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第四話『ブラックな屋敷』

「お願いしたい事? 言っとくが、金は貸せねえぞ」


 そもそもグランは金持ってない。

 まぁ、例え持っていたとしても絶対に貸さないだろうが。


 余談だが、前世であの須藤が友人に金を貸した際、その友人が金を全く返さずにバックレたらしい。

 それから須藤はグラン――火村――や会社の同僚に「金は借りるのも貸すのも碌な事がないぞ」と注意喚起をしていた。

 そういう、自分がした失敗を他人にはさせないようにするお人好しなところ須藤の良いところだと、グランは当時しみじみと感じていた。


 これがグランならその友人を意地でも探し出して金を払わせていただろう。

 何故コイツと須藤が前世で親友関係にあったのか、不思議である。


「いえ、お金ではありません。実は、デネゴ様とアラネウス様の事なのです」


「父上と母上の事?」


 顔を上げ、真っ直ぐにグランを見つめるシャーリー。

 シャーリーは事を話すのを一瞬躊躇ってから、口を開いた。


「デネゴ様とアラネウス様は、私共使用人を酷く軽く見ている節があります。まるで、私共は只の道具なのだ、とでも言うかのように」


「それがなんだ? たとえ雇い主に何と思われていようが、給料を貰えてれば別に良いんじゃないのか?」


 グランからすれば、別に社長にどう思われていたとしても気にする事などない。

 金貰えるなら問題はないし、格下にどう思われていたとしてもどうでもいいからだ。つまり、自身の上司であろうと心の底から見下しているグランにとって、上司が心の内で何を考えていようが興味ないのだ。


 まぁ、それを言葉にして伝えられたら普通にキレるわけだが。


 グランからそう返されたシャーリーは、その無表情な顔を珍しく困ったような表情に変えて、返答をした。


「それが、ただそれだけならば良いのですが……。実は私共、雇われてから一度も休暇を貰った事が無いのです!」


「(なぁあああああああああああにぃいいいいいいいいい!?!? 一度もだとぉおおお!!)」


 元会社員グラン、驚愕で危うく感情を表に漏らしそうになる。

 だが、それでも受け止めきれなかったのか、グランは躊躇いながらもう一度シャーリーに確認する。


「それマジで言ってんのか? 雇われてからも?」


「はい、もでございます」


「なんてブラックなんだ……」


「ぶらっく?」


 聞いた事のない単語に首を傾げるシャーリー。

 そのシャーリーを憐れむような目で見るグラン。


 雇われてから一度も休み無しは過労死する奴らが出てきても可笑しくないレベルだ。それも、使用人という事はおそらくほぼ24時間労働、ただでさえブラックなのに職場に寝泊まりしなければならない。


 そこまで思考を回した時、グランはもし自身がそんな企業で働いていたとしたらと想像してしまい、恐怖で一瞬顔を青ざめさせてしまった。


「(え、地獄なのこの屋敷。この屋敷はブラック企業だったの?)」


 もう墨汁みたいに真っ黒です。


「苦労したな、お前等」


「……はい。恥ずかしながら、まだ二年目の私でも辛くなってきた次第です」


「いや、何も恥ずかしくないだろ。その労働環境じゃ音を上げて当然だ(流石に同情するわ、乙)」


 演劇人グラン、これまた珍しく紛れもない本心でシャーリーを労った。 

 前世で一度でも社会に出た事のある人間ならば当然の価値観だろう。

 むしろ、この屋敷からよくもまぁ退職者が出てこないものだと、グランは心底考えていた。



「(――なぜ、出てこないんだ?)」


 グランはそこまで考えて、ようやくシャーリーの言いたい事を理解した。


「おい。まさかお前等、辞職出来ないのか?」


「……はい。辞職願を出そうとすると侯爵様から折檻されて無理矢理に止められます」


 ゆっくりと頷くシャーリーを見て、グランは戦慄した。

 

「(辞職もできず、休暇も取れずに働き続けるなんてただの奴隷じゃねえか。もしや、俺の会社ってホワイト企業だったのか? ――いや、ブラックの度合いが違うだけか。アレがブラックじゃないわけないし)」


 グランにとっては全ての企業がブラックである。

 なぜなら、自身の行動を縛る全てのものを敵視しているグランにとっては、人生の約半分の時間を仕事で奪う会社というものは敵にして然るべき存在だからである。


「事情は分かった。要は父上と母上にお前らの待遇を上げてもらえるよう頼んでほしい、ってことか」


「はい、その通りでございます」


「だが、俺がそれをしてやる理由なんざねえだろ? メリットもないし、今の話で俺がお前に同情……したっちゃしたが、それで俺がお前の思惑に乗ると思ってたんなら、残念だったな(そんな事する暇があったら明日の天気予報見てた方がマシだわ!)」


 この世界に天気予報なんて概念ないだろ。


「(っていうか、俺悪役だし。人助けとかは主人公がやればいいんだよ、俺は虐げる側である)」


「はい、存じております。そして、グラン様に対する御礼も、既にご用意してあります」


「(話を聞かせ給へ!)」


 と、シャーリーの言葉を聞いた瞬間に掌返しをするグランであった。


「ほぉ!」


 シャーリーの言葉に感心するようにグランは相槌を打った。

 事実、グランはシャーリーに感心していた。

 悪役貴族の息子に手土産無しで頼み事をするなど言語道断、話にならない。それをシャーリーはしっかりと理解して、キチンと何らかの依頼料を用意してきたのだ。

 流石、この屋敷で二年を過ごしただけの事はある。


「(もっとも、その手土産が俺に首を縦に振らせるに値するものでなくては意味がないが)」


「私共使用人は、貴方様に忠誠を誓う事を約束いたしましょう。たとえ、相手が誰であろうと、貴方様の命令には準じてみせます。それが、私共から貴方へ差し上げられる最上の御礼で御座います」


 目の前で跪き、王に仕える騎士のように忠誠を示すシャーリーを見て、グランは思った。



――え、何やっちゃってんのコイツ。そんなにこの屋敷で働くの嫌だったの?


「……お前、さ。もしかしてホントは別の目的があったりする?」


「? いえ、そんな事は一切御座いませんが」


 ハイライトのない瞳でこちらを見るシャーリーに、グランは思わず絶句した。


「(コイツ、完全に頭逝ってやがる! え、何なの? 働き過ぎて脳内麻薬でも出ちまったのかよ。たかが仕事の条件を変えてくれと物申すよう頼み込むだけの事に一生の忠誠誓っちゃうのかよ! 馬鹿じゃねえのマジで!?)」


 自分の『演劇をしたい』という欲だけに一生を使い果たそうと決めているコイツも大概である。


「……本心を言うならば、もう休暇が一日でも早く取れるならばそれで良いのです。私もその他の使用人たちも皆、そう思っています」


「(マジで頭逝ってやがったー! ていうか他の使用人も含めた総意がこれかよ! マジで半端ねえなこの屋敷)」


 グランもゲーム的な知識としてバハムート侯爵家が悪役貴族なのは知っていた。

 だが、ここまでとは思っていなかったのだ。

 ゲームの登場人物として出てきていたグランが鼻で笑えるほどの小物であった事もそうだし、保身に全てのステータスを振っていたバハムート侯爵閣下が、そんなバレたら一発アウトの闇を抱えているとは露程も思っていなかった。


 完全なる予想外に混乱するものの、何とか切り替えて思考を始めるグラン。

 デネゴとアラネウスに使用人たちの待遇を変えろと進言するだけでこの屋敷に仕えている使用人全てがグランの下につく、という都合の良すぎるミッション。

 行為に対して有り余る程の報酬が返ってくる、まさに理想的な。

 怖くなる程に。


 だが、それを聞いて「はい、やります」なんて答えるなどあり得ないと言えるぐらいには、グランはお人好しではない。

 聞くところによると、シャーリーもその他使用人も、もう限界と嘆くぐらいには疲労困憊で満身創痍という状態らしいが、という事は自分達をこんなにしている主人に底知れぬ怒りを覚えているのは明白である。

 だというのに、グランにだけは怒りを覚えていないなどという事があり得るのだろうか。


 主人の息子で、今まではその主人と同じように横暴な態度を自分たちに向けてとっていた生意気なクソガキ。

 袋叩きにして奴隷商人に売り飛ばしてやるぐらいでようやく溜飲が下がるレベルの怒りを自身に抱いていても可笑しくない、とグランは考えていた。


「(そして、そんな俺を嵌める為にこんな計画を思いついた。ってところか。もしも俺が成功すれば約束通りに忠誠を誓うフリをして、俺のご機嫌取りに回って来る筈だ。その上で俺を扱いやすい傀儡に変えて、意のままに操ろうとしている。俺が失敗した場合も同様だ。俺を慰め、そしてご機嫌取りに回り傀儡へと変えていく。なるほど、幼い子供相手だからこそ効く洗脳計画だ。)」


 そこまで思考を巡らせてから、グランは顔を顰めた。


「(使用人総出で俺を嵌めようってのか、素直にストライキでもしてれば良いってのに)」


 文句たらたらなグランであったが、少しばかり深く読み過ぎている。


 シャーリー含めた使用人たちは確かにグランを変えようとしている。

 しかしそれは、決して悪しき想いからではない。むしろ、グランのためを思ってのことだ。


 使用人たちは次期侯爵であるグランに知ってもらいたかったのだ、この屋敷の現状を。

 使用人たちは既に生気を失い、奴隷と化している。そして、その現状をおかしいとも思わない狂っている侯爵夫婦。その歪な屋敷の色に幼き少年が染まる前に、その色が歪なのだと理解させ、そして少年が侯爵へと成った時にこの屋敷を変えてもらう。

 それで十分だった。


 使用人たちが己が身を犠牲にして、少年に現実を教えようとしている。

 それは本来親がすべき事なのだが、この腐った屋敷の夫婦はそのような高尚な事は出来ないようだ。


 だが、グランがそれを知りえる事は終ぞ無かった。


「(これは罠だ罠。自分に都合の良い条件を突き付けてくる奴は何かしら裏に悪い顔を持っているのだ。そうだろ須藤!)」


 須藤に同意を求めるんじゃないよ馬鹿。


「(だが、そっちが俺を利用するというのならば乗ってやろう! 元々、近い将来俺は闇堕ちする予定だったのだ。どうせなら早い方が良いに決まっている。いいぜ、乗ってやろうじゃないか!)」


 自身が悪役へと至るための道筋が突如として現れた事に気分を高揚させるグラン。演技にもさぞかし熱が入る事だろう。


「いいだろう、やってやる」


「! 本当で御座いますか!?」


「ああ。お前等がそこまでしてやってくれと頼んできているんだ。応えてやらねば、貴族として失格だろうよ」


 座っていたベッドから立ち上がり、今も尚跪いているシャーリーを見下ろすグラン。その様は、傍から見れば幼い王が騎士の忠誠に向けて手を差し伸べようとしているかのように見えた。


 まぁ、グランが演技のシチュエーションとしてそう見えるようにしているのだが。


「お前たちのその願い、このグラン・フォン・バハムートが請け負った!」


 片手で前髪を掬い上げ、端正な顔を見せつけるよう自信満々に宣言する。これはかつてやったゲームで、グランがしていたポーズである。もっとも、その時は太ったグランがやっていた事もあり酷くダサく見えていたが。


「――ありがとうございます!!」


 頭を地につけ、土下座の姿勢でグランに感謝を伝えるシャーリー。


 シャーリーは今、感銘を受けていた。貴族として使用人である自分たちに応えようとしているグランを、本気で尊敬していた。グランの傲慢に見える優しさが、一役買っている事もあり、シャーリーのグランに対する好感度はうなぎ上りだ。


「さぁ、行くぞシャーリー。お前等の人生を仕事一色では終わらせん!」

 書いてから思いましたけど三人称視点で書いた方が書きやすい気がしますね。次回から三人称視点で書いていくと思います。

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