第四十一話『貴族として』
グラン達は今年で十七歳になった。
シベルク学園では通っている生徒達が十六歳を過ぎる頃に、その生徒達は高等部に進級する事になっている。
そんな生徒達の高等部進級を祝い、今日は学園の開くパーティーが行われていた。
――しかし、そんなパーティーに一人。明らかに周りから浮いている少女が珍しい黒髪を揺らしていた。
「(はぁ……やっぱり、避けられてるのかしら)」
少女がチラリと遠くから己を見ている生徒達に目を向けると、彼等は揃って目を背けた。まるで、汚らわしい物を視界から追い出すように。
そう、少女は平民だった。
ある日、とある貴族の領主が治めている領内で、貴族の血を引いている子供が居ると噂になった。そしてそんな噂の矛先は自然と一人の少女に向けられる。
それが、彼女――アリサ・センドルだった。
平民にしては整った顔立ちや頭が良い事も噂に尾ひれを付かせたが――何よりも“彼女は魔力を持っていた”。
平民でも魔力を持つ者は居るには居る。しかし、それは言ってしまえば特別変異のようなモノで、事実平民で魔力を持つ者など片手で数えられる程度しかいないだろう。であれば、彼女は必然的に貴族として扱われる事となった。
実際、この噂は真実だった。とある貴族家の長女が攫われた事件は過去に存在し、隠蔽されていた。警備の厳重な貴族の屋敷から何かが盗まれるという事はあってはならない。少女の両親は、娘よりも貴族の誇りを取ったのだ。
そんな両親の下に無理矢理戻された当の少女が今回の件に納得している訳もない。
不満と不安を抱えて、アリサは今パーティーに参加していた。
それがただのパーティーならまだしも、これは『高等部進級祝い』という名目で開かれているパーティーだ。周りは仲の良いグループで固まり、最早このパーティーで一人でいるのはアリサだけ――という訳でもない。
「(――あれ? あの人は……)」
アリサは見た。
己と同じく孤独でありながら、されど悠然と佇む赤髪の青年を。
彼の貴公子は孤高だった。明らかに周りから浮いていて孤立しているのに、他の誰よりも目立っていた。
そんな彼に、アリサは親近感が沸いてくるのを止められなかった。
「(あの人となら、仲良くなれるかも……)」
村では常に人に囲まれていたアリサにとって、孤独は辛いものでしかない。だから、仲間を見つければ話しかけに行きたくなるのは当然だった。
問題は、話しかけられた相手の人間性にある。
「あの……貴方も一人なんですか?」
と、アリサが赤髪の貴公子に声をかけた瞬間、パーティー会場が静まり返った。そして、会場の視線は声をかけたアリサに向けられる。まるで、禁忌を犯した者を驚愕の目で見るように。
彼等彼女等の視線にアリサが戸惑っている内に、彼はアリサの方に振り向いた。
「なるほど。お前がアリサ・センドルか」
「っ! は、はい! そうです」
未だ苗字に慣れず、躊躇いながら返事をするアリサに彼は「クック……」と意地の悪い笑みを零した。
そして一拍の間をおいて、彼は名乗った。
「――俺の名前はグラン・フォン・バハムートだ。よろしく頼む(跪いていいぞ平民っ!!)」
黙れ。
*
「(誰かが声をかけてきたと思ったらメインヒロインだった。なるほど、早々に悪役である俺を倒しに来たという訳か。そうはいかんぞこの野郎!)」
以前余裕を崩さずにアリサを見つめるグランは人知れず高揚していた。
ようやく原作シナリオに突入し、主人公との邂逅を待ち望んでいたグランにとってアリサから近づいてきた事は嬉しい誤算だ。気分が上がるのも無理はない。
しかし、グランにもこれまで築き上げてきた地位や名誉、そして少しの友情がある。それら全てを捨てて、ここでアリサの敵に回るというのは早計が過ぎるし些か勿体ない。
どうせなら、それら全てを利用してでも自身の人生を最高の芝居劇にしてやりたいと、グランは考えている。
「何の用だ? 作法が分からないなら、気にしないで良い。ついこの間まで平民だったお前がはしたない真似をしたって、誰も責めやしないさ」
温和な表情を浮かべるグランに、アリサはざわついていた心を落ち着かせた。
それと同時に、ふとグランへの関心が高まった。
一見すると如何にも貴族である彼が。そして声をかけ話をすれば、紳士的な対応を見せてくれる彼が。
――なぜ、こうも孤立しているのか。アリサは気になってしまった。
「――あの、貴方は何故独りなんですか?」
「っ――」
そのアリサの言葉に、グランはピシリと動きを止めた。
「(お前も俺のボッチを弄るのかぁああああああああああああああああああああああ!!)」
未だに交友関係の狭さを気にしているグラン、ガチでキレる。
高まる苛立ちを抑え、最早笑みを浮かべそうになる口をどうにかして一文字になるよう堪える。
相変わらず器が小さい。
「俺が一人でいる理由、か。……大した理由なんか無いぞ。強いて言うなら、一人でいる事が好きだからだ」
嘘つけ、友達が居ないからだろ。
というのも、グランの唯一の友人であるハルウォード、リナリア、ヘルザ、ライシアはこのパーティーには参加していなかった。清い血を引き継いできた王家、そして有能な『五公』の家柄である彼等彼女等はこのパーティーの主催側である。表立ってパーティーに参加する事はまずありえないだろう。
故に、グランは一人なのである。
「一人でいるのが、好き……?」
「ああ。何も可笑しい事は無いだろ? 一人が好きな奴もいれば、嫌いな奴もいる。好みは人それぞれだ」
「――」
理解できない。
それが、アリサがグランに抱いた心情だった。
一人が好き。孤独が好き。そんな人間が居るなんて知らなかった。アリサは、村で一番の人気者。周りには常に人が居て、逆に独りボッチの人が居れば積極的に話しかけに行く。それが、アリサという人間だ。
アリサは独りが嫌いである。だから、自分が独りでいるのも、誰かが独りでいるのも、アリサは嫌いなのだ。
そんな風にアリサが嫌悪しているモノを、グランは好きだと言った。
自身と真逆の好みを持つ人と絆を深めるのは容易ではない。好みが合わないのだから、それは人間性が合わないと言っているようなものだ。
けれど、アリサはグランに苦手意識ではなく、好奇心を持ってしまった。
「なんで、一人が好きなんですか?」
「(何で傷を抉ってくるんですか? 死ね)」
無垢な瞳を純粋な好奇心の色に満たす少女の視線に鬱陶しさを覚えるグラン。しかし、グランは己の矜持とプライドにかけてどうにかして一人が好きな理由を閃いた。
「俺が貴族だからだな。貴族とは他貴族と繋がっているように見えて、その繋がりは希薄だ。一人に慣れておいた方が、貴族として強く在れる。独りに慣れていた方が、貴族として気高く在れる。理由なんてそんなものだ」
貴族は、言ってしまえば小国の王だ。小さな領を己の力の及ぶ限り発展させ、守る。その為の命令を下し、判断を下すのが貴族だ。逆に言えば、命令と判断を下せるのは貴族しかいない。
血統重視のこの国では日本のように後継者を投票で決めるなんて事も出来やしない。故に、貴族は王族を除けば唯一国を動かす権力を持つ存在。簡単なミスは出来ないし、間違いを犯す事はできない。
「(ま、こんなの表向きな話で普通に間違い犯してる貴族もいるけどな。俺の両親とか)」
飛竜会なんて組織を裏で率いているグランも十分間違いを犯している。
「――貴族として、在る為に……」
一方でアリサはグランの言葉に感銘を受けていた。
貴族になる事への不安、不満。それらで一杯だったアリサに、グランは新たな価値観を与えていた。
――貴族として、強く生きる。
今までもアリサは勤勉に生きてきた自負があった。けれど、貴族として生まれ変わった自分は勤勉だっただろうか。まだ貴族になってから一年も経っていないけれど、それでも出来る事はあったはずだ。
貴族として領地を治める為に政治の勉強を。貴族として社交界を生き抜く為に作法の学習を。
備えておくべきことは幾らでもあったはずなのに、自分はそれを身に付けられてはいない。否、身に付けようともしていなかった。
「私は、貴族として失格ですね……」
小さく呟くアリサに、グランは、
「ああ。そうだろうな」
同情もなく、そう返した。
「失格どころじゃない。今のお前には貴族を名乗る資格も無いな」
「っ! ……手厳しいです」
「大分甘めに判定したぞ」
「今ので、ですか」
「ああ。もう少し厳しめに言ってやっても良かったが……どうやら、お前は自覚しているようだし、わざわざ言う必要は無いだろう」
テーブルに置いていたワインを一口、上品に飲む。たったそれだけのグランの動きに見惚れてしまう。
“これぞ貴族”
まるでアリサにそう見せつけるかのように、グランの動きは貴族らしかった。いや、動きだけではない。態度も言葉遣いも、今思えば実に貴族らしい。淑女には紳士的に、けれど下の身分の者に対し下手にならないよう言葉遣いだけは傲慢に。
彼は貴族として、今の今まで最善の振る舞いをしている。
「(ていうか、さっきから俺ばっか質問されて不公平だな。よし、こっちからも軽くジャブ的な質問を……いや、何で侯爵家の俺が男爵家の女にそんな気を遣わなきゃなんねえんだ! 恥を知れ!)」
恥を知るのはお前だ、唐変木。




