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貴族令嬢のティータイム

 とある休日の昼下がり。

 マリエルの部屋で、マリエルは椅子に座ってくつろいでいた。

 その傍らには銀のティーポットを手にした、フランが佇んでいる。これからお茶の時間ようだ。

 テーブルには、陶磁器のカップと焼き菓子が積まれた三段のケーキスタンド、ケーキをのせるための皿がある。

 フランは慣れた手つきでカップにお茶を注いだ。紅茶の良い香りが立ち昇る。


「マリエル様、お茶の用意ができました」

「ありがとう」マリエルは礼を言った。指はカップに伸びてない。

「では、失礼します」


 フランはティーポットをテーブルの上に置くと、両手でマリエルの胸を揉み始めた。

 マリエルは、頬を赤らめつつも抵抗するそぶりを見せない。代わりに、諦めたような表情になると口を開いた。


「フラン! お茶のお時間のコレ、いい加減、何とかなりませんの?」

「お静かに!」フランは、ピシャリと言った。


 頬を赤らめてるマリエルとは対称的に、フランは冷たい表情を浮かべている。

 フランは確かめるように「ふむ」と言うと、右手をマリエルの細い腰に伸ばした。


 くすぐったいのかマリエルが鼻にかかった甘い声を漏らす。

 フランの右手がマリエルの腰回りを這いずるたびに、マリエルの喘ぎ声が上がる。

 しばらくすると、フランが手を止めた。直立の姿勢になる。

 フランの手から解放されたマリエルは、息を整えている。


「贅肉は、無いみたいですね。この様子ならスタンドのお菓子を全てお召し上がりになってもよいでしょう」フランは、いつもの調子で淡々と告げた。

「私は令嬢である前に剣士ですのよ。そう簡単に、肥えることはありませんわ」

「体調と体形の管理は、職務の一環ですので」フランは話ながら、お皿に幾つかケーキをのせた。


 マリエルは、優雅な所作でカップを口元に寄せると、音を立てずに紅茶を一口飲んだ。

 物音ひとつ立てずに、カップをソーサーの上に戻す。


「あなたの職務は承知してますが、手段はもう少し考えていただけませんこと?」

「申し訳ありません。未熟ゆえに、直に感触を確かる以外のすべを知らないのです。腰が肥えたなら菓子を減らし、胸が縮んだら菓子を増やす。これが、マリエル様のお茶会です」

「はいはい、わかりました」

「ですが、お嬢様のお体は、相変わらず優れたプロポーションのようで安心しました」

「もう」マリエルは、恥ずかしそうに口を尖らせた。


 マリエルは嘆息をついてから、口を開いた。


「たまには体形を気にせず、思う存分、お菓子を堪能したいですわ」

「でしたら、今すぐ身籠ってください。男さえ捕まえれば、プロポーションを維持する理由が無くなりますので」

「フランったらすぐ、二言目には世継ぎの事ばかり……私にだって、私の人生というものがありますのよ」

「何を世迷い言を。お嬢様の体は、お嬢様だけの物ではありません。領民、全ての物です。大体、この部屋を何のために機密性と遮音性を高めたと思ってるんですか?」

「それは、私が寝るためですわ」

「その通りです」

「ですわよね。それが一体――」

「お嬢様が男と寝るためです!」


 フランが珍しく、目に力を入れている。


「と、突然、何をおっしゃいますの!?」


 マリエルが狼狽えている。


「士官学校とくれば、海千山千の男たちが集まる場所」

「いえ、女性もいますわよ」

「それはもう多くの種馬が集う、厩舎と言っても過言では無いでしょう」

「仮にもあなたは、ここの卒業生ですわよね? その言い分ですと、あなたは厩舎の馬になりますわよ」

「特に今年は、五大貴族の眷属が一堂に会する、非常に珍しい事態となってます。残念な事に、ミストダリア家は牝馬ですが」

「そんなに馬が好きなら、今日から厩舎で寝泊りしていただけませんか? きっと疲れくらいなら、とれますわよ」

「それはもう私は、エルヴィン王国の建築技術の粋を結集して、機密性と遮音性を両立したマリエル様専用の部屋をご用意いたしました」

「それに関しては、とても助かりますわ」

「これも全ては、マリエル様が世継ぎを産むためです。ですので、一日も早く身籠ってください」

「だから、その話はお止めになってくださいまし!」


 マリエルとフランが肩で息をしている。


「大体、私が身籠ったら、ここを出なければなりませんわ。せっかくお兄様も通われてますのに」

「問題ありません。退学の手続きと早馬の用意は、準備できております」

「学校には、学びにきているのですよ? それを中途半端に投げ出すなんて、バシュラール家の名折れですわ」


 マリエルの言葉を聞いた、フランは鼻で笑った。


「その言葉で私を説き伏せたいのなら、せめて筆記試験の成績を他人に見せられるところまで上げてください。今のままでしたら、私が代理になった方が成績の向上が見込めますよ」

「あなたに、私の何がわかりまして?」

「当然、お嬢様の座学全般の成績です。私は、ここの卒業生であり、お嬢様の従者でもありますので、身元の保障は完璧です。そのため、教員の方々も快く情報提供してくれます。ですので私には、お嬢様の目も当てられない成績なのは、既知の事実なのです」


 マリエルは、悔しそうな表情を浮かべた。

 深呼吸をすると、紅茶を口に運んだ。

 続けて、焼き菓子を口にする。気をよくしたのか、表情が柔らかくなった。

 頃合を見計らったように、フランが口を開いた。


「それに子を身籠り、お家に戻られるのなら、ジュリアス様も考えを改めるかもしれませんよ」

「私が身重になりましたら、お冠になるだけですわ。ですので、私が兄の足手まといにならない事を、剣で証明する他はありません」

「はあ、この様子では、オーバン様の気苦労が重なるばかりですね」

「オーバンには、感謝してますわ。私共がこうして学校に通えるのは、彼が北の国境に目を光らせてるおかげなのは重々承知してます」

「知勇兼備で名を馳せる傑物。忠義に厚く、性格は謹厳実直で頑固一徹。エルヴィンの岩壁の異名に相応しい御仁と聞き及んでおります」


 エルヴィンの岩壁、というのはバシュラール家の異名である。

 エルヴィン王国の北西を治めるバシュラール家は、三つの国をまたいで連なるアルガン山脈の東端付近にある。

 山脈から北は極寒の地であり、そこを治めてるノズ国と緊張状態が続いている。

 北側の国境の半分は山脈だが、もう半分は平地のため、バシュラール家がエルヴィン王国の壁になっている。

 そこに土属性をかけあわせたのが、岩壁の由来である。


「オーバンが岩壁の名を継ぐに相応しい器なら、私とお兄様はいつ出奔しても問題ありませんわね」

「お嬢様」フランの口調がきつくなる。


 フランの様子が変わった事を察知したのか、マリエルが顔を引き締めた。


「バシュラール家に生まれたからには、ご自分の人生を謳歌する、という夢は捨てていただけませんか」

「承知してます。ですが――」

「士官学校に貴賤はありません。ですので、ここにいる間はお嬢様のお好きなようにお過ごしください」


 心なしか優しい口調のフラン。その顔は、微かに笑みを浮かべている。

 緊張の糸が切れたのか、マリエルはひと息ついた。


「マリエル様、一つお伺いしても宜しいでしょうか?」

「世継ぎ以外の事でしたら」マリエルは、当てつけるように言った。

「ありがとうございます。お聞きしたいのは、最近お嬢様がご機嫌な様子でしたので、どんな心境の変化があったんですか?」


 フランが言い終えると、マリエルの上半身がビクンと跳ねた。


「この間の模擬戦で、ジュリアス様と善戦した事でしょうか?」

「まあ……それもありますわね」マリエルの口調はどこか、白々しさがある。

「それも?」


 フランの語気がいつもに比べて若干強くなる。まるで追及しようとしてるみたいだ。

 マリエルの目が泳いでる。あからさまに挙動不審である。

 フランは何かを察したのか、嘆息をついてから口を開いた。


「いいですか? お嬢様は、貴族である前に一人の女性です。同じ女性として、お嬢様の心境は手に取る様にわかります。ですが――」


 フランは威圧するように、マリエルに顔を近づける。

 マリエルは、顔を背けた。


「あの種無しだけは、ダメですよ」フランは今日一番、凄みを利かせた声で言った。冷たい視線をマリエルに浴びせてる。

「ト、トウヤとは、そ、そ、そ……そのような関係ではありませんことよ」マリエルの声は上擦っている。


 マリエルの顔には、大量の冷や汗を流れている。

 フランは、いつもの大人びた顔つきになると口を開いた。


「今、バシュラール家の血筋はマリエル様とジュリアス様、お二人しかいないのですから」フランは冷淡な口調で言った。


 マリエルは優雅な所作で、口をつぐむようにカップを口元に運んだ。

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