桜色の芽吹き
ザクザクと、土を掘り返す音。
空は墨汁で染め上げた半紙みたい。
ところどころに染め忘れがあって、小さな点々が散りばめられている。
白い息は雲みたいで、息を吐いたら真っ暗な空に白い雲が浮かんでいく。
同窓会が終わった帰りに立ち寄った中学校の校庭。懐かしい香りに真新しい校舎。
まだ茶色の木の下の、小さな穴ぼこに4人の視線が集まっていた。
◇
「――おっ、見えてきたぞ!」
温かそうな茶色のジャンパーを身につけた男性が、シャベルを高らかに掲げる。真っ白な歯が特徴的で、左手の薬指には銀色の輝きがあった。
ふいに自分の左手を見る。しかし、そこにあるのは少し赤みを帯びた自分の掌だけだった。
「浩二ぃー。さみぃから早くしてくれぇー!」
金髪に少し明るめのジャケットを羽織った近藤亮太は、両手で自分の腕を抱きながら体を震わせている。どうやら、その明るめのジャケットでは1月中旬の寒さには耐えられないらしい。
再び、視線が自分の掌に戻る。虚しさが込みあげてくのを感じつつ、自分の右手で左手を隠すように包み込む。
「……朱里? 手、寒いの?」
「ううん、そういうわけじゃないよ」
隣に立っていた親友の凛が、心配そうに私の顔を覗き込む。
私は握り締めていた手を解いて、笑ってみせる。ちゃんと笑えていたか少し心配だった。
中学校の校庭の、ずらっと並んだ桜の木の下。小さな穴ぼこから、古びた鉄製の箱が姿を現す。
「おら、取って来たぞ! つーか、亮太も手伝えよな!」
桜井浩二は、寒そうに体を震わせている亮太に苦言を漏らす。それなのに、顔には爽やかな笑顔があるから、不思議だ。
亮太は、「シャベル持ってねぇもん」と簡単に返答しつつ、鉄の箱に手を伸ばす。10年も前のものだから、ふたの部分はサビついていて中々開かない。
亮太は、うぐぐぐぐっと、うめき声を上げながら力を籠める。すると、勢いよく蓋が外れて、中身が露になる。
4通の手紙と、思い出の品々。
色々なものが入っているが、私の視線は桜色の手紙に釘付けになった。
各々、自分の名前の書かれた手紙を手に取る。
私は桜色のそれを、じっと見つめる。
正直、何を書いたのかなんて覚えていない。ただ、10年前の自分の気持ちは少しだけ覚えている。
だから、私はためらっていた。
皆はもう読み進めているのに、私だけが思い出の中に閉じ込められていた。
「――うわ、めっちゃハズいこと書いてんじゃん!」
「おい、横から見てんじゃねぇよ!」
楽しそうな男性陣の声で我に返る。
ここで読まないわけにはいかない。そんな使命感で、私は封を切る。
『拝啓、25歳の私』
最初の一文に目を通した時、足音が近づいてきたのを感じ、ぱっとそれを後ろ手に隠す。親友は、懐かしい思い出に高揚していて、心なしか頬が赤かった。
「朱里はどんなこと書いてた?」
「え、うーん……」
親友の問いかけに、私は困ってしまった。すると、さっきまで男性陣で盛り上がっていた浩二の声が、私達の会話を遮る。
「――てか凛。お前、コートは?」
「浩二くんが掘り返すの遅いからだよ~。あーあ、車の中に置いて来るんじゃなかったよ……」
凛は悪戯な笑顔を浮かべている。彼女の、特徴的な八重歯が覗く。
「取りに行くのも面倒だし……」
茶色のジャンパーが、凛を覆う。
少し大きいジャンパーに包まれて、親友は顔を赤らめる。
「……ありがと」
素直じゃない凛の、精一杯の感謝の言葉。両手で口元を隠しているのは、ほころんだ口元を見せたくないという意思のあらわれだった。左手薬指のそれが、月の光を反射させる。
「お熱いねぇー! 夫婦になっても変わらねぇなぁー」
「……るっせ!」
盛り上がる3人の声を聞きながら、私は手紙に視線を戻す。
******
拝啓、25歳の私。
中学を卒業するわたしは、とても臆病でなんの取り柄もない人間です。
凛も亮太君も、浩二君も、みんなやりたいことがあって、夢に突き進んでいてすごいです。
私も何か始めないといけないのかもしれません。
10年後の世界はどうですか?
車が空を飛んでいたりしてませんか?
私は雨が嫌いだから、空にアーケード状の天井が欲しいな。
そしたら、雨の日に傘を差さなくてもいいのに。
25歳の私は、何をしているのかな。
今のわたしには想像もつかないけど、もしかしたら全然変わってないのかも。
でも、一つだけ叶えてほしい未来があります。
だけど、ここには書きません。
その人に見られたら恥ずかしいから。
25歳の私が、この手紙を幸せな気持ちで読んでいたら嬉しいです。
三浦 朱里
******
冷たい掌に伝わる、重苦しい思い出。楽しそうな声をバックに、私の心は沈んでいく。
「……そっかー」
懐かしい「思い出」と目の前に横たわる「現実」に、自嘲気味な笑みがこぼれる。
その後、少し話してその場は解散となった。
夫婦の乗った車を見送って、自分の家の方向へと歩き出す。
すると、突然声がかかる。
「なぁ、三浦」
私は声の方向を振り返る。
すると、顔を真っ赤にさせて目を泳がせている亮太の姿があった。
いつもお茶らけている彼の、意外な表情だった。
何度も躊躇いながら、亮太は意を決して声を出す。
「その、これからさ――」
◇
可愛らしい小さな手が、私の手を握っている。
彼に似て少しやんちゃな顔つきをしているけど、性格は私に似てとても臆病。
私は自分の左手を見て、目を細める。
「……20年前のわたし。ちゃんと幸せだよ」
部屋にあるのは、子供の小さな寝息だけ。もうじき、彼が返ってくる。
いつもならそろそろ夕飯の準備を始めるのだが、今日は特別だ。
何度目かの記念日は、とても幸せな気持ちに満ちていた。
最期まで読んでいただきありがとうございました!
感想を頂けると、絶対に反応しますので、ぜひ(笑)
作品についてまだ語りたいですし、感想くれたらほんとに嬉しいです!