「俺という奴は異世界に来ても、小市民なんだな」
ライラ達と別れてから程なくして、露店巡りをした。
その中の一つ、怪しげな道具を取り扱ってる露店で足を止めると商品を眺めた。
購入する気は一切無いが、生まれ故郷で見ることのない品々はトウヤの好奇心を刺激する。
「あら、どこかで見た事があると思ったら、トウヤ君ですよね?」
女性の美しい柔和な声が聞こえた。トウヤは声の方に振り向いた。
視線の先には、アルベルティナが立っている。
雪のような白い肌と透き通るような金髪に尖った耳、黒い外套と若葉色の衣装、教壇に立つときと同じ姿である。
「奇遇ですね、ティナ先生」
「それは私の台詞ですよ」
ティナは言い終えると、辺りを見回す。
「あれ? イリスさんの姿が見えないようですが」
「自室で学長と一緒にいますよ」
「学長に追い出されたんですか?」
「似たようなものです」
「はあ……今年に入ってからドミニクさんは、どうも様子がおかしいですね」
「イリスの入学と関係あるんですか?」
「何せイリスさんの席を用意するために、入学希望者の中で一番劣ってる方を難癖つけて入学取り消ししたんですよ」
「それは何と言うか、入学希望者の方が気の毒ですね」
「本当ですよ。当時は、教員達の中から、学長の判断に異を唱える者が続出したんです」
「今は、どうなんですか?」
「あなたの存在と前例のない後天的グリモアの顕現。学長に異を唱えた教員達は、皆そろえて手の平を返しましたよ」
「そうですか」
「ただ……反対に学長は、よろしく思ってない様子でした」
「どういう事ですか?」
「イリスさんが模擬戦で初めて、正々堂々と勝利した日の事です」
「俺が初めて、この世界に来た日の事ですね」
「はい。衛兵からトウヤ君の製造とグリモア顕現の報告を受けた時の学長の様子ですが、苦虫を噛み潰したような顔をしたんです」
「何か変ですね。お国柄、力は尊重されるはず。何より義理とは言え、自分の娘がグリモアを手に入れたんですよ。俺がイリスの親なら、人目憚らず大はしゃぎしますよ」
「ふふ。トウヤ君は、イリスさんの事を大切に想ってるのですね」
「それは、まあ……親子だし。衣食住の世話にもなってますし」トウヤは、ティナから目をそらしてから言った。
「で、あんたら、冷かしかい? 俺に見せつけるつもりなら、とっとと帰ってくんな」筋骨隆々のいかつい中年男性の店主が怖い顔をしている。
「す、すみません」
トウヤは店主の気迫に呑まれ、思わず謝罪の言葉を口にした。
――こんなヤバそうなおっさんが何で露店で商売してんだよ! 騎士団に放り込んでおけよ! 軍の犬として飼いならしておけよ!
「やっぱり、他の領地に足をのばさないとダメそうですね」
「王都ということは、国の中心ですよね? そういう所って、国中の珍しい物が集まるイメージがありますけど」
「他の国はそうでしょうが、エルヴィン王国は逆ですよ。王都にお宝はあまり来ないですね」
「随分、ハッキリ言うんですね」
「王都は、他の領地に比べて土地を安いの。だから貧民が多く、富豪がごくわずかなのです。治安は悪くないのですが、大半の富裕層は他の領地にいます。だから希少品を売りたい商人は、王都の外に行くことが多いですね」
「変わった国ですね」
トウヤとイリスの会話に気を悪くしたのか、店主の視線が殺気だっている。
「今日はめぼしい物が無いので、これで失礼しますね」
ティナは、涼しい顔して店主に告げると人混みに消えていった。
店主は、凄まじい形相でトウヤを睨みつけている。腕を組み、全身の筋肉を誇示してるみたいだ。
蛇に睨まれた蛙のように固まったトウヤは、品物をざっと見渡した。
長い革紐にしずく型に加工された石のチャームが特徴的のネックレスが目に止まる。
「すみません、このネックレスをください」
それは、店主の商売の邪魔をした事への罪悪感から出た言葉だった。
「他には?」
店主の威圧は先ほどよりも和らいでるが言葉では、物を買うように強要してるようだ。
「それじゃ、これも追加でお願いします」
店主の表情が穏やかになった。
「銀貨二枚だ」
トウヤはポケットから銀貨二枚を取り出すと、野球のグローブみたいな店主の掌に置いた。
「まいどあり」
店主の溌剌とした声と共に露店を後にする。
――ふー、つい勢いで言っちまったが、手持ちの金で買える額で助かった。
貴族様御用達しのアクセサリが、こんな道端の露店で取り扱う事は無いとは踏んでたけど、やっぱり心臓に悪いな。
パワーストーンとかの類じゃなくてよかった。
お手頃価格だったし、これらはイリスへのお土産にしよう。
おしゃれに興味あるかどうかは知らんけど。
トウヤは購入したアクセサリをまじまじと眺めた。
ネックレスは、半透明で光沢のあるピンク色した、しずく型のチャーム。チャームの大きさは、小指のつま先から第一関節くらい。
銀色のバングルは、幅1cmにも満たないほど狭く、余計な装飾や加工が無いシンプルなC字。特徴が無いのが特徴と言えるデザイン。
どちらも主張が激しくないため、普段着のちょっとしたアクセント程度にはなるだろう。反対に、社交場では不釣り合いの代物である。
――俺という奴は異世界に来ても、小市民なんだな。
トウヤはネックレスとバングルをポケットに突っ込んだ。