「マリー」
――そろそろ、兄様に感づかれる頃合かしら。
魔法で攻撃する事を好まない兄様が、執拗に魔法を放つ。
その真意は、ゴーレムの挙動を探ること。
やはり、私達の決着には、剣術が似合いなのでしょう。
マリエルは、レイピアを強く握りしめた。
射竦めるような目つきでジュリアスを視界に入れる。
ジュリアスの左手が本に触れる。
火球、氷の矢、風の刃がマリエルに目掛けて、矢継ぎ早に飛んできた。
同時に、ジュリアスの足元が隆起する。
三体のゴーレムは、マリエルを狙う魔法に身を挺した。
マリエルの前に三体のゴーレムが立ち並んでいる。
視界がゴーレムで塞がった。
マリエルは上空に目を向けた。身の丈を上回るくらい隆起した土が目に入るが、ジュリアスの姿は無かった。
すぐさま周囲を見渡す。
視界に地を走るジュリアスの姿が映る。
傍にいるゴーレム達が次々とジュリアスに殴りかかる。
ジュリアスは、視線をマリエルに定めたまま、一体目の攻撃をするりと躱した。
傍から見れば、拳がジュリアスを避けてるように見える程の最小限の体捌き。
二体目、三体目も続くかに思えた攻撃は、次々と前方のゴーレムに当たった。
ジュリアスが持つ剣の刀身から、異様な気配がする。
その刹那、ジュリアスが剣を振り抜いた。
縦列に並ぶゴーレム達の胴体を一振りで両断した。
予想外の事態に一瞬、戸惑うマリエル。
すぐに平静を取り戻し、レイピアを構えた。
しかし、ジュリアスの剣は、マリエルが構えるよりも早く、二の太刀を振り下ろした。
剣がレイピアに当たる。
マリエルの手からレイピアが落ちた。
同時にジュリアスの剣がマリエルの首に触れる。刃が引きつぶされているので裂傷は無い。
「勝負あり! 勝者、ジュリアス=フォン=バシュラール!」
緊張の糸が切れたマリエルは、溜め息をついた。
「強くなったな、マリー」
「酷いですわ、お兄様。私を騙すなんて」
「おいおい、先に仕掛けたのはマリーだろ」
「私は、いいんですの。殿方をたぶらかすのは、女性の特権ですもの」
ジュリアスは大きく口を開けて「はっはっは」と笑うと、会場から出ていった。
マリエルは会場から離れた。その表情は、どこか晴れやかだった。
――もう少しだけお待ちください、お兄様。私が、必ずあなたを止めてみせます。
◆◇◆
「凄いな、マリエル。ほんの数日でグリモアを使いこなしてるじゃないか」
トウヤは、試合会場から出たマリエルに声をかけた。
トウヤの側には、いつも通りイリスがいる。
「負けてしまいましたけどね」
「そのわりには、やけに嬉しそうじゃない。マリー」
「ええ。実りある試合内容でしたので。私にとって模擬戦は、勝利に固執する事ではなく、戦や決闘で勝つための足がかりですわ」
「ふーん」
「トウヤ、あなたにお伝えしたい事があります」
「何?」
マリエルは目を閉じた。
只ならぬ雰囲気を感じ取ったトウヤは、背筋を伸ばした。顔を引き締める。
程なくして、マリエルは目を開けると口を開いた。
「今度から私を呼ぶときは、マリーとお呼びください」
マリエルは、穏やかな表情を浮かべている。
鮮やかな金色の髪が、いつもより眩く見えた。
「あ、ああ。わかったよ、マリエル」
「もう、さっそく間違えてますわよ」
「ごめんごめん、マリー」
「ええ、今後もよろしくお願いします。トウヤ」
ひょんな事からマリエルとの距離感が急速に縮まったため、気恥ずかしくなってマリエルから顔を背けた。
イリスは、二人の様子を呆然とした表情で眺めていた。
「ふうむ。今、執り行われてる模擬戦は、ひとしきり終えたようじゃの」
ドミニクは、模擬戦の会場に兵士を連れてやってきた。
ドミニクの言う通り、今は全て区画で戦闘が見られない。
ドミニクが周囲を一瞥すると「はーい、注目!」と大声を上げた。
辺り一帯が静かになる。
「これより今年度の模擬戦に限り、特別ルールを追加するから、審判を務める衛兵並びに生徒諸君、よ~く聞くように」
辺りにいる衛兵と生徒たちは、会場の中央に注目する。
ドミニクが、大きく咳払いをした。
「諸君らも承知の通り、私のか弱くて可愛いイリスが、ホムンクルスを造った。従来のルールならホムンクルスの死亡では、試合は止まらない。中には負い目を感じたのか、規則を破って止めに入ろうとした衛兵も居たみたいじゃがな」
ドミニクの傍にいる衛兵が、申し訳なさそうに頭を下げた。
「だが今日からは違う。イリスの子供である、トウヤ=オリベの命に限り、人間と同等に扱う。これが特別ルールじゃ!」
ドミニクが言い終えると、周囲の大多数の人達がドミニクに非難の声を浴びせた。
横暴、職権乱用、耄碌、痴呆、待遇改善等々、対面してない事と個人が特定されづらい状況をいい事に、不満をぶつけているようだ。
会場が喧噪に包まれている中、トウヤはイリスに声をかけた。
「イリス、これって?」
「あたしがおじいちゃんに頼んだの」
「そ、そうか。ありがとな」
トウヤ自身もここ数日の訓練で、強くなった実感はあった。
しかし、マリーとジュリアスの試合を見た後だと、今の実力で魔道士と渡り合うには荷が重いと痛感していた。
――これで模擬戦で命を落とす心配は無くなったのかな。
まあ打ち所が悪ければ死ぬかもしれないけど、そこはお互い様だしな。
「黙れい! 小童ども!」
ドミニクが一喝すると、再び静かになった。
「当然、腹に据えかねる輩が出てくる事は承知しておる。このままでは、身内を贔屓にしただけじゃからな。そこで、諸君らの溜飲を下げるため、ここでさらにルールの追加を宣言する。おい、黒板を持ってこい!」