第三十九話『厄介な事は全部俺任せじゃねえかアイツ!』
お待たせしました。
あのシベルク調査隊の虐殺から数日が経った。
王国は精鋭の暗殺部隊で知られるシベルク調査隊が一夜にして全滅されたという事実を隠蔽し、調査が先延ばしにされたという報道を記者に流すよう命じ、国民の混乱を防いでいた。
必死に事実を隠蔽しようとする王国貴族達を見て内心でゲラゲラと大爆笑していたグランも、今は背中に冷や汗を流している。
「さて……グラン・フォン・バハムートよ。此度の件、しかと説明してもらうぞ」
静寂に包まれた王城の謁見の間に渋く響き渡る低い声を発するのは、シベルク王国の王ガルウォード・シベルク。そしてその声に対し、びくりと震えそうになる肩を必死に堪えているのがグランである。
あのシベルク調査隊殲滅の後、唯一歓楽街から戻ってきたグランへの尋問を後回しにして事実の隠蔽を図った貴族たちの表情には深い疲労の色がある。普段ならばそんなザ・苦労人の姿を見ればグランは愉悦を感じる筈だが、今の彼にはそんな余裕が無い。
これからグランは、飛竜会の頭として虚実を、シベルク調査隊の臨時隊長として事実を誰から見ても真実だと映るように話さねばならないのだから。
「(ぢくしょぉおおオオオオオオオ!! 何で俺ばっかこんな目に合うんだよふざけんじゃねえぞ! バロウッドが組織作りたいっつうから手伝ってやったのに厄介な事は全部俺任せじゃねえかアイツ!)」
大体はグランの自業自得である。
跪くグランがチラリとガルウォードの表情を見ると、何とも申し訳なさそうに眉を下げているガルウォードの姿があった。他の貴族も似たり寄ったりな顔をしている。一部のグランに対し嫉妬を抱く貴族は嘲笑を浮かべているが。
「はい。まず、伝えねばならない用件が二つほどございます。一つは飛竜会内部に貴族出身者と思われる魔法使いが居たという事。もう一つは、私が交戦した敵の中に身体に魔石を埋め込まれ、強制的に身体能力を高めている者が居たという事です」
グランの言葉にざわめきが広がる。ガルウォードがそれを収めるも、当のガルウォードも動揺を隠しきれている訳ではない。
「つまり貴公は、我等シベルク王国の貴族の中に内通者が居ると?」
「はい。間違いなく」
断言するグランに対し爆発するように非難の声が上がる。
「馬鹿なっ! 出鱈目だ!」
「貴族がそんな組織に与する理由が何処にあるというのだ!」
「もしや、貴様こそがその内通者ではあるまいな!?」
「(あーもう、うるっっっさい!! 心底うるっさい! 何も出来ねえくせにギャーギャー騒ぐなっつの)」
舌打ちが出そうになるのを堪え、騒ぎが収まるのを待つ。すると、グランからすれば願っても無い言葉が聞こえてきた。
「陛下。一度グラン様を飛竜会対策作戦から除名してはいかがでしょうか」
その声にまたもやざわつきが広がるも、次第に上がってくるのは賛成の声だった。
「良い考えかもしれぬな」
「そもそも、未だ20にも満たない子供の言う事を真に受ける方が間違っているのだ」
「王国最強とは言えど所詮は子供。調子に乗らせるのは如何なものか」
「(おいおい好き放題言ってくれてんなぁクソが。アイツ等の顔ちゃんと覚えとかなくちゃ)」
こめかみに血管を浮かべ、苛立ちを鎮めようとグランが息を吐いた直後、
「ほぅ……? では、貴公等はグラン・フォン・バハムート以上の人材を確保できると? シベルク調査隊を殲滅させる程の犯罪組織からこれだけの情報を持ち帰ってきた彼以上の人材が居るというのなら、是非とも紹介してほしいものだな」
空気が震えるほどの気迫と威圧感を以て、唸るような低い声でガルウォードは威嚇するように言う。一斉に静まり返る貴族達の顔には冷や汗が浮かんでいる。動揺していないのは公爵の位を持つ五人のみだった。
そしてそれはグランも例外ではない。
「(ひぇ……怖い)」
何とも情けないものである。
震え上がっている貴族たちに向けて、ガルウォードは吠えた。
「未だにグラン・フォン・バハムートの力を認めぬとは何事だ!! 此度の件を引き起こしたのは王である我と貴族である貴様らの統治能力の問題に過ぎん。それをあまつさえ子供に押し付け侮蔑する……なんと情けない事かっ!!!」
「(よっ! ガルウォード様! もっと言ってやって!!)」
委縮している他貴族達を見下しながら、救世主を見るような目でガルウォードを仰ぎ見ながら、グランは考える。
これ、見下されたまま飛竜会対策作戦から外されてた方が良かったのでは?
その方が色々と動きやすかっただろうし、何より気楽だ。この先の事を考えても、飛竜会に対し表上とはいえ敵対し続けるのは僥倖ではない。いや、グランとしてはいずれ飛竜会会長として悪役の華道を歩もうとしているのだから良いのかもしれないが、飛竜会に属する人達にとってはグランの居る不安定な立場に不安を覚える者も居るだろう。
「(ようやく飛竜会として纏まってきたのに、会長がアレなせいで人が離れていく組織なんて案外ありそうな話だし、不安要素は潰しておきたいが……潰せそうも無いなこりゃ)」
ダメだこりゃ。と言わんばかりにため息を吐きつつ、ガルウォードの次の言葉を待つ。貴族達に対し叱責を浴びせたガルウォードは、グランに謝罪の言葉を述べてから宣言した。
「今この時より、飛竜会はシベルク王国の敵と相成った! 王国騎士団を中心に王都を巡回させ治安維持を強固なモノとし、全力で事に当たれ!! 異論ある者はいるか!!」
一斉に立ち上がり、王への敬礼を示す貴族達に満足げに頷いてから、ガルウォードはグランに退室の令を出した。謁見の間から出て、王城の長い廊下を歩きながらぼそりとグランは呟く。
「……オワタ」
*
飛竜会の手によって統治されている歓楽街。街の名前は“生変街”となった。字の通り、生まれ変わった街という意味合いでグランが名付けたモノだ。生変街で働く元スラムの住人達もその名前にも由来にも反対はせず、むしろ歓迎するようにその名前を受け入れた。
だが、今はそんな事に気を割く程の余裕はグランにはない。
「王国を敵に回すのは、流石に予定外なんだが」
以前、飛竜会に属する団体の代表者達との会合の場となった旅館で、疲れたようにため息を吐く。前に座るのは悩まし気に眉間に皺を寄せるバロウッドである。
「組織が大きくなれば、目を付けられるのは当然の事です。特に、シベルク王国の暗部を皆殺しにしたとなれば目の敵にされるのは必然であると言ってもいい」
それでも、こうまで早急な総力戦を仕掛けられるのは予想外でしたが。と、バロウッドは苦笑する。王国を相手取る戦力を持ち合わせていない飛竜会には、現状を指咥えて見ているだけでは未来がない。確定していない未来を掴む為には、何か策を練らなければならない。だが、戦う道は無く、かといってボーっとしている訳にはいかない。
ならば――
「逃げるしかないわね」
声のした方へ目を向ける。そこには、悠然と佇む美女がいつの間にか旅館の入り口に立っていた。人気の少ないこの旅館で、彼女の存在は良く目立って分かりやすい。
「――シルザ」
「あら? 珍しく少し落ち込んでいるようね。常に不遜な態度を崩さない貴方には似合わないから、できれば早く元に戻って欲しいわ」
拗ねた幼児を見つめるように優し気な目を向けてくるシルザに狼狽えるグランに追い打ちをかけるように、シルザの後に続いて茶髪の男が入り口から姿を現した。
「同感だね。せっかく面白そうな組織を作ったのだから、壊さず生き残れる道を選ぶべきだろう。それが今回の調査隊殲滅で得られた知名度を無駄にする方法であっても、王国から逃げるのは最善策だと思うよ。無論、それを決めるのは決定権を持つ君だけだけれど」
後、元気を出してほしいと思っているのは私も同じだよ。と、付け加えるように言う茶髪の男をシルザは鬱陶しそうに睨む。
「貴方の言葉は信用できないのよ、ザギー伯爵。いえ、今はただのしがない浪人だったかしら?」
「そのしがない浪人だった私を拾ってくれたのがそこのグラン君でね。私としても恩人に死なれるのは夢見が悪いんだ。助けようとするのは至極当然の事じゃないかな?」
「(俺が親切心でお前を拾ったみたいにするな! 拾わせるよう脅迫したんだろうが正直に言えこの守銭奴っ!!)」
ほんの少しだけ、いつもの調子を取り戻したグランに気づきバロウッドは少しだけ口角を上げる。そして、笑みを隠せていないその口を開き、
「俺も賛成です。今この組織に必要なのは、知名度よりも逃げ道でしょう。組織としての権力なら後からでも作れます。が、今の状況では飛竜会ごと俺達も潰されるのが関の山です。なら、生き残る方法は逃げるより他にない」
「(ただ逃げるって決めただけなのにカッコ良さげにすんのヤメロ。そういうのは俺がやるから)」
それやってもあまり格好良くないぞ。
各々の意見は固まり、後は最高権力者であるグランの決定を待つだけとなった。
視線を向けてくるバロウッドやシルザ、ザギーの目にグランは、
「……そうだな。組織が生き残るなら、逃げる道も一つの手だ」
迷いなく、その言葉を口にした。




