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第四十四話『この世で一番面倒臭いのは変わることだ』

 シベルク学園の編入生はその大半が平民だ。平民枠はおよそ20人程度。一つの学年に高位貴族が集まることも珍しいので、貴族の生徒の中に平民が混じっていたとしても大して学業に支障はない。


 と、一応は考えられているらしい。


「(そりゃあ貴族共には支障ねえかもだが、平民には普通に支障あるだろ。絶対虐められるだろ)」


 平民にとって、貴族の巣窟であるこの学園ほど生き辛い場所もない。差別、侮蔑は当たり前。平民同士で固まろうにもその平民の集団が虐め対象から逃げられる筈もなく、いずれ学園を中退する人が出てくるのが例年の行事みたいになっている。


 それほどまでに平民の中退者が出ているのにも関わらずこの問題に対する対処が為されていないのは、学園側も平民には大して期待していないと、そういうことなのだろう。


「(まぁ、途中から編入してきた中途半端な奴等に期待するって方が無理って話か。それならそれで中等部から平民が入学できるようにすりゃいいのに、て話だが――)」


 おそらく無理だろう。


 中等部から碌に学費の払えない平民を貴族の通うシベルク学園で面倒を見るというのはコストと利益が余りにも割に合わない。魔力の扱えない人がほとんどで、それに加え成績の低い貴族と比べても彼等は知識も知恵も何もかもが足りていない。これでは扱いに差が出るのも当然である。


 今、入学式会場でこれからの学生生活に夢を見ているように瞳を輝かせている平民たちを内心で嘲笑いながらも、グランは考えていた。

 平民枠で入って来た生徒の中にはまず間違いなく、主人公――『ロード』が居る筈だ。


 この世界では魔族の特徴ともいわれる黒髪黒目の主人公。目立つはずなのですぐに見つけられるだろうと思っていたが思いの外見つからない。とはいえ人混みに混じっているのは確実なので、グランは一旦そのことを思考から放棄した。


「(あーあ、代表挨拶どうしよっかなぁ……。貴族向けの挨拶もすんなら平民向けの挨拶もしとけよあのシスコン)」


 言っている事に込められている意味はただただ自分がやることが面倒臭いというだけなのだが、グランの言葉は一種の真実でもあった。王太子であるハルウォードに貴族への挨拶、つまりは鼓舞をさせるということは平民に向けての鼓舞が無い、ということの表しでもある。


 いや、より正しく言うなら平民に向けての鼓舞など必要ない、ということなのだろう。平民からすれば溜まったものではない。舐められている、よりも酷い。認識されていない、と言われているようなものなのだから。


 ただ、これがもし例年通りなら平民枠の編入生の一部は不満を露わにしていたかもしれない。しかし、今年に限っては違う。なぜなら、今年の平民に向けた代表挨拶に選ばれたのはあの(・・)グラン・フォン・バハムートなのだから。


「(ってか、本来必要ない代表挨拶に俺を選ぶってどゆこと? 俺を舐めてんのか学園側は?)」


 とまぁ代表者本人は不満たらたらなのであるが。


 学園側としてはグランを選んだことに然したる理由は無いだろう。強いて言うなら、表立ってハルウォードと対等に渡り合える存在がグランしか居なかったという事だ。

 王太子が学園に通っているこの世代では、必然的にその王太子が答辞等を行う事になる。つまりはハルウォードがやることになるわけだ。貴族を歓迎するのは次期王である彼の役目。であれば平民を歓迎するのも彼の役目であるべきだが、それをするわけにはいかない。平民と貴族を同列に扱うのは貴族の誇りやプライド、何より地位を脅かす。それは国の体制を揺るがしかねない不安要素を生むだろう。


 つまり、平民から貴族が下に見られかねないと、そう言いたい訳だ。


「(下に見られたらボコせばいいじゃん。アイツ等魔力持ってないんだし)」


 出た、脳筋シンキング。

 グランの思ったことを実際にすれば王国の国民全員が反旗を翻すだろう。

 流石、脳内シンキング。


「(誰が脳筋シンキングだ!)」


 グランが内心で暴れている間にも、編入生の入学式は進んでいる。教頭や学園長の長ったらしい話は終わり、遂にハルウォードが壇上に上がっていた。思考に沈んでいたグランも片眉を上げ、興味深げにハルウォードの声に耳を傾けた。


 *


 迷いなく壇上の上へと登り、悠然とした態度でハルウォードは新たにシベルク学園へと編入することになる“貴族”に向けて、堂々と話し始めた。


「――僕の名はハルウォード・シベルク。王位継承権一位、王太子として、そして恐れ多くも次期国王として陛下――ひいては君達全員に慕われている。まずは、そのことに感謝を」


 腰は折らず、頭も下げず、だが最大限の感謝と礼を込めてハルウォードはその言葉を口にした。

 良く響く彼の声にその場に居た全員が震え、グランすらも目を見開くほどには今のハルウォードには風格と迫力があった。


 グランがこの学園で過ごしている内に強くなったように、ハルウォードもまた強く、賢く、堅実に王としての役割を学んできたのだ。この程度、造作も無いだろう。


「僕がこの学園で学んできたことは、実のところ余りないのかもしれない。魔法学、地学、数学、色々と学習してきたが、それらはきっと僕や君達なら出来て当然の事なんだ」


――ならば、この学園に入る意味とは何だ。


 この場に居る全員が抱く疑問がハルウォードへと突き刺さり、


「だとするなら、この学園に入る意味はきっと“友人”に出会う為だと、僕は思う」


 そんな疑問が来るのを予想していたのかのように、ハルウォードは答えた。


「僕はこの学園で唯一無二の友に会った。僕を叱り、共に隣を歩いてくれるような友に。彼は僕なんかよりもずっと凄い人で、ともすれば僕よりも上に立つべき存在なのかもしれないけれど、結局彼の上に立たなきゃいけないのは僕だ。他でもない、ハルウォード・シベルクなんだ。――だから、僕は王になる、王になりたいと、強く願えた」


 何度も、幾度も変わりたいと思ってきた。


 強くなりたい。賢くなりたい。凛々しくなりたい。

 どれもこれも、男なら抱いて当然の理想だ。ならそれを目指すことに理由は必要ない。


 だがもし、ハルウォードがそれを目指す為に理由を作るとするなら、それは、


「僕は、友と妹の暮らすこの国の為に、王になる。だから君達にもそれを手伝って欲しい。清き血を継いだ、貴族として。――この学園で、君達に良き出会いがあると願っている」


 話し終えたハルウォードに喝采が浴びせられる。拍手と共に、貴族達はハルウォードが王であると認めたのだ。

 次期(・・)国王などではない。彼はもう、とっくに国を背負う王の一人だった。


「……流石、親友だぜ」


 意図せず零れた声に、グランは気づかずに笑みを浮かべていた。


 *


 ハルウォードが去った壇上の上に、今度はグランが登ることになった。去り際のハルウォードとすれ違った際、彼がスッキリとした笑みを浮かべていたのに気づいてグランはそっと長い息を吐いた。


 ハルウォードにとって、グランは“共に隣を歩いてくれるような友”なのだ。グランはそう、期待されているのだ。

 その期待は余りにも大きい。一介の侯爵の息子が背負うには余りにも大きく重い期待だ。最早プレッシャーとも取っていいだろう。


――にも拘らず、グランはそんなプレッシャーに何の不満も抱いていなかった。


 以前までなら、グランは内心で騒ぎ散らしながらも己の名誉とプライドの為に死ぬ気で代表挨拶を遂行しただろう。ハルウォードという友の為などではなく、己が誇りの為に。

 けれど、今は違う。今のグランは己の為ではなく、友が為に壇上の上へと登っていた。


 演劇など関係なく、ともすればプライドすらも関係ない。ただただ、一人の親友の期待に応える為に。


「――俺の名はグラン・フォン・バハムート。『王国最強』の名を冠している侯爵家の長男だ。貴族にならばそれなりに知られている自信はあるが、君達には未だ俺を知らない者も居るだろうから、覚えていてくれると嬉しい」


 優美に笑うグランに会場に居た全ての人の目がグランへと集中する。怖気づくことなく、悠然とした態度は崩さず、堂々と。ハルウォードがやっていた通りに――ではない。


 そんなことでは、ハルウォードの期待に応える事はできない。友が自身に隣に立ってほしいと望むのなら、グランは必ずその隣に立つだろう。

 

――かつて、須藤という親友が自身にそうしてくれたように。


「平民よ。お前等は知っているだろう。自分達に何の期待も、希望も、はたまた責任すらも背負わされていないことを」


 煽るようなグランの言葉に、その場に居た平民達は目を吊り上げた。

 しかし、尚もグランは言葉を止めない。


「分かるか? 貴族である我等とは扱いが違う、責任が違う、意識が違う。何もかもが違う君達がこの学園に居る理由はない。出会いも別れも、地元の友達と経験してくればいい」


 これだけ言われれば平民の中にも激昂する者が現れる。怒鳴り声をあげ、グランに向けて罵声を浴びせる者も現れるだろう。

 そんな、勇敢な彼等の行動は、


「――こんな所へ来たって、良い事なんざないんだから」


 グランの哀愁が込められた声に、あっけなく封じられた。


 この学園に来てから、グランの身には厄介事ばかりが降り注いできた。

 王族兄妹絡みの事件、メビリア家襲撃事件、飛竜会設立。我ながら手広くやってきたものだと、グランはしみじみと今までを振り返る。


 思えばこの学園でグランの思い通りになった事など何もなかった。シナリオ通りに事態が動く事は無く、むしろ時間が経つにつれ、グランが成長するにつれ、原作の設定やストーリーから世界がズレ(・・)ていくような気さえした。

 気のせいで済む感覚ではない。この世界は明らかに運命という軸から外れ、行先も分からぬ道を独走している。


「俺はずっと、今日まで努力しっぱなしで楽だった時なんて一度もなかった。背負う責任はどんどん増えて、逆恨みも増えて、嫉妬も増えて、思い返しても嫌な事ばかりだった気がするぜ」


 演劇という舞台にグラン・フォン・バハムートとしての人生を選び、大立ち回りをしてやろうと思った。その為なら死ぬ覚悟もあった。


――けれど、この世界で友達ができてしまった。自分を奇異の目で見ない。自分を遠ざけない。そんな友が。


 演劇にのめり込み、狂気とも見紛うその余りの執念に火村という男は周りから理解できない存在だった。理解できない、未知の存在である彼は友人など多い筈もなく、唯一偏見のない目で近づいてきた須藤だけが友達だった。


 幼い頃から剣の腕を磨き、魔法の技術を磨いてきたグランはその全てが努力によるものではなく、才能によるものだと誤解された。人生に注いできた執念も、狂気も、その全てが天才故の変人性だとして片づけられた。

 それだけではない。侯爵家でありながら『王国最強』へと昇り詰めた彼は、公爵に勝るとも劣らない権力さえも手に入れた。にも拘らず、グランの立場は非常に不明瞭であやふやだ。そんなグランから、自然と周りは距離を置いたのだ。


 今、この王国でグラン程生きにくい男もいないだろう。



――だけれど、まぁ、



「まぁ、悪くは無かったけどな」


 結局、火村とグランの人生は全く以て同じだ。周りから煙たがられて、遠ざけられて、不気味がられて、その末に友を手に入れた。唯一違うのは、友達の数が違うぐらいだ。ほんの誤差だ。

 

 火村の人生とグランの人生が今日までずっと似通っていた道を通って来たとするなら、それは悪くは無いな、と。グランは思う。


「多くの友は出来なかったが、一握りの親友が出来た。努力も知識も、使う道は未だ見えないけれど無駄になることは決してない。辛く厳しく、押し潰されそうな現実が襲い掛かって来たけれど、多分乗り越えるのは大変じゃない。――大変なのは、乗り越えようと一歩踏み出す前に怖気づく自分を奮い立たせることだ」


 精神論なんて当てにならない。信念なんて簡単に折れる。人の心は実に脆弱で臆病だ。

 変わろうとして、変われずにそのまま堕ちて行く人間をグランは何度も見てきた。何かを始めようとして三日坊主で終わる人は人類の大半を占める。


 つまりは、変わろうと、始めようとすることは人間にとって何よりも難しい行為なのだ。

――けれど、


「それを馬鹿にする奴なんて、一人もいない。いたとしても気にするな。そんな奴の言葉は聞くに堪えない戯言だ」


 やめておけ。苦労するぞ。やる価値なんてない。意味が無い。

 他人の言葉も自分の言葉も、自分の決意を否定するものだったなら聞く必要なんてない。


 決意を否定されて、信念を否定されて、それでも構う事なく進み続けて。――それで後悔したことなんて、少なくとも前世では無かったのだから。


「誰にも期待されなくても、誰にも希望を持たれなくても、誰かに馬鹿にされても、誰かに蔑まれても――それでも、決意さえあれば先に進める」


 実際に、進めたから。そのせいで随分とやさぐれてしまった気もするけれど、それでも後悔なんかしていないから。


 辛いのは分かってる。これからもっと辛くなるのも分かってる。なのに、もっと先に進む理由なんて、一つしかない。


「これから先、お前等を馬鹿にする連中も、今お前等を見下しているこの俺も、お前等が構う必要は無い。――いずれ、俺達を見返せるぐらい強く、眩くなって見せろ、平民」


 最後の最後、身分の差を見せつけるように彼等を呼び掛けたグランの言葉には、蔑みなど一欠けらも無かったように思える。むしろそれは、グランがずっと欲していた他人からの期待のようにも思えて――。


 そんなライシア(・・・・)の考えは、平民達の喝采によって吹き飛んでしまった。

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