表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/257

「マリー」

 ――そろそろ、兄様に感づかれる頃合かしら。

 魔法で攻撃する事を好まない兄様が、執拗に魔法を放つ。

 その真意は、ゴーレムの挙動を探ること。

 やはり、私達の決着には、剣術が似合いなのでしょう。


 マリエルは、レイピアを強く握りしめた。

 射竦めるような目つきでジュリアスを視界に入れる。

 ジュリアスの左手が本に触れる。

 火球、氷の矢、風の刃がマリエルに目掛けて、矢継ぎ早に飛んできた。

 同時に、ジュリアスの足元が隆起する。


 三体のゴーレムは、マリエルを狙う魔法に身を挺した。

 マリエルの前に三体のゴーレムが立ち並んでいる。

 視界がゴーレムで塞がった。


 マリエルは上空に目を向けた。身の丈を上回るくらい隆起した土が目に入るが、ジュリアスの姿は無かった。


 すぐさま周囲を見渡す。

 視界に地を走るジュリアスの姿が映る。

 傍にいるゴーレム達が次々とジュリアスに殴りかかる。

 ジュリアスは、視線をマリエルに定めたまま、一体目の攻撃をするりと躱した。

 傍から見れば、拳がジュリアスを避けてるように見える程の最小限の体捌き。

 二体目、三体目も続くかに思えた攻撃は、次々と前方のゴーレムに当たった。


 ジュリアスが持つ剣の刀身から、異様な気配がする。

 その刹那、ジュリアスが剣を振り抜いた。

 縦列に並ぶゴーレム達の胴体を一振りで両断した。


 予想外の事態に一瞬、戸惑うマリエル。

 すぐに平静を取り戻し、レイピアを構えた。

 しかし、ジュリアスの剣は、マリエルが構えるよりも早く、二の太刀を振り下ろした。

 剣がレイピアに当たる。

 マリエルの手からレイピアが落ちた。

 同時にジュリアスの剣がマリエルの首に触れる。刃が引きつぶされているので裂傷は無い。


「勝負あり! 勝者、ジュリアス=フォン=バシュラール!」


 緊張の糸が切れたマリエルは、溜め息をついた。


「強くなったな、マリー」

「酷いですわ、お兄様。私を騙すなんて」

「おいおい、先に仕掛けたのはマリーだろ」

「私は、いいんですの。殿方をたぶらかすのは、女性の特権ですもの」


 ジュリアスは大きく口を開けて「はっはっは」と笑うと、会場から出ていった。

 マリエルは会場から離れた。その表情は、どこか晴れやかだった。


 ――もう少しだけお待ちください、お兄様。私が、必ずあなたを止めてみせます。


 ◆◇◆


「凄いな、マリエル。ほんの数日でグリモアを使いこなしてるじゃないか」


 トウヤは、試合会場から出たマリエルに声をかけた。

 トウヤの側には、いつも通りイリスがいる。


「負けてしまいましたけどね」

「そのわりには、やけに嬉しそうじゃない。マリー」

「ええ。実りある試合内容でしたので。私にとって模擬戦は、勝利に固執する事ではなく、戦や決闘で勝つための足がかりですわ」

「ふーん」

「トウヤ、あなたにお伝えしたい事があります」

「何?」


 マリエルは目を閉じた。

 只ならぬ雰囲気を感じ取ったトウヤは、背筋を伸ばした。顔を引き締める。

 程なくして、マリエルは目を開けると口を開いた。


「今度から私を呼ぶときは、マリーとお呼びください」


 マリエルは、穏やかな表情を浮かべている。

 鮮やかな金色の髪が、いつもより眩く見えた。


「あ、ああ。わかったよ、マリエル」

「もう、さっそく間違えてますわよ」

「ごめんごめん、マリー」

「ええ、今後もよろしくお願いします。トウヤ」


 ひょんな事からマリエルとの距離感が急速に縮まったため、気恥ずかしくなってマリエルから顔を背けた。

 イリスは、二人の様子を呆然とした表情で眺めていた。












「ふうむ。今、執り行われてる模擬戦は、ひとしきり終えたようじゃの」


 ドミニクは、模擬戦の会場に兵士を連れてやってきた。

 ドミニクの言う通り、今は全て区画で戦闘が見られない。


 ドミニクが周囲を一瞥すると「はーい、注目!」と大声を上げた。

 辺り一帯が静かになる。


「これより今年度の模擬戦に限り、特別ルールを追加するから、審判を務める衛兵並びに生徒諸君、よ~く聞くように」


 辺りにいる衛兵と生徒たちは、会場の中央に注目する。

 ドミニクが、大きく咳払いをした。


「諸君らも承知の通り、私のか弱くて可愛いイリスが、ホムンクルスを造った。従来のルールならホムンクルスの死亡では、試合は止まらない。中には負い目を感じたのか、規則を破って止めに入ろうとした衛兵も居たみたいじゃがな」


 ドミニクの傍にいる衛兵が、申し訳なさそうに頭を下げた。


「だが今日からは違う。イリスの子供である、トウヤ=オリベの命に限り、人間と同等に扱う。これが特別ルールじゃ!」


 ドミニクが言い終えると、周囲の大多数の人達がドミニクに非難の声を浴びせた。

 横暴、職権乱用、耄碌、痴呆、待遇改善等々、対面してない事と個人が特定されづらい状況をいい事に、不満をぶつけているようだ。

 会場が喧噪に包まれている中、トウヤはイリスに声をかけた。


「イリス、これって?」

「あたしがおじいちゃんに頼んだの」

「そ、そうか。ありがとな」


 トウヤ自身もここ数日の訓練で、強くなった実感はあった。

 しかし、マリーとジュリアスの試合を見た後だと、今の実力で魔道士と渡り合うには荷が重いと痛感していた。


 ――これで模擬戦で命を落とす心配は無くなったのかな。

 まあ打ち所が悪ければ死ぬかもしれないけど、そこはお互い様だしな。


「黙れい! 小童ども!」


 ドミニクが一喝すると、再び静かになった。


「当然、腹に据えかねる輩が出てくる事は承知しておる。このままでは、身内を贔屓にしただけじゃからな。そこで、諸君らの溜飲を下げるため、ここでさらにルールの追加を宣言する。おい、黒板を持ってこい!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ