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「どうかお慈悲を」

 迷子の二文字が頭の中を埋め尽くす。十七にもなって家路がわからなった事実がトウヤの心を苛む。

 教会までの道を覚えてない理由は、そもそも教会に来たのはロバートを尾行した結果のためだ。

 その道中は、人混みをかき分けて白いロングコートを見失わない事に集中してたため、周囲の建物やランドマークを記憶を放棄してたのだ。

 トウヤは長い間、道を頭の中に叩き込む生活とは無縁だった。中学校入学のお祝いにスマホを手に入れてからというもの、見知らぬ土地に赴いても電波と電池残量さえあれば迷子とは無縁の生活だった。

 異世界に来てからも、それは変わらなかった。理由は、生活の活動範囲が士官学校の敷地内に限定されてた事とイリスに付き従ってたためだ。


 スマホに支えられた日常生活は、スマホを失くした瞬間、崩れる。その現実を、一人になって初めて思い知らされた。

 今、トウヤの胸中には二つの想いがある。

 一つは、迷子になった事実を認めたくない事。

 もう一つは、迷子になった事をイリスに知られたくない事だ。特に後者は、沽券にかかわる。


 しかし、このまま教会の前で寂しく座していても、宿舎には戻れない。

 これまで散々、歩き回ったが昼間の活気が嘘のように、人気が失せているのだ。

 恥を忍んで士官学校までの道のりを訊ねようとしても、どうにもならない状況に追い込まれていた。


「おや? あなたは先ほどの、こんなところでどうなされましたか?」


 聞き覚えのある声。

 トウヤはすぐに振り向いた。あまり時間が経ってないはずなのに、久しぶりに人の声を聞いた気分だった。

 白い法衣を身にまとった男性が立っていた。男性が外出しようとしたところに、鉢合わせたようだ。


 ――教会の人なら、士官学校までの道を教えてくれるだろうか。

 例え知らなくても、邪険にされるような事は無いよな。

 それに、聞くだけならタダだ。迷える子羊に救済の手を差し伸べてくれ!


 教会を出る時に見た、男性の悲壮感に満ち溢れた顔がチラつく。少しだけ良心の呵責に苛まれた。

 しかし、今のトウヤはなりふり構っていられなかった。

 ワラにもすがる思いで男性に声をかける。


「すみません、士官学校への道を教えていただきたいのですが」


 白い法衣の男性は、一瞬だけ眉をひそめるも、すぐに穏やかな表情に戻ると口を開いた。


「いやー、すみません。士官学校の道はちょっと」

「そうですか」


 男性の答えに、トウヤは愕然とした。手詰まりだろうか。当ても無く、ひたすら歩き続けるしかないのか。

 安住の地に戻れない不安が焦燥感を募らせる。じっとしていると精神が狂いそうになる。


「ですが……その」白い法衣の男性が焦らす素振りを見せている。

「何か知ってるんですか!?」

「まあ、まあ、落ち着いてください。焦る気持ちはわかります。まずは深呼吸して、落ち着いてください」


 トウヤは歓喜した。神に縋る思いで男性に従い深呼吸した。


「ちょっと、飛んでみてください」


 男性に従い、何も考えずに垂直に軽くジャンプした。

 着地と同時に、軽い金属音が鳴る。

 同時に男性がニヤリといやらしい笑みを浮かべた。


「あー、もしかすると神の御前で寄付していただけると、私の記憶がハッキリするかもしれませんね」


 男性の粘度の高い口調が、トウヤの神経を逆撫でした。


 ――図ったのか! なまぐさ坊主!


 トウヤはスマホを手にしてから、もう一つ変えた習慣がある。

 それは財布を持ち歩く事だ。スマホを持つようになってから、支払いの大半を電子マネーで済ませていたため、紙幣はおろか小銭も持たない生活が当たり前になっていた。

 そのため、貨幣を持ったままジャンプしたら、音が鳴る事を失念していたのだ。

 何も考えずに男性のいう通りにした結果、失態を演じた。そんな間抜けな自分に腹が立っていた。

 その時、失敗を取り戻す策を閃いた。ポケットから、銀のバングルとネックレスを取り出す。


「すみません。今、手持ちがなくて」トウヤは作り笑いを浮かべながら、銀のバングルとネックレスを男性に見せつけた。

 続けて「学生の身だから、懐がさびしいんです。どうかお慈悲を」


「神の御前で嘘はいけませんな。私の耳を欺く事はできませんぞ」


 ――地獄耳かよ、このおやじ! 聖職者の身でありながら人様の金にたかってんじゃねえ、罰当たり者が!


 怒りにまかせて、銀のバングルとネックレスとポケットにねじ込む。

 ただ宿舎に戻りたい。そんなささやかな願いが、目の前に佇むなまぐさ坊主の胸三寸で決まるのだ。無理もない。男性はトウヤの心中を察しているのか、薄気味悪い笑顔を振りまいている。

 もう策は尽きていた。大人しく銀貨を差し出して、家路を教えてもらおう。観念するように貨幣が入ってるポケットに手を突っ込んだ。

 その時、教会の扉が開いた。

 小柄な体躯の女性が出てきた。短く切り揃えられた茶色の髪、童顔だけど憂いを帯びた瞳をしている。


 ――間違いない、ジーナだ!


「レーベン様」ジーナは男性に声をかけた。

「ジーナ、これからお出かけですか?」


 ジーナはレーベンの質問に、首を縦に振った。


 ――レーベン様? お出かけ? ジーナは宿舎で寝泊りしてるはずだが……。いや、そんな事より、俺が宿舎に戻ることが先決だ。


「ジーナ!」


 ジーナがトウヤの方に向いた。

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