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第四十五話『主人公という名のロード』

 編入生の入学式は終わり、遂に彼等は正式にシベルク学園の生徒として認められることとなった。

 シベルク学園も設立から200年の歴史を誇る由緒正しき学園だ。編入生の受け入れなど手慣れたもので、入学式後も特に問題もなく新学期が始まった。


 唯一例年と違いがあるとするなら、


「お前が居る事だろうな、平民」


「あ、あの……な、何か用ですか?」


 オドオドとしながら身を縮こませ、こちらを見上げてくる黒髪黒目の少年――ロードを見ながら、グランはそう呟いた。


 *


 初めに言うなら、この世界の主人公は『ロード』という名を付けられた一人の少年である。

 

 その少年は数々の仲間と共に強敵を打倒し、絆を深め、やがては世界を救う器へと成長していく。そんな、何とも美しい大器晩成の成長物語。誰もが憧れる世界の物語に選ばれたのが、今グランの目の前に立つ少年だ。


 この世界に生まれ、早17年。グランはずっとこの時を待っていた。待ち望んでいた、主人公に立ち会うこの日を、或いは生まれるよりもずっと前から。


 悪役としての運命を定められたグランは、その運命を受け入れた。しかし、その運命を受け入れる代わりに、決めたのだ。華々しく、仰々しく、豪華で煌びやかで絢爛な悪道を堂々と闊歩してやると。


 ならば、いやだからこそ、


「――お前の前に最初に立ちはだかった敵が、この俺だったという事を生涯忘れるな。平民」


「え、えっと。僕はまだグラン様を相手取るほど強くないというか、強くなれないというか……」


 目を泳がしまくるロードの前で、グランは片眉を上げて不敵に笑いながら、静かに重心の位置をズラしていく。


「おいおい、主人公がそんなに弱気でどうする。少なくとも俺を一撃でのしてやると豪語してくれるぐらいはしてくれないと、張り合いがないぜ?」


「いや何言ってるのか分かりませんし、そもそもグラン様に一撃を入れることすら無理です!!」


 最早悲鳴と見紛うその叫び声。戦意を失うどころか、戦意をそもそも持っていない少年を前にしたところで気分の高揚しているグランは止まらないし、止められない。


「問答無用だ、行くぞ!!」


「え、えええ!?!? いや、無理無理無理――」


 あたふたと手を振るロードを気にせず、グランは臨戦態勢へと切り替わった肉体を十全に扱い、一瞬でロードの懐へ潜り込もうとして、


「――そこまでだ」


 聞こえてきた氷の如き冷たい声に、その足を固まらせた。声の方へと振り返った先には、サファイアの如き青い目と艶やかな金髪を風に揺らす王太子――ハルウォードが呆れたようにグランを見ていた。


 渋々と臨戦態勢を解いたグランに、ハルウォードは頭痛を抑えるように額を抑える。


「新学期早々、問題を起こすのは勘弁してほしいんだが? グラン」


「……いや、何でお前居るんだよ。自分の教室に帰れよ、授業始まってるぞ」


「――それは僕がお前に言う言葉だ! お前の教室は僕と一緒だろう! サッサと帰るぞ!!」


 憤るハルウォードに引きずられながら、グランは“平民”の教室から去っていった。


 *


 シベルク学園の日常は日本の義務教育までの一般的学校生活と大した違いは無い。

 時間割という概念があり、一度の授業時間は60分。休憩を間に10分取り、そして放課後には部活もある。


 因みにグランは入っていない。理由は演劇部が無かったからである。アレでも『王国最強』と謳われる剣術と魔術を使いこなす戦闘のプロである。運動部からの勧誘はかなりあったようだが、その全てを蹴ってグランは我流で己が技術を磨いている。


 また、ハルウォードやその他高位貴族にも同じことが言える。ハルウォードやリナリアと言った王族は部活よりも優先すべき政治、経済等の行政についての学習をせねばならず、他の高位貴族は必然的に統治すべき領地が大きく、その政治にもそれなりの手腕が求められる。部活に勤しむよりも他にすべきことがあるのは明白だ。

 つまり、シベルク学園で部活動を行っているのは主に男爵家、子爵家等の下位貴族中心となっている。


 すなわち、


「――う~ん……部活、どうしよう」


 平民であるロードには、部活に勤しむ時間も、見学の時間も有り余っているということだ。


 入学式が終わった後の学校ですることなど特にない。精々が担任教師の自己紹介、後は生徒達の自己紹介。それが終わったら集合写真――と、そんなところだろう。この世界に写真は無く、投射魔法により写真のような詳細な絵を残す事が出来るらしい。因みに【陰】属性の魔法である。


 そして王国の至る所から集った平民枠のクラスに寒村出身のロードの知り合いなど居る筈もなく、現在ロードは一人でシベルク学園を回っていた。


「魔導部があるって話だったけど、僕にはまだ魔力の操作すらできないからなぁ。やっぱり、剣技部が無難なのかな?」


「それもいいが、あそこは実践向けの剣技を教えている訳ではない。学べるのは試合で勝つための剣だけだ。あそこに入るぐらいなら、冒険者にでもなってゴブリンでも狩ってた方がマシだ」


「そっかぁ。でも、剣技部で学べたことを独自に実践に搭載出来たら強そうだよね――って、ええ!?」


「(いや気づくの遅っ)」


 いつの間にか背後を歩いていたグランに驚愕し、飛び跳ねるロードをグランは冷めた目で見ていた。コホン、と息を吐いてから、


「取りあえず、一本勝負だな」


「いや意味分かりませんけど!? もっと文脈の構成をしっかりと立ててください!」


 叫び声を上げるロードは中々に滑稽で面白い。グランも若干にやけた顔をしている。そして、そのニヤケ面を引き締め、グランは、


「――俺に勝てば、アリサ・センドルに会わせてやる」


 そのグランの言葉に、ロードは目を見開き、直後に眉を吊り上げてグランを睨んだ。そんなロードの顔に、グランは気分を高揚させる。


「――なんで、僕がアリサと知り合いであることを知っているんですか」


「何でも何もない。貴族の情報網を使えばそれぐらいは簡単に知ることができる。要はそれだけだ」


 言いながら、グランとロードは共に拳を握り締める。


「知った理由は?」


「気紛れだな」


 ロードは拳を前に構え、グランは腕をだらんと下ろしたまま、重心を左足へとズラす。


「なんで僕と勝負を?」


「俺がお前に興味があるからだ」


 ロードの眉間に皺が寄っていき、グランの唇は弧を描いていく。


「どうして?」


「気紛れだ」


 その言葉に遂にロードは地を蹴って、


「――貴方を、倒す!!」


 無謀にも、グランへとその拳を叩き込んだ。


「(もう一度言おうか――ぷぷっ、遅っ!)」


 うわっ、腹立つ。


 *


 気絶する寸前の景色はスローモーションのようで、尚且つ詳細だった。ロードの拳がグランに当たる直前にグランは姿を掻き消し、次の瞬間には目の前に握り拳が迫っていた。殴り飛ばすグランの姿、それまでの動きが速すぎて自分の動きが遅くなったんじゃないかと勘違いするほど、グランは速かった。


――これが、王国最強。


 そう実感できる程に、力の差は大きすぎた。手を抜いた覚えは無い。喧嘩も、数こそ多くないが負けた事は無かった。アリサを守る為に、今日まで身体を鍛えてきたつもりだった。


 しかし、負けた。否、勝負にすらなっていなかった。


 相手が魔力の扱いに長けているから、ではない。素人のロードでも分かる。――グラン・フォン・バハムートは、先の戦いにもなっていない戦いで、“魔力を一切使っていなかった”。

 手を抜いたわけではないのだろう。おそらく、ロードと同じ立場、対等な関係で以て『王国最強』はロードと相対したのだろう。その上で、圧倒的な実力で『王国最強』はロードを容易くあしらった。


 意識が戻り、もう日が沈みかけている夕暮れの空をひっくり返ったまま、寝ころんだままに仰いで、


「……凄いなぁ」


 ロードは、そう呟いた。


「確かにな。見慣れた空でも、この風景には見とれることがある(日本の夕焼けってこんなに綺麗じゃねえからな)」


 返って来た声に、ロードは目を見開いて声の方へ顔を向ける。そこには夕焼けに良く似合う赤髪とダイヤモンドよりも眩い金色の双眸の少年――グラン・フォン・バハムートが、実に毅然とした態度で佇んでいた。

 その姿を見て、ロードは静かに、諦観したように口を開く。


「――負けたんですね、僕は」


 ロードの声に、グランはふっ、と笑みを零す。


「素人にしては悪くない動きだったぞ」


「……グラン様からすれば、悪い動きでしたか?」


「まぁな」


「ははっ、手厳しいですね」


 即答するグランにロードは苦笑を見せる。その姿はどこか黒髪の少女と似ていて、自然とグランは目を丸くしていた。そんなグランの様子には気づかず、ロードはゆっくりと立ち上がり、服に付いた土を払ってからグランへと向き直った。


「部活動見学の時間、終わっちゃいましたか?」


「ああ、済まなかったな」


「べ、別に、気にしてませんよ? 僕は僕で、もっと強くならなきゃならないとって気づけましたから」


 ニッと歯を見せて笑うロードには弱気な様子は見られなかった。どうやら、ほんの少しだけ成長したようだ。彼の決意はさらに堅く、強固になっている。

 そのロードの顔を見てグランは察し、不敵な笑みを浮かべてみせた。


「次に闘う時は、今日よりも強くなっていろ。――勝てば、アリサ・センドルに会わせてやる」


「いえ、アリサには自分で会ってみせます。それよりもまずは、――貴方を見返してやりたい」


 “俺達を見返せるぐらい強く、眩くなって見せろ、平民”


 目の前に立つ赤髪の貴公子が、自分達に向けて言ってくれたこと。


 “誰にも期待されなくても、誰にも希望を持たれなくても、誰かに馬鹿にされても、誰かに蔑まれても――それでも、決意さえあれば先に進める”


 その言葉に、かつての自分は震え上がった。歓喜と、興奮と、何より目の前に立つ彼の気迫に圧倒されて。


 “――大変なのは、乗り越えようと一歩踏み出す前に怖気づく自分を奮い立たせることだ”


――だったら、その一歩を今踏み出さなければ、



「いつか必ず、貴方に勝ちます」



「――いいだろう。その言葉、忘れずに待っていてやる」



 この日、ロードの目標が一つ増えた。


 一つ目は、アリサに再会する事。


 二つ目は、――『王国最強』のグラン・フォン・バハムートを相手に、勝ち星を挙げることだ。




「(いやテンション上がるぅぅぅぅぅうううううううう!!!)」


 喧しい。


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