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第三話『神童ムーブ』

 貴族らしい質の良い服で身を包み、長い廊下を歩く一人の美少年がいた。

 言うまでもなく、グランである。

 先程の部屋にいたメイドとのやり取りを思い出し、グランは頭痛がしたかのように額に手を当てる。


「(何なんだあの無表情メイドは! 感情が読みづらいんだよクソが! 嫌いなタイプだぜ)」


 グランは部屋にいた無表情メイドの顔を脳裏に浮かべ、眉間にしわを寄せた。

 メイドの容姿は黒髪に黒目、クラスのマドンナという程の可愛さではないが、一部の男子にひっそりと人気のある美人さん、というのがグランが彼女に下した判断だ。

 勝手に人に判断を下すのは人の愚かさというものだが、それに加えて罵倒をかますグランは常人よりも遥かに性格が悪いと言えるだろう。

 

 グランの苦悩の理由はあの鉄仮面といってもいいメイドの無表情さだ。

 演劇人であるグランにとって相手の感情を表情から読み取るなど容易ではあるが、それが無表情の相手となると話は別である。

 表情の変わらない相手の感情は分からないし、グランにとっては感情の分からない相手はぶっちゃけ不気味だ。

 関わり合いになりたくないと思っているし、消えればいいと思っている。


 だが、あのメイドはグランの専属メイドであり、常にグランの傍にいる事になる。

 コイツ、詰んでるやん。


「(俺の悪役貴族計画は知られるわけにはいかない。だが、四六時中寝るとき以外ずっと俺についているあのメイドが居る限り、俺には一人の時間がない。つまり、ずっと演技をしている状態でいる事になる。演技なんざ何時間だろうとしてやるが、流石に一人の時間は欲しいんだが!?)」


 これはもう殺すしかないんじゃ!? と本気で考えるグランであった。


「クソゥ! これじゃまるで監視されてるみたいじゃないか!」


 天井で塞がれている空を仰ぎ、嘆くグラン。


 今、グランは『監視されているようだ』といったが、あながち間違いでもなかった。グランの知っている通り、過保護なバハムート夫婦は自分たちの息子を常に護ってやれるよう専属メイドをつけさせていたのだ。


 グランからすれば余計なお世話である。


 グランの私室は二階に位置している。私室から出て、階段を降りてそのままダイニングルームへと向かう。そうして向かった先には、もう既に席についているグランの両親の姿があった。


「おはようグラン。今日は早起きだったようだね」


『デネゴ・フォン・バハムート』


 グランの父親だ。グランと同じ赤毛の髪に、赤い目をした男だ。ゲームでのグラン同様、太っている。

 愛息子であるグランに微笑みながら、挨拶を交わす。

 そんな愛息子であるグランは太ったデネゴを見て存分に見下していたが。


「グラン、早起きはいいけど無理しちゃダメよ? まだ小さいんだからね」


『アラネウス・フォン・バハムート』


 グランの母親である。茶色の髪に、グランと同じ金色の瞳を持つ女。こちらは太ってるとまではいかず、『ふくよか』という言葉が似合う。

 どちらにしろ痩せてはいない為、グランの見下しセンサーから逃れられてはいないが。


「おはようございます。父上、母上」


 貴族らしい上品な礼で挨拶をするグラン。

 もっとも、これはグランの思う『貴族らしさ』なので若干の違いはあるのだが、それでも様になっているのが癪に障るところである。


「あらあら、そんなに大人びちゃって。いつの間にか成長してたのね、グラン」


 暖かな目でグランを見つめる母、アラネウス。デネゴもどこか驚いた様子でグランを見ていた。

 

「(あれ? もしや失敗した?)」


 あのメイドもグランの素であるチンピラ染みた口調を見ても何も言ってはいなかった。

 元の本来のグランの性格と、今のグラン――火村――の話し方が偶然にも合致していた為だろう。

 となると、今のグラン――火村――と元のグランは少しばかり似通ったところがあるという事か。


「(ふざけんな! グランなんかと俺を一緒にすんなよ!)」 


「さぁ、グランも立ってないで席につきなさい。朝食はしっかり食べなくてはいけないよ?」


「(うっせぇ! その結果がテメエの太った身体だよバーカ!)」


 デネゴに言われた通り、グランは空いている席に座り朝食を食べ始めた。『いただきます』とは言わなかったが、デネゴやアラネウスが何も言わないのを見る限り、元のグランも言ってなかったのだろう。

 それを確認したグランは、当分は礼儀を気にする必要も無さそうだと肩の荷を下ろした。


「(食事の礼儀もなってないとは、流石だな)」


 のグランの生意気っぷりを再確認しつつ、グラン――火村――は黙々と目の前に置いてあるパンを食べ始めた。


 *


 朝食後、自室に戻ったグランはベッドの上に座っていた。

 そして、対面にはあの無表情メイドこと『シャーリー』が居る。


「お前の名前は『シャーリー』。そんで、父上に見定められてこの家のメイドになった、と」


「はい、そうです」


 グランは今、メイドのシャーリーに尋問をしていた。

 とは言っても、彼女の名前や出身地、屋敷の構造を教えてもらったぐらいで、そこまで踏み込んだ事を聞いていたわけではない。

 それは、今の今まで赤の他人であった女性に不躾に質問するのは気が引けるから――ではなく、ただ単に興味がないからである。


 ある程度の質問を終えた後、グランはシャーリーに今までとは趣向の違う質問をした。


「シャーリー、ぶっちゃけて良いぞ。お前、俺の事どう思ってる?」


「はい。グラン様はバハムート侯爵家として相応しい御方であると存じております」


「んな分かりやすい世辞聞いてねえよ……。ま、言えないなら言えないでいいけど」


 まるで前から準備しておいた定型文かのようにスラスラとお世辞染みた答えを言うシャーリーにグランは若干苦笑し、そしてまた顔を引き締める。


「シャーリー、俺って確か十歳になったら社交界デビューをするんだよな?」


「はい。グラン様が十歳になる年に同じく同年代の子息様方も王都に集まり、王城でパーティに参加いたします」


「んで、そこから一週間後に学園の中等部に入学するんだよな」


「その通りです。流石はグラン様、御自身の今後の予定を御理解しているようで」


「その通りです、の一言だけでいいっつの。余計な世辞は言わなくていい」


「癖ですので」


「治せ」


「はい」


 悉くイエスマンなシャーリーに顔を顰めそうになるものの、それを何とか堪えるグラン。

 おそらく、前のグランはシャーリーの吐くお世辞で気分を良くしていたのだろう。シャーリーの冷たい視線にも気づかずに。


「(ホントに馬鹿だなグラン。マジでもっと考えて生きろよ、俺は考えずに生きてたけど)」


「あの、グラン様」


「ん? 何?」


 声をかけてきたシャーリーの方へグランが顔を向けると、シャーリーはその無表情な顔にある瞳をちょっとした好奇心に染めてグランを見ていた。

 そんなシャーリーの様子に、グランは片眉を上げる。


「グラン様は、今まで演技をしておられたのですか?」


「(これからするとこですけど?)」


「今までの粗暴な態度や、頭の悪い行動は全て、演技だったのではないですか? それをする意味は分かりませんが、今の理知的なグラン様を見ているとそうとしか思えないのですが」


 淡々と、シャーリーは言った。


 シャーリーからしても、今日の朝からのグランは変だったのだ。

 いつもは目を覚ますとすぐにシャーリーを呼び、着替えさせてダイニングホールへと向かっていた。そして、テーブルに置いてあるパンにむしゃぶりついてテーブルを汚く汚す。それがシャーリーの知っているグランだった。


 だが、今朝のグランは全くもって変だった。着替えは自分でしようとするし、朝食もテーブルを汚す事なく綺麗に食べていた。

 習慣づいている人間の立ち振る舞いが急に変わるなんてことはあり得ない。それこそ、その習慣づいた立ち振る舞いが演技でない限りは。


 だからシャーリーはグランが演技をしていたのではないかと問うてきたのだ。

 そして、グランはと言えば。



「(うーわ、めっさ勘違いしとる)」


 あっさりしたものである。元々グランからすれば前世の記憶を思い出して立ち振る舞いが変わっただけなのである。それを、グランが演技によって大人たちを欺いていた、という過大評価をされてしまった。


「ああ、そうだ」


 だが、それはグランにとって好機にしかならない。


「何故こんな事をしていたのか、と聞かれると答える気にはなれないが。演技をしていたのかと聞かれると、『そうだ』と答える事になるな」


「やはり……」


 シャーリーは感心したようにグランを見つめていた。

 僅か五歳にも満たない子供が、自分の両親を含めた周りの大人を今の今まで欺いていたという事実。意味は分からずとも、その行動には感心せざる負えないだろう。


 因みにグランはと言えば、



「(っしゃ! 神童ムーブ成功! 流石俺だぜ、略して『さすおれ』!!)」


 大はしゃぎであった。

 表には出していないものの、心の中では自身の機転により上がったグランの株に大満足だった。

――っていうか、『さすおれ』って何?


「シャーリー、今までの俺の行動に付き合ってきてくれた事、感謝するぞ」


「いえ、メイドとして当然の事をしてきたまでです」


 シャーリーはどこか興奮した様子でそう言った。

 今までただの子供だと思っていた人物が、突然傑物だと分かったのだ。驚いたし、混乱したし、興奮した。

 と、そこまで湧き上がっていた感情を抑え、シャーリーはグランに頭を下げた。


「お、おい? なんで頭を下げる?」


 戸惑ったグランに向けて、頭を下げたままシャーリーは言った。


「グラン様に、お願いしたいことがございます」

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