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「異世界でもマナー違反だよな」

「ど、どうされましたか!? 私の部屋に何か変な物がありまして!?」


 マリエルは心配そうな顔をしている。

 その理由は、トウヤにあった。今、トウヤは両目から涙を流しているからだ。


「ま、まともな部屋だ……」


 マリエルの部屋は、イリスの部屋と比べると天国に見えたのだ。

 足の踏み場を心配しなくてもいい、物が落ちてない床。

 微かに漂う花のような香りは、昂ぶる神経を落ち着かせてくれそうだ。

 ベッドはきちんと整えてあり、今すぐにでも夢の中に潜り込めそうだ。

 テーブルにはクロスが敷いてある。お茶の文化を大切にしてる事が伺える。

 棚には本が隙間なく収納されており、食器棚には綺麗な装飾が施されたティーカップとポットの姿が見えた。


 イリスの部屋は言うまでも無く、校舎の散策も肩透かしを食らったためか、ようやく期待通りの異世界空間にめぐり合えた事に歓喜の涙を流していた。


「そ、そうですか。あんまりマジマジとお部屋を見られると、その――」


 マリエルは、恥ずかしそうに俯いている。


「ごめんごめん、女性の部屋を凝視するのは、異世界でもマナー違反だよな」

「そういうわけではなくて……寮とは言え、お兄様以外の男性を部屋に招くのは初めてですので」

「イリスの部屋に比べたら、王室にすら見えるよ」

「あー、トウヤはイリスの子、ですものね」

「マリエルも踏み入れた事あるのか? あの魔境に」

「私は一目、見ただけですわ。目蓋に焼きつくような悍ましい光景、鼻が付いてる事を後悔するほどの臭気に耐えられなくて……」


 マリエルの顔は青白くなっている。肩が小刻みに震えている。


 ――これが普通だよな。普段から、整理整頓されてて掃除が行き届いた清潔な部屋で過ごしてれば、あんな虫も寄り付かない部屋を見たらトラウマになるよな。潔癖症が見たら、卒倒すること請け合いだ。


「トウヤは、あの地獄で寝泊りしておりますの?」

「今は、俺がちゃんと掃除してるよ。少なくとも人間が2人、寝る分には申し分ない」

「一つのベッドで?」

「俺は床で寝てるよ」

「まあ、そうでしたの。ホムンクルスは丁重にお迎えするのが習わしですのに」

「そんな事、初めて聞いたぜ」

「武芸者からは技を、賢者からは知識を習うため、ホムンクルスは賓客として扱うとありますわ」

「俺は、バルナバスに殺されかけたぜ」

「それは……忠臣の勇み足、と思われますわ」

「要するに、あいつの短気ってことですね」


 ――バルナバス本人も言ってたしな。カッとなったことで色々と見失ったんだろうな。


「でも俺は喧嘩に弱いし、頭も良くないぜ?」

「それを判断するのは、あくまで親ですわ。トウヤからしたら雑多な知識でも、私共から見たら素晴らしい叡智の場合があります。それに――」


 マリエルの様子が変わった。ティータイムに興じそうな朗らかな表情が消え、真剣な顔つきになった。


「それに?」

「トウヤは、イリスのグリモアをきちんと使えるようにしましたわ」

「あれは、俺の世界にあった”物”と似てたから、どうにかなっただけさ」

「でも、それはあなたが居なければ使えなかった、とも言えますわ」

「そこまで前向きに解釈してくれると、ちょっとこそばゆいな」

「立ち話ではくつろげないでしょう。こちらにおかけください」


 マリエルがテーブルの椅子を少し引いた。


「ご令嬢のお手自らとは、何だかバチが当たりそうだ」


 トウヤは椅子に腰を下ろしながら言った。トウヤが椅子に座ると、マリエルも対面の椅子に座った。

 真正面から見るマリエルの出で立ちは、絵画のように見えた。目を奪われる綺麗な佇まい、美しい顔立ちからは気品が漂っている。手入れの行き届いた部屋の模様が、彼女を引き立てる額縁に見える。


「士官学校の中では身分や肩書を関係ありません。私が招いているのですから、これくらい当然です。本当は、お茶を淹れたいところですが」

「時間、かかるよな?」

「今からですと、おそらく鐘の音が1つ鳴りますわね。申し訳ございません」

「いやいや、こうして招待してくれただけでも十分だよ」

「では、本題に入りますわ」

「そっか、俺に相談事があるんだっけ?」

「もう、しっかりしてくださいまし」

「女性の部屋に招かれるの初めてだから、緊張しちゃって」

「トウヤはホムンクルスなのですから、今後も知恵を拝借するために、このような機会が増えると思います。ですので、これを機に慣れてください」

「わかったよ。でもさ、女性が不用意に男性を部屋に誘うのは感心しないぜ」


 ――ジュリアスはシスコンの気があるから、最初は過干渉に見えたが、もしマリエルの行動理念が性善説で基づいてたら、ジュリアスの心配性も大袈裟じゃないと思う。

 犯罪のターゲットは赤の他人より身内の方が多い、というのをどこかで見た事がある。友人だから、知人だから、という理由だけで異性を招くのは危険と言わざるを得ない。


「ご心配には及びませんわ」


 マリエルは、柔らかい表情を浮かべている。

 しかし、トウヤはマリエルのご尊顔を悠長に眺める状況では無かった。

 何故ならトウヤの喉元には、レイピアの切っ先を突きつけられているからだ。

 トウヤは反射的に、諸手を上げた。お手上げの所作が、この世界で通じるのか不明だが、そうしないと落ち着かない心境だった。


 ――見えなかった。バシュラール家が剣豪として名を馳せているのは、伊達じゃないようだ。ジュリアスの剣術は模擬戦で見たから知ってたけど、マリエルにも同様に剣術の才能があるのか。


 鞘から剣を抜き、対象者の喉元に突きつける。

 それも警戒心を抱かせず、物音を立てずに、目にも止まらない速さで、いとも容易く目の前で実演された。

 その気になれば走馬灯を見せる間を与えずに、斬り殺す実力がある事を見せつけられたのだ。


「部屋に招いても問題無いかどうか、見定めているつもりですので」

「うん。身に染みる程、わかったから。剣を納めてほしいなあ」


 たおやかなマリエルとは反対に、トウヤは心も体も竦んでいた。声も情けない程に震えていた。


 マリエルは力を抜くように息を吐くと、レイピアを納めた。

 トウヤはその所作を眺めている時、何か引っかかる物を感じた。まず喉元の付近にあった、刃の切っ先が小刻みに震えていた事。そして、マリエルの唇が何かを噛み潰しているかのように、きつく結ばれていた事を。


 ――あれほどの腕前があるなら、俺に対してそこまで警戒する事は無いよな?


 トウヤはマリエルを注視するも、レイピアを鞘に納めた後は、特に変わった様子を見つけられなかった。

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