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「これは春画ではありません」

「ドアを壊したのは、お前さんか? 全く、これだから男って奴は」背後からライラの声が聞こえた。

「壊したのは男だけど、俺じゃないです」

「そうかい。で、可愛いライラはどこへ?」

「先ほどイリスを連れて、的のある区画に行きましたよ」

「それじゃ、あたしも行ってくるかね。男くさいのは苦手なんでな」


 ライラは吐き捨てるように言うと、カスミを追って奥に向かった。

 その足取りは、高齢を感じさせないほど軽やかだった。


 一人、訓練場の中央に取り残されたトウヤは、今日の修業の内容を思い返す事にした。


 その中で、先ほどのカスミの言葉に、思い当たる節がある事に気づいた。

 トウヤとカスミの力量の差は歴然としている。


 剣はおろか指一つ動かせないくらい腕に深手を負っても、足の骨が砕けて立ち上がれなくなっても、胸を貫いた刃が肺を破り呼吸が止まっても、切り裂かれた腹から飛び出た臓腑が地に落ちても、カスミは決して隙を見せる事は無かった。


 トウヤの剣では届かない間合い、しかし槍が届く間合いを常に維持していた。

 対してトウヤは、手当てがある事を、重症なら完治する事を前提で修業に臨んでいた。

 修業の最中、肉を切らせて骨を断つ事を試みた事もあった。

 その結果、肉を切られただけで終わった。


 気概だけはあった。気持ちで負けたら、強く慣れないと思っていたからだ。

 だから、傷を負ってもカスミから目を切らさなかった。


 トウヤの戦意を肌で感じ取ったのか、はたまたカスミ自身の経験が成せる心構えなのか定かでは無いが、カスミの所作には油断も慢心も感じ取れなかった。

 構え、足運び、槍術、一挙手一投足に付け入る隙が無かった。


 獅子博徒という言葉がよぎる。


 ――カスミは相手が誰であれ、驕る事無く全霊を注ぐのだろう。


 誰も見てない空間でトウヤは一人、口端を吊り上げた。

 何故なら、カスミの下で修業を重ねれば強くなれる、という確信を得たからだ。


「オリベ様、やっぱり頭を強く打ったのですか?」不安げに言うカスミ。

「どうせ妄想に耽ってたんじゃろ? あー、気色悪」軽蔑をあらわにするライラ。

「すみません、うちの子が落ち着きなくて」わざとらしく、申し訳なさそうに言うイリス。


 三者三様のいわれのない非難がトウヤの心に突き刺さる。


「子の不始末は親の責任。肝に銘じておくがよい、イリス」

「はーい」とイリスはやる気の感じない声音で答えた。


 トウヤは何か言い返そうと思案するが、女性三人に対して苦情を申し立てても聞き入れてもらえそうに無いので、泣く泣く顔に反省の色を出す事にした。












「そうだ、かめらを試してみない?」


 訓練場で帰り支度をする最中、イリスが呼びかけた。

「かめら、とは何じゃ?」ライラが訊ねた。


 イリスはタブレットを出すと、淀みない手つきで操作した。画面には、水着の女性が映し出された。


「こういう絵画を写す魔法みたいです」

「ほほう、これはまた随分ぺっぴんさんじゃのう。カスミには劣るがな」


 ライラは興味津々の様子だ。若干、目尻と頬が緩んでいる。


「これは驚きです。こんなに鮮やかな天然色の絵を見るのは初めてです。カラーですよね?」

「よくご存じで。そういえばシンドウさんの時代だと、白黒が主流でしたね」

「ええ、ただ……」カスミは目を伏せた。

「ん? 何か気になる事でも?」

「その、オリベ様も男子ですし、そういう物に興味を示すには致し方ないとは思いますが……親とは言え女性に春画を教えるのは、いかがなものかと」

「いやいや、これは春画ではありません。ただの写真集ですよ」

「70年後の日本では、婦女子に破廉恥な格好させるのが流行っているのでしょうか?」

「一部の俳優とか歌手しかしませんよ」

「それじゃブロマイドみたいなものでしょうか」

「そっ……そうです、そうです!」


 ――ブロマイドが何なのはよくわからないが、ひとまず同意しておこう。まず、春画というワードを頭の中から消去するのが優先だ。


「トウヤ。しゅんがって何?」

「さっさと忘れろ。イリスには、まだ早い」

「ケチ! 別にいいもん。その口振りなら、後で辞書、調べれば良さそうだし」


 イリスは頬を膨らますとそっぽ向いた。


「わしもこんな感じに若いころの絵を残してくれるのか?」

「さすがに若作りは無理ですよ」


 ――あのタブレットが地球のインターネットに接続できるなら望みを叶える事が出来るけど、言ったところで余計な混乱を招くだけだから止めておこう。


「ふーむ、残念じゃのう」

「若いと言ったらイリス様を見てると、この世界に来たばかりのライラ様を思い出します」

「ほっほっほ、あれは確か私が12の頃じゃったのう」

「それじゃライラ先生は、シンドウさんより年下なんですね」


 ――シンドウさんが16に70年だから86歳、ばあさんが82歳か。というか12歳の時に”可憐な乙女”を所望するとは、恐れ入った。天然自然の希少な百合だ。人の手でいじくるべきじゃない。死ぬまで男を受け付けない体質なのだから。ただ男嫌いになる経緯が無い分、気が楽だ。そういう性格であると割り切れる分、無理に合わせなくて済むからな。

 イリスのおかげでばあさんの事を知る事が出来たのは、思わぬ収穫だ。それにしてもまだ怒ってるのかな、イリスは。


 トウヤは、イリスが気になったので周囲を見渡した。

 膝を抱えているイリスを見つけた。小柄な体形が背中を丸めてる分、いつも以上に小さく見える。

 おまけに陰鬱な雰囲気を醸し出している。


「まだ発展途上なだけだもん。16ならまだ成長期だもん」


 その言葉は、微かに涙が交じっていた。

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