第四十話『世界が動く前日に』
飛竜会は少なくとも一年、シベルク王国の隣国であるフィルムッド帝国へと逃亡する事となった。シルザやザギーが逃げ道を確保し、バロウッドの先導の下逃亡は為される事となる。同行するのは貴族としての地位があるグランとシルザ含む貴族達を除いた全飛竜会会員達だ。
『じゃあな。俺が居ない間、飛竜会の会長はお前に任命する。後の事は任せたぜ』
『了解しました。柄ではありませんが会長代行として、できる限りの事はやってみます』
バロウッドとの別れを済ませたグランはその後、普通のシベルク学園の学生へと戻った。飛竜会についての騒動は大方落ち着いたものの、未だ社交界での話の種にはなっているらしく、当時シベルク調査隊の隊長を任されていたグランへの注目は消えていない。
グランとてそんな視線を気にする程柔い精神を持ち合わせているわけではないが、それでも気が滅入る日はある。そんな日は周りに威圧感を与えて視線を追い払う時もあるが。
「――グラン、大丈夫?」
「……ん? ああ、大丈夫だ」
ヘルザの声に俯かせていた顔を上げて、視線を手元の弁当に移す。弁当箱に並ぶ食材は肉をパンて包んだサンドイッチ、というよりはハンバーガーのような食べ物だった。カロリーの高そうな弁当の中身に胸焼けしないか心配になったが、そこは十代の身体。全て美味しく食べられそうだ。
因みに、この弁当を作り上げた調理人はライシアである。
「(ガサツな女が作りそうな弁当だぜ! 上手いから良いけど!)」
素の性格のガサツさはコイツもライシアと良い勝負である。
「……最近、グランは疲れてる顔をしてる。心配」
「そうですね。何かあったなら、また相談してくれてもいいのですよ?」
ヘルザに続き、共に昼食を食べていたライシアが声をかけてくる。その横で心配そうな表情でこちらを見ているハルウォードとリナリアの顔が視界に入った。
「(めっちゃ疲れてるけど、それをコイツ等に言う訳にもいかないからなぁ……。ハルウォードは俺が飛竜会対策作戦に参加してる事知ってるだろうけど、言う気配は無し。言わなくてもいいけど知ってるならマジで俺に気を遣えよ)」
王族に気を遣えよというこの男。自尊が過ぎる。
「いや、心配はいらない。ただちょっと前の任務の疲れが溜まってるだけだ」
苦笑交じりに言うと、ヘルザは納得できていないようにしながらも渋々と食事へと意識を戻した。だが、安堵するように息を吐こうとする前に、
「以前のシベルク調査隊の全滅は、決してグラン様のせいではございません」
強い語気を感じさせる声音で、ライシアが告げた。
「ですから、貴方が気にする事など何一つとしてありません。過ぎた事をいつまでもクヨクヨと気にするのはグラン様らしくありませんよ?」
常にゲルバーグに相応しい令嬢たれと心掛け、己の固い意志で幼い頃から仮面を被ってきたライシア。彼女は例え昨夜に父親が死のうと母親が死のうと、恐らくいつも通りの仮面を付けて完璧な令嬢として振舞うのだろう。
けれど、そんな強い生き方はただの演劇人に過ぎないグランにとっては険しすぎる道だ。そしてそれはグラン以外の人間にとっても。
「……グランにだって落ち込む事はある。それを無理矢理隠させていつも通りに振舞わせるのは可哀想」
「私もヘルザさんと同意見です! こういう時こそ、友達の私達がグラン様に親身にならなければならないのではありませんか!?」
グランを庇うかのようにライシアへ鋭い視線を向けるヘルザとライシア。
だが、当人はどこ吹く風で悠然とした態度を崩さない。それは長年積んできた完璧な令嬢としての矜持がそうさせるのか。それとも、単なる強がりなのか。それはその場に居る誰にも読み取る事はできない。
見かねたハルウォードが仲介に入った事によって言い争いは収まったが、ヘルザとリナリアのライシアへの非難の視線は消えはしない。彼女等の間に溝ができてしまったなら、グランの思い描いていた『この世界を舞台とした演劇』は空想に落ちるだろう。
それはグランにとっては看過できない問題だ。
「(ギスギスすんのヤメロぉおおおおおおおお!!)」
心の中は常にギスギスしている奴が何か言ってる。
昼食を終え、皆と別れたタイミングでグランはライシアに声をかけた。
「ライシア」
「……何でしょう」
一瞬の沈黙の後、ライシアはグランへと振り返る。その目は何処か鬱屈としたものでグランは言おうとした言葉が発せなかった。
「……用がないのなら、これで失礼します」
けれど、去っていく少女の赤髪に反応するように、グランは声を張り上げた。
「――お前を、尊敬している」
真顔でそう言うグランに、ライシアは唖然とした。そんなライシアの様子には構わず、グランは真剣な眼差しをライシアへ向け、真剣な声音で語る。
「ずっと完璧な演技を続ける事がどれだけ苦しいか分からないし、どれだけ大変なのかも分からない。やった事も、やろうと思った事も無いからな。俺がやってきた演技は、ただ楽しむ為のモノだった。だが、それを何年も、何十年も続けたらきっと俺は演技が嫌いになって、いつか諦めて演技を辞めるようになるだろうから」
一人の演劇人として、グランは誰よりもライシアを尊敬している。演技の練習を毎日して、何度も失敗して、その度に復習し成長してきたグランとは違う。ライシアは今日まで一度も失敗せずに誰にも気づかれる事なく完璧な令嬢を演じてきた。
そんな事を成してきた齢15の少女を前に、どうして敬意を表さずにいられる。
――どうしてそれを、褒めてやらずにいられる。
「お前は凄いよ、ライシア。でも、俺じゃ多分、お前みたいにはなれない」
誰にも称賛されず、気づかれず、ただひたすらに演技だけをしてきた少女。演技の腕を磨く度に称賛され、自らも達成感のあったグランにはそんな生活は想像できないし、したくもない。
した瞬間、自尊の塊であるグランは吐き気を催すだろう。
「ま、いつかお前の隣に立てるよう立派な男になってみせるから。それまでは待っててくれ。あと、激励ありがとな。ちゃんとヘルザとリナリアと仲直りしろよ?」
最後の言葉だけを伝えられればグランとしてはそれで良かったのだが、ライシアの目を見てしまっては語ってやらずにはいられなかった。ライシアがどれだけ凄い事を成してきたのか、それを知らないライシア自身に謎の怒りを感じるぐらいにはグランも彼女を大切に思っている。
それは恐らく、ゲームのキャラクターとしてでもあり、一人の人間としてでも。
「――はい」
俯いて、震える声で返事をするライシアに背中を向けてグランは寮へと帰っていった。
*
そこは、小さな農村だった。王都から遠く離れたこの村は、田舎臭くありながらも平和だった。そんな村に今、如何にも貴族らしい馬車が一台訪れていた。田舎村には似合わない異色を放つその馬車に、とある一家の少女が乗り込んだ。
その少女の表情はどこか切なく、儚かった。
「――じゃあね、ロード」
けれど、そんな感情を隠すように少女は薄く笑う。その笑みを向けられた少年は、いつの間にか拳を固く握り締めていた。笑う少女の顔を見ているのが辛くて、つい視線を下に逸らしてしまった。
そんな事をしているうちに、馬車は村から出て行ってしまった。
何も言って上げられなかった自分が嫌だった。無力で、無力を嘆く度胸も無い自分が何よりも嫌いになった。
だから、強くなることを決めた。
いつか、あの少女を迎えに行ってあげられるぐらいに強くなると心に決めた。
「――いつか、迎えに行くよ。アリサ」
少年の名はロード。グラン風に言うならば、後にこの世界の『主人公』となる存在だ。




