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桜色の芽吹き

作者: 花咲き荘




 ザクザクと、土を掘り返す音。


 空は墨汁で染め上げた半紙みたい。

 ところどころに染め忘れがあって、小さな点々が散りばめられている。


 白い息は雲みたいで、息を吐いたら真っ暗な空に白い雲が浮かんでいく。



 同窓会が終わった帰りに立ち寄った中学校の校庭。懐かしい香りに真新しい校舎。


 まだ茶色の木の下の、小さな穴ぼこに4人の視線が集まっていた。







「――おっ、見えてきたぞ!」


 温かそうな茶色のジャンパーを身につけた男性が、シャベルを高らかに掲げる。真っ白な歯が特徴的で、左手の薬指には銀色の輝きがあった。


 ふいに自分の左手を見る。しかし、そこにあるのは少し赤みを帯びた自分の掌だけだった。


浩二(こうじ)ぃー。さみぃから早くしてくれぇー!」


 金髪に少し明るめのジャケットを羽織った近藤亮太(こんどうりょうた)は、両手で自分の腕を抱きながら体を震わせている。どうやら、その明るめのジャケットでは1月中旬の寒さには耐えられないらしい。


 再び、視線が自分の掌に戻る。虚しさが込みあげてくのを感じつつ、自分の右手で左手を隠すように包み込む。


「……朱里(あかり)? 手、寒いの?」

「ううん、そういうわけじゃないよ」


 隣に立っていた親友の(りん)が、心配そうに私の顔を覗き込む。

 私は握り締めていた手を解いて、笑ってみせる。ちゃんと笑えていたか少し心配だった。


 中学校の校庭の、ずらっと並んだ桜の木の下。小さな穴ぼこから、古びた鉄製の箱が姿を現す。


「おら、取って来たぞ! つーか、亮太(りょうた)も手伝えよな!」


 桜井浩二(さくらいこうじ)は、寒そうに体を震わせている亮太(りょうた)に苦言を漏らす。それなのに、顔には爽やかな笑顔があるから、不思議だ。


 亮太(りょうた)は、「シャベル持ってねぇもん」と簡単に返答しつつ、鉄の箱に手を伸ばす。10年も前のものだから、ふたの部分はサビついていて中々開かない。


 亮太(りょうた)は、うぐぐぐぐっと、うめき声を上げながら力を籠める。すると、勢いよく蓋が外れて、中身が露になる。


 4通の手紙と、思い出の品々。

 色々なものが入っているが、私の視線は桜色の手紙に釘付けになった。


 各々、自分の名前の書かれた手紙を手に取る。


 私は桜色のそれを、じっと見つめる。

 正直、何を書いたのかなんて覚えていない。ただ、10年前の自分の気持ちは少しだけ覚えている。


 だから、私はためらっていた。

 皆はもう読み進めているのに、私だけが思い出の中に閉じ込められていた。


「――うわ、めっちゃハズいこと書いてんじゃん!」

「おい、横から見てんじゃねぇよ!」


 楽しそうな男性陣の声で我に返る。

 ここで読まないわけにはいかない。そんな使命感で、私は封を切る。


 『拝啓、25歳の私』


 最初の一文に目を通した時、足音が近づいてきたのを感じ、ぱっとそれを後ろ手に隠す。親友は、懐かしい思い出に高揚していて、心なしか頬が赤かった。


朱里(あかり)はどんなこと書いてた?」

「え、うーん……」


 親友の問いかけに、私は困ってしまった。すると、さっきまで男性陣で盛り上がっていた浩二の声が、私達の会話を遮る。


「――てか(りん)。お前、コートは?」

浩二(こうじ)くんが掘り返すの遅いからだよ~。あーあ、車の中に置いて来るんじゃなかったよ……」


 (りん)は悪戯な笑顔を浮かべている。彼女の、特徴的な八重歯が覗く。


「取りに行くのも面倒だし……」


 茶色のジャンパーが、凛を覆う。

 少し大きいジャンパーに包まれて、親友は顔を赤らめる。


「……ありがと」


 素直じゃない(りん)の、精一杯の感謝の言葉。両手で口元を隠しているのは、ほころんだ口元を見せたくないという意思のあらわれだった。左手薬指のそれが、月の光を反射させる。


「お熱いねぇー! 夫婦になっても変わらねぇなぁー」

「……るっせ!」


 盛り上がる3人の声を聞きながら、私は手紙に視線を戻す。



******



 拝啓、25歳の私。


 中学を卒業するわたしは、とても臆病でなんの取り柄もない人間です。

 (りん)亮太(りょうた)君も、浩二(こうじ)君も、みんなやりたいことがあって、夢に突き進んでいてすごいです。

 私も何か始めないといけないのかもしれません。


 10年後の世界はどうですか?


 車が空を飛んでいたりしてませんか?

 私は雨が嫌いだから、空にアーケード状の天井が欲しいな。

 そしたら、雨の日に傘を差さなくてもいいのに。

 

 25歳の私は、何をしているのかな。

 今のわたしには想像もつかないけど、もしかしたら全然変わってないのかも。


 でも、一つだけ叶えてほしい未来があります。


 だけど、ここには書きません。

 その人に見られたら恥ずかしいから。



 25歳の私が、この手紙を幸せな気持ちで読んでいたら嬉しいです。


   三浦(みうら) 朱里(あかり)



******




 冷たい掌に伝わる、重苦しい思い出。楽しそうな声をバックに、私の心は沈んでいく。


「……そっかー」


 懐かしい「思い出」と目の前に横たわる「現実」に、自嘲気味な笑みがこぼれる。


 その後、少し話してその場は解散となった。

 夫婦の乗った車を見送って、自分の家の方向へと歩き出す。


 すると、突然声がかかる。


「なぁ、三浦」


 私は声の方向を振り返る。


 すると、顔を真っ赤にさせて目を泳がせている亮太(りょうた)の姿があった。

 いつもお茶らけている彼の、意外な表情だった。


 何度も躊躇いながら、亮太(りょうた)は意を決して声を出す。


「その、これからさ――」







 可愛らしい小さな手が、私の手を握っている。

 彼に似て少しやんちゃな顔つきをしているけど、性格は私に似てとても臆病。


 私は自分の左手を見て、目を細める。


「……20年前のわたし。ちゃんと幸せだよ」


 部屋にあるのは、子供の小さな寝息だけ。もうじき、彼が返ってくる。


 いつもならそろそろ夕飯の準備を始めるのだが、今日は特別だ。



 何度目かの記念日は、とても幸せな気持ちに満ちていた。




最期まで読んでいただきありがとうございました!


感想を頂けると、絶対に反応しますので、ぜひ(笑)


作品についてまだ語りたいですし、感想くれたらほんとに嬉しいです!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 三段階に分けられた物語 叶うと信じて書いた昔の自分の恋の話を タイムカプセルを通して現実の自分が読むのは酷だったろうな…… エモさが半端なかったです [気になる点] 亮太は片想いだったのか…
[一言]  なるほど失恋という現実か。  だけど人生はそこで終わりではなく、ひとつの恋が終わったからといって「もうひとつの恋」は継続していたりするということかな?  「今」が幸せそうで何よりです。
[良い点] 深い〜♡ [一言] ……私には見えない男性がいるのでしょうか笑  蓮君…… 花咲き荘様の創るお話は深いので、なにか関係があるのかもと思っているのですが、当たってますか?(´∀`)
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