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「凡人なんだなって思い知らされたよ」

「何で、ここの連中は、男同士の絡みについて誰も言及しないんだ?」

「エリーは、ある意味で特別だからね」とイリスが答えた。

「どういう事だ?」

「自己紹介の時にね、ボクには許嫁がいるので、初恋は男に捧げます! って公言したの」

「その許嫁とやらを今すぐ呼んで、エリーを叩きだしてもらいたいね」

「そこにいるじゃない」

「まさか、バルナバス!?」

「トウヤ、それは心外だ。ボクにだって初恋の相手を選ぶ自由はある。そんな気障ったらしい男、こちらから願い下げだ」と割って入るエリー。

「奇遇だな。丁度、僕もそう思っていたところだよ」と切り返すバルナバス。


 エリーとバルナバスの視線が一瞬、交差する。その後、すぐにバルナバスが不機嫌そうに顔をそらす。


「という事は、ロザリーが許嫁?」


 ロザリーは呆れた顔で頷いた。


「ロザリーさん、今、目の前であなたの許嫁が男に手を出したのに、何とも思わないんですか?」

「だって、彼の家の、家訓だもの。仕方ないじゃない」

「それに、貴族の婚約に情は無い。ロザリーが僕を選んだのも、何か企みがあるんだろ?」

「否定しないわ」


 ロザリーは、諦めたような素振りで溜め息をついた。


「ロザリーの言う通り、ボクの家にはね”男子は皆、初恋を男子に捧げよ”という家訓があるのさ」

「先祖伝来の男色一家なのかよ」

「勘違いしてもらっては困る。これには深い理由があるのさ」


 ――股の間にシンボルぶら下げておいて、理由も何も無いだろうに。考えただけで、吐き気と寒気で医務室に逃げ込みたくなる。

 確かにエリーは美人だ。可愛い系のイリスや清楚系のロザリーとも違う、何というか魅惑的なところがある。中性的な顔立ち故の、男性とも女性とも受け取れるからこそ惹かれる独特の魅力がある。

 今でもエリーの全身像を見ると、男であることを拒否したくなる。華奢な体は女子と見紛うほどだ。ふくらはぎが筋張ってない事から、おそらく露出する部分は、あまり鍛えてないのだろう。

 しかし、本人が認めてるし、周りの人もそれを否定しない。

 エリーは紛れもなく男なのだ。美人だけど。


「そんな青い顔して、どうしたんだい?」

「俺はつくづく、凡人なんだなって思い知らされたよ」

「そうかい。話を続けるよ。我が家は、魔導生物に注力してる家系でね。魔導生物に関しては色々と諸説があるんだけど、その中の一つに、女性は魔導生物の創造に長けている、というのがある」

「変なところに性差別があるのな」

「差別というより、区別だろうね。ほら男性と違って女性は、命を身籠るからね」

「なるほどね」

「だから、我が家の男子は皆、恋を通じて心だけでも女性になるべし、という先祖の教えを倣うのさ」

「お家事情というのは理解した。だが俺の心も体もやらん」

「恋は障害が多いほど燃えるものさ」


 エリーは何食わぬ顔をしている。

 バルナバスが呆れ気味に口を開いた。


「とは言え、婚約者の前で他の男にうつつを抜かすのは感心しないよ、エリー」

「いいじゃないか、人形に恋するのも一興さ。それに異世界では、女形といって男性が女性を演じる事があるだろう? トウヤ、君にならわかってもらえると思うんだが」

「舞台劇だけの話だ。趣味で演じねえよ」


 ――どうやら、どこの誰かもわからない先客がロクでもない事を吹き込んでいたようだ。まったく後々来る人間の事を考えてから、文化を伝えてくれ。もっとに言えば、教えるに足る人間をきちんと見極めてほしい。先客の配慮不足のせいで、俺の貞操が危機的状況に陥る事になってるんだぜ。

 しかし、この世界の貴族は許嫁だの家訓だの何かと大変そうだな。


「それにしても貴族って面倒そうだな」

「彼らは特別だよ。エルヴィン王国の五大貴族って聞いたこと無いかい?」


 トウヤの呟きにバルナバスが答える。


「いや、聞いたことが無い。国の名前も今、知ったばかりだ」

「この世界で生きるなら覚えておくといい。火のミストダリア、水のガルテス、土のバシュラール、風のクロスフォード、(すい)のゼクスヴァイン、エルヴィン王国を支える5つの大貴族さ」


 トウヤは先日の衛兵の言葉を思い出した。


 ――たしかロザリーがミストダリア家で、昨日ロザリーと戦ってた金髪の男がバシュラール家だったよな。


「そしてボクがガルテス家の嫡子、エリック=オ=ガルテスさ」とエリーが割って入る。

「へー」

「反応、薄いな。僕が大貴族の嫡子だと言うのに」

「性別が男、というの事実に比べれば、身分の差なんて瑣末な問題だ」

「それでは、気分を害したお詫びに、これを君にプレゼントしよう」


 エリーの右手から一本の赤いバラを出すと、トウヤに向けた。


「こいつは何の真似だ?」

「ん? 君たちの世界だと、愛を示すために赤いバラを差し出す習慣があると聞いてるけど、お気に召さなかったかな?」

「そうだな。同じ男から赤いバラを受け取って、歓喜する趣味は無いんだ。それに根っこがむき出しじゃないか。プレゼントなら、せめて根っこは切り取ってほしいものだ」

「おっと、それは失礼した。何分、このバラは魔導生物だからね」


 ――つまり、どこかの世界で生命を断たれた一輪のバラか。確かに植物も命だから、魔導生物として呼び出す事が出来るのも頷ける。


「それより魔導生物を扱えるなら、もう女装する必要は無いだろ、エリック」

「誰がエリックだ!?」とエリーが語気を強めた。


 気分を害したのか、トウヤを凄まじい表情で睨みつける。

 手に持ってるバラを消すと、トウヤに殴りかかった。鳩尾に拳がめり込む。


「おぐぅ!?」


 トウヤは一瞬、呼吸が止まった後、腹部を抱えたまま床にうずくまる。


「男姿の時がエリックなら、女装の時はエリーって呼ばないと怒るのは、明白でしょ」


 イリスは呆れ気味に言うと、トウヤを手当てした。


 ――鳩尾とは言え、華奢な体から繰り出されたとは思えない威力だ。俺と違って、戦いに慣れてるんだろうな。


 手当てで痛みは引いたが、脳に刻まれたエリーの拳に、トウヤは畏怖の念を抱いた。

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