判断を下そうが、俺は口出ししない」
「わかった、申してみよ」
「あいつね、イリスに命の危険が迫ってると判断したら、自分の命を顧みない奴なんです」
「まるで見てきたような口振りじゃが、その根拠は?」
「見てきたっていうか、見せつけられたっていうか――」
「夜も更けておる。さっさと本題に入れ」
「わかりました。少し前の訓練所での出来事です。ちょいと俺の修業が遅くなってね、訓練所に来たトウヤとイリスとはちあわせになったんです。で、二人は何をしたかと言うと、ドアの隙間から、俺とカスミが話してるのを覗き見してたんです。それを察知した俺は、覗いたバツとして二人にちょっかい出しました。。分身の術を使って、二人の背後にもう一人の俺を出して、二人に向けて魔法を撃ちました」
ドミニクの顔が険しくなった。イリスに魔法を撃ったのが気に障ったのだろう。
アクセルは、意に介さず話を続けた。
「俺が魔法を撃った瞬間、トウヤは身を挺してイリスをかばったんです。結果、訓練所のドアは壊しちゃったけど、トウヤにちょっと痛い思いをさせただけで終わりました。以上の事から、トウヤはイリスの命を第一に考えてる、と推察できる。俺からは以上です」
「恐れながら私からも申し上げますと、私はドアが壊れた後、オリベ様がイリス様に覆いかぶさっていたところは目撃しました」
「ふむ」
ドミニクは目を閉じると、親指と人差し指で顎を挟んだ。
誰も口を挟む様子が無い。ドミニクの言葉を待っているようだ。
「承知した。後は、儂が預かろう」
ドミニクの言葉が終わると同時に、三人は緊張を解くように息を吐いた。
「それとな、アクセル。ドアの修繕費は請求するぞ」
「ドミニク様、ドアの件でしたら既に取りかかってます」アクセルが口を開く前に、カスミが答えた。
「カスミは、相変わらず仕事が早いのう」
「それじゃ、今回の警備増強とかがり火の設置費用を請求するかな」
「何でだよ。学校は国の機関なんだから、国に請求すればいいだろ」
「最近、財務の連中がうるさくてな。それに、クロスフォード家は金持ちじゃろう。それくらい、ポンと出さんかい。エルヴィンの金脈の名が廃るぞい」
「学長が娘に入れ込んでるせいでしょ。彼女の後始末で、膨れ上がった医療費や諸侯への献金とか」
「金で解決できるなら安い物よ」
「ちょっと過保護すぎませんか?」
「これでも、まだまだ足りぬわ。そんなわけでお前さんの名で、財務の者に便宜を図ってもらえんかね」
アクセルは即答しなかった。少し間を置いてから口を開いた。
「わかりましたよ。これは、貸しですからね、学長」
「何を言うか、これは儂の可愛い娘に魔法を撃った罪じゃ。命があるだけ、ありがたいを思え」
「手厳しいね」アクセルは呆れるような口調で言った。
「しかし、らしくないじゃないか、クソじじい。あんたが人の意見をすがるなんて、とうとうヤキが回ったのかねえ」
「アホいえ! 儂も、もういい歳じゃからな。いつまでも向こう見ずとはいかん」
「ほう……随分、殊勝な心掛けじゃないか。あたしはてっきり、臆病風に吹かれたのかと思ったよ」
「ふん、儂はまだまだ現役じゃ!」
◇◇◇
宿舎を出たドミニクは、考え事をしながら地下牢に向かっていた。
――儂は、また過ちを犯すところだったのかもしれん。
昔の事を思い返し、感傷に浸る。
だが、すぐに頭を振って、気を取り直した。
――じゃが、腹はくくった。小僧、お前にイリスを託す。
そう決意したドミニクの目には、強い光が宿っていた。
同時に、肩の荷が降りたような気がした。