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第四十三話『不安』

 シベルク学園には中等部からのクラスしかなく、日本で言う小学生は存在しない。その為、中等部に在籍している6年という期間で、日本で言う小学生から中学生までの学習を終わらせるのだ。とはいえ、シベルク学園の授業科目には魔導学もある為、一概に日本と全く同じ学力がシベルク学生にあるとは限らないが。


 そんなシベルク学園の高等部は、前にも言った通り平民が入学できる学年だ。中等部には貴族しか入れないが、高等部からの授業は平民でも受ける事が出来る。ただし、それも前に言った通りシベルク学園の編入試験を受け、見事平民枠を勝ち取った人に限る話だが。


 そして、平民でなくとも、様々な事情で中等部に入学できなかった貴族の子息子女も高等部に編入することができる。この場合は編入試験は必ず受ける事になるが、それがどんな点数であれ入学自体は可能だ。入学した後のクラス振り分けの際にこの点数が指標となる為、手を抜く貴族の子等は居ないが。


 そんな高等部に新たに入学した平民や貴族達――新入生の入学式が今日、開かれている。


「(開かれてんのは良いが、なんで代表挨拶がハルウォードなんだよ、俺にやらせろよ! っていうか、新入生代表挨拶も俺で良いと思う!)」


 目立ちたがりの阿呆は憤怒しているが、王太子であるハルウォードからの言葉は平民にとっても貴族にとっても尊ぶべきものだ。現侯爵家のグランよりも、ハルウォードの言葉の方が新入生達にとって嬉しいのは事実である。

 とはいえ、『王国最強』の称号を持つグランが一介の侯爵家とは格が違う権力を持っているのもまた事実だ。


「(なのに、新入生の挨拶もできねえどころか、入学式の参加もできないなんて――こんなのおかしいだろ! 叩き切るぞ!)」


 憤慨するグランからは並々ならぬ鬼気が立ち昇っている。新学期を楽しみに寮から校舎までの道のりを歩くシベルク学生達が落ち着かなくなるほどに。


「グラン様、気を抑えてください」


 そんなグランの背後から、凛とした声が響く。振り返ると、そこには燃えるような赤髪を結い、炎のような双眸でグランを見つめる女が居た。


 この6年。いや、グランが異世界に来てから14年で最も多くの時間を共に過ごした女だ。その名は、


「――ライシア」


「おはようございます、グラン様。怒りを抑えられたようで、何よりです」


 ふっ、と気の抜けたように鬼気を収めたグランにつかつかとライシアは歩み寄り、その耳元で囁いた。


「何に苛ついてんのか知らねえが、こんな道の真ん中でそれを放つんじゃねえよ。お前、滅茶苦茶有名なんだぞ」


「うっ……すまん(耳がこしょばい。そして何故俺がモブ共に気を遣わねばならんのだ! 不敬だぞ!)」


 申し訳なさげに眉を下げるグランに満足し、ライシアは微笑んでからグランの横に並んだ。自然にグランの手を取り、引っ張るように道を進むのはこの3年で距離が縮んだ確かな証拠だった。

 片方がどう思っているのかは知らないが。


「そういえば、この前のパーティーで例のアリサ・センドル嬢とお話になられたのだとか。どんな事を話したんですか?」


「別に、変な事は話してませんよ。ただ、新たに貴族となった人物に幾つか聞きたい事があったので、それを聞いただけです」


「なるほど。それで、アリサ嬢は早速嫌われてしまった訳ですか」


「――早速って?」


 ライシアの言葉に首を傾げるグラン。呆れたようにため息を吐くライシアにグランはカチンときていたが、それを何とか堪えライシアに続きを促した。


「(死ね)」


 あ、堪えられてなかった。


「あのアリサ・センドル嬢。あろうことかあのパーティーに参加していた全貴族の前で、貴族が嫌いだと述べたのでしょう? そんな彼女が、私達から良く思われるのはありえません。嫌われるのは当たり前ですよ」


「だけど、ライシア嬢はアリサ嬢の事をそこまで悪く思っている訳じゃないんでしょう? 実際、貴族でいるよりも平民でいる方が、気を張らなくていいですし――演技をする必要もない」


「――――」


 グランの後半の言葉にライシアは眉を顰め、鋭い目でグランを射抜く。射抜かれた方はライシアが気分を損ねた事に意趣返しの意味も込めて、笑顔で応対している。因みに内心は言うまでも無い。


「(ざまぁ!!!)」


 幼稚である。


「……そろそろ、リナリア様にぐらいは演技を解いてもいいのではないですか?」


「良くありません。私は淑女の模範であらなければならない貴族の、公爵の令嬢なのです。私がはしたない言動をするという事は、引いては貴族の格を落とすことに繋がりかねません」


 唇を噛んで、耐えるようにライシアは言う。


 大袈裟な事を、とは言えないだろう。実際、それほどまでに『五公』の影響は大きい。王族に次ぐ権力者、その娘が野生児の如き言動をすることはできない。彼等彼女等が背負っている責任とはそういうものだ。


 幼い頃から、今日まで。赤髪の令嬢、ライシア・ゲルバーグはずっとそうやって生きてきた。責任を放ることをせず、虚勢を張って来た。そんな彼女の努力と信念は、グランの言葉や6年という期間で築き上げてきた友情をもってしても覆ることはできない。


「――そうですか。なら、仕方がないですね」


 そんな当たり障りのないことしか、グランは言えなかった。


 無論、グランは屑だ。そう簡単に人を助けることはしないし、ともすれば自身に利益さえあればどんな悪人だろうと助けるような男だ。だが、そんなグランでも“友達”だけは何よりも大事にしている。


 前世で唯一の親友だった須藤。彼のだけは前世の記憶から今でも覚えているのだ。逆にそれ以外の前世の記憶は演劇の事しか覚えていないが。


「(つっても、最近この世界の原作だったギャルゲーの設定すら忘れてきてるし、このままじゃヤバいな。先を見据えての行動ができなくなりそうだ)」


 眉間に指を当て、頭を左右に振り不安を振り払う。最近になって精神年齢的なものがこのグランの肉体に適応してきているように思う。それも、かなりの深度で、だ。

 

 以前まではこの世界の人間を言わばキャラクターとして、ゲームの登場人物として、どこか客観的な視点で見れていたのだ。だが、今は違う。この世界で知り合ったライシアやハルウォード、バロウッドをキャラクターではなく一人の人間として見るようになってきている。それは演劇の観点から見れば自分のキャラに深くのめり込めている、という風にも見れるが当人からすれば溜まったものではない。


「(火村(おれ)がグランと一体化とか、総毛立つほど寒気がするぜ。いやマジで)」


 正直に言って、怖いのだろう。


 内心で幾ら毒づき、暴言を吐こうとも異なる肉体と精神の一体化なんて経験もした事のないグランには確かな不安がある。下手をすれば、自身の人格が豹変してしまうのではないか、と。そんな想像をするのは容易いことだ。


 だが、それでも。


「――俺は、グラン・フォン・バハムートだ」


――だから、折れない。


 演劇への執着故に、グランは信念を曲げはしない。何故それほどまでに演劇を溺愛し、敬愛しているのかは分からない。滅多に感じることのない不安さえも抱えながら、何故茨の道を進むのか。

 

 使命も、義務もないというのに、何故――。


「グラン様。そろそろ編入生の入学式が始まります。急ぎましょう」


「あ、ああ……」


 前方から急かすように声をかけてくるライシアの背を、グランは一度思考を停止させてついていった。

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