第四十六話『王国最強の師匠』
――強くなろうと決意した。
貴族に攫われ、手の届かない場所まで行ってしまった彼女に、どうにかして手を伸ばしたくて。けれど、その為にはどれだけ強くならなければいけないのか。
アリサーーいや、アリサだけでなくシベルク王国の全貴族が集うシベルク学園。そこに入学すれば、いつかアリサに会えるのだと思い、希望を抱いた。だが、その倍率は非常に高い。シベルク学園が設定した編入生の平民枠は僅か20人。――当時の受験者数は少なく見積もっても三万人以上は居たように思う。
そしてそれも、ロードが受けていた日、時間の話だ。明日には、それこそ一時間後にはまた同じくらいの受験者達がシベルク学園の校舎に訪れ、入試を受けるのだろう。倍率を数値に表したらどれだけの数字になるのか、考えたくもない。
――そんな厳正な手段で厳選された自分は、どこか優越感を抱いていたのかもしれない。
だとしたら、それは怠慢だ。自分が周りよりも優れているなどと自慢していられるほど、ロードには時間も実力も無かったというのに。
だが、その自信の増長が取り返しのつかないところまで行く前に、力づくで止められた。むしろ、二度と自信など持てないぐらい木端微塵に砕かれた。
それが誰の手によるものかと言えば、
「――グラン様。『王国最強』の名を僅か15歳の時点で手に入れた、正しく神童……か。誰に聞いても、答えは同じか」
例の入学式の一件で、平民からの支持も多いグランの評価は恐ろしい程に高かった。無論、グランを妬ましく思っている人もいるだろうが、それらは少数派に入る。――所詮、学園内での、生徒間での話ではあるが、グランの人気は頗る高いと言える。
「だけど、グラン様が僕に興味を抱くキッカケなんて、やっぱり何もない」
何度話を聞いても、グランはロードとの関わりなど一切ない高貴な人物だ。出会う事も、噂を聞く事すらないだろう。にも拘わらず、グランがロードに接触してきた理由は何なのか。
唯一、可能性があるとするなら、
「――アリサ?」
“――俺に勝てば、アリサ・センドルに会わせてやる”
グランが言っていた言葉を思い返す。あの言葉はグランがロードを奮起させる為に言ったのだろうことは想像がつく。だが、思えばあれはグランがロードとアリサの繋がりを確信していなければ出てこない言葉だ。ロードについて調べたと言っていたが、その調べるきっかけを作ったのはアリサだったのだろうか。
「……まぁ、また会った時に聞けばいいか」
思考を放って、ロードは寮の外へ出た。
*
「さて、次は剣と行こうか」
「いやどういうことですか!?」
二日目、シベルク学園へと登校しに行く道中で当然のように現れたグランにロードは悲鳴を上げる。この学園に入ってから悲鳴を上げっぱなしなロードの喉が心配だが、グランは気にせず両手に持った木剣の片方をロードへと投げ渡す。
慌てながら受け取るロードに苦笑しつつ、
「強くなりたいんだろう? 俺が修行をつけてやる」
「つ、強くはなりたい……ですけど! 次会った時は必ずグラン様に勝ってやる! って昨日決心したばかりなんですけど……」
「気にするな、決心を鈍らす必要は無い。ただ、偶然出くわしたから仕方ない、という口実にすればいい」
「め、滅茶苦茶だなぁ、もう……」
項垂れるロードの顔には疲労の色が見え隠れしている。よく見なければ分からない程度の疲労しか見せていないというのは貴族であるグランに対する最低限の配慮、尊重なのだろう。こんな奴に礼儀を払う必要などないが。
そして無論、演劇人であるグランにその配慮は丸見えだったが、他人に配慮される事自体は嫌いではないグランがそれを指摘する事は無い。むしろ嬉しがっているぐらいだ。
「(え、何でコイツバロウッドみたいなこと言ってんの? 殺すよ?)」
喜んでいてもこれぐらいのことは思っていたりするのだが。
「サッサと構えろ。どうせ十秒で終わる」
「は、はい……気絶しても起こしてくださいよ?」
「気が向いたらな」
「そ、そんなぁ~……」
項垂れながらも剣を構えるロードを前に、グランは不敵な笑みを浮かべながら剣を振り下ろした。
*
共に寮へと向かうグランとロード。並んで歩く彼等の間には多少の遠慮は在れど――片方はともかくとして――貴族と平民の身分差による壁は無いように見えた。
「結局、五秒もたなかったな」
「そりゃそうですよ……ていうか、あれ本当に身体強化してないんですか? 凄い速さだったんですけど」
「あれでも遅めにやったつもりだ」
疑問を浮かべるロードにグランはしれっとした態度で答える。
一度剣と剣がぶつかり合い、そして次の瞬間にはその剣は弾け飛ばされていた。目が丸くなったロードの喉元に剣先を突き付けるグランの顔は、喜色の色が濃く十秒も耐えられなかったロードに対する落胆など少しも無かった。
それどころか、
「お前の真正面から剣を打ち合った度胸は大したもんだ。お前以上の実力を持つ貴族の奴等は俺との打ち合いはすぐに避けるからな。アイツ等に比べればマシなもんだ」
「それは貴族の方々が可哀想ですよ? ……嬉しいですけど」
眉間に皺を寄せ、不満を漏らすグランをロードは苦笑しながら見る。
シベルク王国において、貴族とは魔力を扱う存在だ。魔力を扱ってこそ貴族であり、グランのように剣技を磨く者は少ない。にも拘らず、グランは魔導の道においても最高峰に位置する実力を持っている。
だが、真に恐ろしいのはその剣力、徒手、そして何よりその肉体である。最大限まで鍛えられたその肉体は身体強化などなくとも5メートルの跳躍は可能とするだろう。100メートル走を7秒台で走り抜けることすら容易である。
それが証明するのはつまり、
「――僕でも、グラン様と並ぶ剣力を手に入れることができる。グラン様が魔力を使わないのは、そういうことですか?」
「かもな。そこら辺は自分で考えろ」
“平民は魔力を持たない”故に、貴族に敵わない。
そんな常識を一笑に付すかの如きグランの剣力は、ロードに一体どれほどの希望を抱かせたのか。
「お前は魔力が使えないんだろう? なら、身体の鍛え方が足りないのは問題だぞ」
「これでも、自分なりにかなり鍛えてきたつもりだったんですけどね」
アリサが貴族に攫われるように消えてから、ロードは筋トレや走り込みを行うようになった。アリサが攫われた時が丁度ロードが15歳の時。そして今のロードは16歳、およそ一年は修行に勤しんでいたことになる。
――グランが積み上げてきた努力に比べれば、塵のようなものだ。
「足りない。たった一年では、幾ら主人公でも完璧には程遠い。まずは俺の言ったメニューに従って修行を始めろ」
「は、はい……あの、妙に優しいですね?」
「お前が余りにも頼りないからな」
「ぐっ……さ、刺さるなぁ」
表情を苦渋に染めるロードを無視し、グランは構わず話を続けた。
「筋トレと走り込みは並行して進めるとして、取りあえずは、やはり剣だな」
「剣……てことは、やっぱり剣技部に?」
「阿呆が、前にも言ったろうが。あそこは所詮貴族共がチャンバラごっこを繰り広げているだけだ。――仕方ない。俺が直々に稽古を付けてやる」
「――――」
『王国最強』が平民である自分に稽古を付ける、などと口にする。そんな非日常にロードは開いた口が塞がらなかった。
グラン・フォン・バハムートは、ロードにとって憧れの存在だった。そのきっかけは、例の入学式の挨拶の件でも、実感したグランの強さでもない。そんな事よりももっと前、――グランが王国騎士団の団長を倒し、『王国最強』の二つ名を手にした、あの時からである。
貴族で、魔力を持っていて、自分なんかよりも才能に溢れた生まれながらの強者。同年代でありながら、遥か先の地位にいるグランがロードにとっては憧れであり、励みだった。自分も鍛えればあれぐらい強くなれると、分かっていた癖に、そんな馬鹿な夢を抱くくらいにはグランに憧憬を見ていた。
学園に来てから、その憧憬は強まるばかりだ。そして、グランとの距離も近くなって、だからこそ思う。
「グラン様って、不思議ですよね」
「あ? どういう意味だ」
「なんていうか、普通の貴族の方々とは違って驕り高ぶった態度が無いというか。かといって、グラン様が貴族らしくないと言えば全然違って。――なんか、別世界の貴族と話してるみたいな、そんな感じがするんです」
グランの動きが固まった。ロードが首を傾げてグランを見ると、グランは途端に平常を装う態度を見せたが、内心は勿論おおあらわである。
「(気づかれた!? いや流石に早すぎだろクソが! コイツの顔色的に、多分単に他の貴族とは違う感じですよね、的な事言っただけだろ。紛らわしい事してんなよカスが!! 主人公だからって調子乗ってんなよ!)」
相変わらず、言葉遣いがチンピラな奴である。




