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第四十二話『嫌いな方じゃなく好きな方へ』

「今は失格でもいいが……それでもいずれ、お前には必ず貴族として振舞わなければならない機会がやってくる、――そんな時、お前は貴族として在る覚悟はあるのか?」


 アリサを試すかのように、グランはそんな問いをかける。

 

 平民から貴族に、そんな異様な経歴は王国史にも載っていない程珍しい。王国にたった一人しかいない平民上がりの男爵令嬢。共感してくれる人もいなければ、同情してくれる人もいない。もしかしたら、助けようとしてくれる人はいるかもしれないが、その人が現れるのはもっと先の話だと、グランは知っている。


 知っているからこそ、グランはアリサに問うたのだ。貴族になる覚悟はあるのか、と。


「わ、私は……」


 グランの気迫に圧倒されたように、アリサは一歩後ろへ下がる。だが、そんなアリサを逃がさないグランは、その一歩を埋めるように、追い詰めるようにアリサへと近づいた。


「――お前は、貴族か?(どうせいつか主人公君が助けに来るんだから、貴族になる決意とか全く要らないけど、覚悟無い癖に貴族になってんのはムカつくからここは追い詰めておこう)」


「――っ!」


 貴族は嫌いだ。


 アリサと彼女が大切にしていた人達を切り離し、一度捨てた癖に彼女の両親はアリサを歓迎するような態度を見せた。ふざけるな、というのがアリサの本心だった。

 本当の両親がアリサを歓迎しても、アリサは本当の両親を歓迎しない。そもそも、本当の両親など知りたくもなかった。アリサはただ、あのまま平民として生きていられればよかった。


 だからこそ、アリサがここで言う台詞など決まっているのだ。



「――いいえ。私は、嫌いな貴族になんかなりません!」 



 パーティー会場によく響く声で、アリサは宣言した。その宣言に目を見開くグランと、一瞬だけ呆然とした後、アリサに向け敵意を放つ他の貴族達。この先、貴族である事を否定した貴族であるアリサは、原作通り――いや、原作以上に誰にも受け入れられず、誰かに嫌われ、誰かにその身を害されるだろう。


 だが、おそらくアリサは折れない。それは、アリサの決意を感じたグラン故の直感で在り、未来を知っているグラン故の予知で、


「く、クク……! そうか、そう来るか!」


 予想が外れ、しかしそれを喜ぶかのように笑みを堪えきれずに口を歪めるグランに、アリサは首を傾げる。


「いや、そうか、そうだよな。この世界が原作通りに動いてないのなんて、今更のことだったぜ!」


 グランというバグが存在し、そんなバグが思い切り暴れまわっているこの世界。それが正常な世界の筈がなく、正常に稼働する筈もない。なら、既に世界は改変され、グランの思い描いていた未来はやってこないのかもしれない。



――そんな思考をしても尚、グランは歓喜するように笑みを深めた。



「(俺の予想を超える主人公達……イイ! 非常に良い! その世界で悪役として登場する俺って、どんなキャラクターに昇華するんだろうなぁ……!!)」


 この世界が原作通りじゃなくても、この世界はグランにとって創作の世界には違いない。だから、グランはこの世界で『火村』として、素の自分を出す事は無いし、多分そう生きる事は望まない。この一生を悪役として生きる事に注ぎ、舞台上で演技をする役者のような人生を送るのだろう。


 それを果たして、グランに影響されたこの世界が許容するかは分からない。


「ああ、悪い。急に笑い出して、不快だったろう」


「い、いいえ! そんな、滅相もありません」


 あたふたを首を横に振るアリサに苦笑し、グランはもう一度改めてアリサと向き合った。グランの目に映るアリサの顔に、もう迷いはない。不安はまだあるかもしれないが、それもいつか無くなるだろう。


 だって彼女は、ヒロインなのだから。


「――アリサ・センドル。お前に一つ、アドバイス……助言をやろう」


「助言、ですか? それは一体……」


 人差し指で天を示すグランを前に、首を傾げるアリサ。そんなアリサに向け、グランは澄んだ声で助言を告げた。


「貴族として生きないのは良い。だが、せっかくだ。貴族としての矜持は持っておけ」


「矜持……?」


 貴族は誇りある民族だ。前世において、グランの読み漁った演劇の台本にも貴族の役は多くあった。

 何よりも誇りを遵守し、プライドが高く、そして傲慢。字面にすれば意地っ張りの我儘野郎にしか見えないが、その在り方はされどどこか綺麗だった。


「じゃあな、アリサ・センドル。学園でまた会えたら、話をしよう」


 アリサに背を向けて、グランはバルコニーへと去っていった。今頃は夜景でも眺めて黄昏ている自分に酔っているのだろう。ていうか実際そうだ、キモい。


 アリサは考える。グランが与えてくれた助言を、この先守れるかは分からない。貴族の矜持なんてついさっきまで平民だったアリサには理解できないから。

 しかし、それでも、


「精一杯、頑張ろう!」


 ギュッと握り拳を作り、アリサは気合を入れるのだった。


 *


 その日の翌日。アリサは高等部から入学する貴族が一時的に宿泊する寮に泊まっていた。名前もついていないその寮はその場凌ぎのような古い寮で、貴族が一晩を過ごすには貧乏臭かったが、平民上がりのアリサには丁度良かった。


 朝を迎え、身体を伸ばす。窓を遮るカーテンを勢いよく開け、差してくる日光が顔を照らす。眩しくて目を閉じかけるが、ぼんやりとした目に映った景色がそれを許さなかった。

 窓の外から見える王都の景色。朝から活気溢れるこの都市は、見ているだけでも気分湧き立つ。特に、王国領の端っこの寒村で暮らしていたアリサにはこの景色はより美しく映る。


 とはいえ、窓の外を眺めてずっと笑っている訳にもいかない。顔を洗い、朝食を食べてから歯を磨く。平民の頃には着るどころか見る事も出来なかった質のいい制服に身を包む。鏡に映る自分の姿を見て、


「わぁ! 可愛い!」


 青を基調としたブレザー制服。その場でクルリと一回転し、スカートが宙に浮く。危うくスカートの下が見えそうになり、慌てて手で抑える。


「うぅ、一人で何やってるの私。恥ずかしい……!」


 仄かに頬を赤らめ、アリサは気づく。



――浮かれている。



 あのパーティーで、アリサは貴族にはならないと、そう宣言した。貴族でありながら貴族を否定したアリサは、これからシベルク学園で茨の道を歩むことになる。そんな未来が見えているのに、何を浮かれることがあるのか。



――“じゃあな、アリサ・センドル。学園でまた会えたら、話をしよう”



 脳裏に言葉が過る。

 嬉しそうに笑い、喜色の隠せていない声色で赤髪の貴公子はアリサに再会を約束した。

 最早言うまでもない。アリサはこれからのシベルク学園での生活に心を躍らせている訳ではない。ただただ、グランとの再会が待ち遠しいだけなのだと。


「――――」


 別に、惚れた訳じゃない。そりゃあグラン・フォン・バハムートはカッコいいし、美形だ。それに強さも、頭の出来も良い。恋愛相手としてこれほどの優良物件も珍しいぐらいだ。


 けれど、アリサはグランに惚れる事は無い。


 グランを異性として意識していない訳ではないが、それよりもグラン相手には恋愛感情よりも先に憧憬が見える。アリサは貴族として失格だ。だからこそ、いつか貴族として立派な人物になりたい。


 “私は、嫌いな貴族になんかなりません!”


 そうだ。アリサは貴族が嫌いだ。だから、嫌いな貴族なんかにはなりたくない。だから、好きな貴族になろう。

 矜持を持ち、上品に振舞い、見栄を張る。彼の赤髪の貴公子のような、綺麗な貴族に。

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