「写真集な!」
――イリスってクラスメイト以外の人間にディスられたら凹むんだな。強気で言い返すところしか見てないから、少し新鮮だ。
でも弱気になってる所、申し訳ないが春画というワードを消すために、このまま撮影会に移らせてもらおう。
凹んでる内容がデリケートだから、男の俺が何を言っても逆効果だろう。
こういうのは触れない事が一番。触らぬ神に祟りなし、だ。
「イリス、気を取り直してカメラを試そうぜ」
「そうね、このままじゃ私の心がもたないもの」
イリスは覇気のない口調で答えると、タブレットを手元に寄せた。
「それじゃトウヤ、いつも通り使い方を教えて」
「まずはカメラをタップしてくれ」
イリスはカメラの文字が書いてあるアイコンをタップした。
タブレットの画面側の上部にフロントカメラと思しき、丸くて小さなガラスのような部品が出てきた。
「あれ? 私の顔……かな? 鏡みたいね」
タブレットには、たしかにイリスの顔が映っていた。
他にも、白で塗りつぶされた丸いアイコン、アローヘッドが2つある回転してる矢印アイコン、電球のようなアイコンがある。
トウヤは「その白くて丸い奴をタップしてみな」と言った。
イリスは躊躇わずに丸いアイコンをタップした。
すると、パシャっと小気味の良いシャッター音が鳴り響いた。同時に一瞬だけ眩い光に包まれた。
イリスは驚いたのか、体が一瞬ビクッと痙攣したかのように動いた。間近で聞き慣れない音を聞いたためか、急に目が眩むほどの光に晒されたからだろう。
ライラは、イリスの方に振り向いた。特に驚いた様子は無い。
カスミは、ライラとは反対方向に顔を向けた。続けて、顔を伏せると、体を冷やした小動物のように全身が小刻みに震えだした。
――うーん、このグリモア、自撮りも出来るのか。イリスの手から離れてても浮いてるから、自撮り棒要らずでちょっと面白いな。しかもフラッシュ機能付きと来たもんだ。つくづく地球のインターネットに接続できないのが惜しいな。
生前のトウヤは、自画像をネットに上げる習慣が無かったので、どうでも良い感想を抱いた。
「ちょっとビックリしたじゃない! 何なのこれ!?」
「よし、次はホーム画面に戻ってから、写真……絵をタップしてみな」
イリスは訝し気にトウヤを一瞥してから、写真をタップした。
画面には、イリスの顔が写った画像のサムネイルが左上の隅に表示している。
イリスはトウヤに言われるまでも無く、サムネイルをタップした。
サムネイルが拡大するアニメーションが走り、イリスがシャッターを押した瞬間の画像が原寸大で表示された。
イリスは「おお」と声を上げた。感嘆してるようだ。
「それがカメラだ。グリモアに映し出された絵を保存する機能だよ」
「なるほどね。こんな鮮明に絵として保存できるなら、あんたがご執心のし、し……春画が作れるのも頷けるわ」
「写真集な!」トウヤは念押しするために、強めの口調で言った。
その後、トウヤはカメラアプリの他の機能を実際に触りながら、イリスにレクチャーした。
回転してる矢印アイコンをタップするとフロントカメラが消え、タブレットの背面側にアウトカメラが出てきた。
電球のようなアイコンは、フラッシュのオン、オフの切り替えができる事。
後はスマートフォンとは違い、動画を撮影する機能が無い事とシャッター音が消せない事が判明した。
イリスは一通り機能を触ると、最後にアウトカメラでトウヤを撮影。すぐさま写真アプリからトウヤの画像を目視で確認すると「うんうん」と頷いた。
「こんなものね。それじゃせっかくだし、先生とカスミの絵も残そうかな」
イリスは意気揚々とタブレットの背面をライラ達に向けた。
「わ、私はご遠慮させていただきます」カスミは、恐怖に怯えてるかのように弱々しく言った。同時にカメラの画角から逃れるように、真横に飛び退いた。
「シンドウさん、どうしたんですか?」
「そ、その……カメラは」
「写真、苦手なんですか?」
「そうではなくて。あの……カメラは、魂が抜き取られる、と生前、おばあ様から聞かされてまして」
「むむ! 私の可愛い可愛いカスミの魂を奪うつもりなら、例えクソジジイの娘でも容赦せんぞ!」ライラは声を荒げた。
――あー、シンドウさんのおばあちゃんとなると明治の生まれだろうか。それなら納得だ。カメラの迷信が蔓延ってた時期だしな。
俺の親世代は、心霊写真が流行ってたみたいだけど、俺からしてみたらカメラと魂の接点なんてホラーゲームのギミックでしかない。
「それなら大丈夫ですよ。さっき俺自身がモデルになったけど、こうしてピンピンしてるし」
トウヤの言葉に続いて、イリスはタブレットの画面をライラに提示した。
画面には、トウヤの写真が映し出されている。
「そ、そうか」画面を一瞥したライラは、落ち着きを取り戻したようだ。
続けて「カスミ、魂の方は大丈夫そうじゃから、一緒にモデルをやらんか?」とカスミに声をかけた
カスミは目を閉じて、眉間に皺を寄せている。どうやら悩んでいるようだ。
「わかりました! 私も覚悟を決めました! 武家の娘として、いつまでもカメラに怯えていては、末代までの恥というもの! ここで逃げたら、天国のおばあ様に顔向けが出来ません!」
カスミはライラの隣に並んだ。
――武家? 随分と古風な言葉が出てきたな。でも、確かにシンドウさんは、大和撫子より武者の方がイメージにピッタリだ。
実際に刃を交えたからこそ、嫌と言うほど見せつけられた。彼女の武芸に対する並々ならぬ執着心を。
そのルーツは、ご先祖様にあったわけか。
「大袈裟ね。カスミって、本当にトウヤと同じ世界の住人なの?」
「間違いない。カビの生えた迷信を信じてたくらいだしな。つうか、俺から言わせてもらえば、見た事も無い道具に順応するイリスの方が怪しいよ。本当にこの世界の住人か?」
「だって、怖がってたら何時まで経っても使えないじゃない。それに道具じゃなくてグリモアだもん」
イリスは改めて、タブレットをライラ達に向けた。