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第三十七話『一年後の貧乏街』

 あれから、早一年が経った。

 スラム街全体の建て替え及び改築は終了し、既に新繁華街としてスラム街は成り立っていた。

 まぁ、繁華街よりの“歓楽街”として、だが。


「お兄さん? お兄さんもいかがですか、一杯」


「え? あ、いや……俺はちょっと」


「そんな事言わずに、ほらっ」


「へっ!? ちょ、胸当たってっ……!」


 身体つきの良い女が、強引に男を店に引っ張り込んでいく。

 暫くすると、男は財布を空にした様子で店から出てきた。

 その顔には些か哀愁のようなものが漂っている。


「(間違いなくぼったくられたな、街に金落としてくれてあざっす! そしてざまぁ味噌!)」


 それを遠く離れた風俗の屋根の上から観察していたグランが内心でガッツポーズを決めている。

 浅ましい精神性である。

 

 元々、王都にはこういった娯楽施設が少なかった。

 故に、一度このような表立った施設が出来れば人々は快楽と娯楽を求めて簡単に金を落としていく。

 

 ただ、そう言った街が今まで無かった事にも訳がある。

 シベルク王国は、世界のどの国と比べてみても治安が良いとは言い難い。

 そんな国の首都に、新たに歓楽街が出来たとなれば世の悪人共がそこに集まるのは不可避の必然である。


――そして、そんな悪人共を取り締まっているのが、


「我ら飛竜会、という訳ですか」


 グランの横にしゃがみ込んでいるバロウッドが呟くように言う。


「ああ。裏の人間には恐怖を与え、表の人間には感謝される。良いサイクル……循環だと思うだろ?(っていうか思えよ俺が考えた案だぞ)」


 パワハラ上司かコイツは。


「はぁ……グランさんが優秀過ぎて、俺の仕事が無くなりそうですよ」


 呆れてため息を吐いたバロウッドの表情に、喜びの感情が混じっている事にもグランは気づいている。

 故に、バロウッドの一見不服そうな言葉にも機嫌を悪くする様子はなく、むしろ満足そうに鼻歌を歌いそうな機嫌の良さを見せている。

 

 チョロい。


「それにしても、まさかスラムの住人をそのままこの歓楽街で働かせるとは……彼等は本来、無能だったからスラムに居たのだと思っていましたが。よく働ける程度にまで礼儀を叩き込めたもんですね」


 感心したように、はたまた感心を通り越して呆れているかのように、バロウッドは言う。

 機嫌のいいグランにそんな感心の籠った言葉は甘い毒である。

 ますます調子に乗ったグランは、思わずドヤ顔になってしまいそうな表情筋を何とかコントロールして堪えていた。


「まぁな。俺の教育の賜物だ」


「あれが“教育”……? “調教”の間違いでは?」


 バロウッドの脳裏に過るのは、とある赤髪の男がスラムの住人達にひたすら礼儀作法を体罰の如く叩き込む様だった。

 因みに、この手法により僅か三日でスラムの住人はグランに服従するようになったという。


「文句があるのか?(俺のやり方が間違ってるって言いてえのか!? ああん!?)」


「いや、むしろ好ましく思いますよ? やはり、グランさんとは気が合いますね」


「(……やっぱり間違ってたのかもしれねえな。次からは気を付けよう)」


 自尊の塊であるグランも、流石に原作においてトップクラスに冷徹だったバロウッドに共感を示されては己の判断に疑問を持たざるを得ないようだ。

 もっと早く疑問を持って欲しかったものだ。


「それで? お前がここに居るって事は、飛竜会もそろそろ安定してきたのか?」


「ええ。少なくとも、俺が居なくても問題なく活動してくれるぐらいにはね。とはいえ、まだまだ軌道に乗ったばかりな訳ですが」


 それでも、この先何か問題が起こらなければ心配は無いだろう、とバロウッドは付け加えた。

 その言葉を聞いてグランは、息を吐いて安堵――する事なく、むしろ眉間に皺を寄せて不安を露わにしていた。


「……どうしたんですか」


 そんなグランの不安は、バロウッドにも感染していく。

 

「――ザギー・ローマンはどうしてる?」


「……いつも通り、金集めに勤しんでいます。見たところ危険人物という訳でも無さそうですし、自分の欲に忠実な一般的男性だと、個人的には感じました」


「アイツが何者かどうかは、俺にもよく分かっていない。――が、アイツは断じて普通じゃない。強さも、その頭もな。取りあえず、油断はしないでくれ」


「……分かりました。その言葉を信用して、俺も何も聞きません」


 この瞬間、バロウッドの中でザギー・ローマンに対する警戒心が最大限にまで高まった。

 それだけの信頼が、既にグランとバロウッドの間には存在していた。


「――あっ。あと、一つ俺から報告がある」


 ふと、思い出したかのようにグランが声を上げた。

 グランの反応からして、大した報告では無さそうだったので今回はバロウッドも比較的警戒せずにグランの続きの言葉を聞いた。


「王国に俺達の存在がバレた」


「めっっちゃくちゃ大事じゃないですか!?!?」


 バロウッドの悲鳴は、夜に煌めく歓楽街に大きく響いていた。


 *


 時はバロウッドとの会話の前日。

 王城内にある会議室にて、グランとハルウォードを含めた国の上層部による会議が行われていた。

 議題は当然、件の『飛竜会』についてである。


 国王であるガルウォードが、グランに向けて言葉を放つ。


「グラン・フォン・バハムートよ。貴公のお陰で、我が国の問題点となっていた貧乏街の解体が成功した。それも、解体による被害者を一人も出さずにだ。息子の事といい、貴公には感謝してもしたりない。――本当に、感謝している」


 ガルウォードがグランに頭を下げると同時に、その場にいる他の上位貴族達も頭を下げる。

 多くの権力者から頭を下げられているグランは、それはそれは気分を良くしていたのだが、次のガルウォードの言葉で顔が強張った。


「だが、最近になってその改築の終わった街――ここでは、新貧乏街とでも呼ぶか。そこに、妙な組織が現れたらしい。街のほぼ全ての店を裏から支配している大規模組織だ、恐らくもっと前から存在していたのだろう。それが、今回の件で表に出てきた」


「……その、組織の名前は(いやぁあああああああああ! 言わないで! 言わないでぇえええええ!!)」


 じゃあ聞くなよ。


「――その組織の名前は、『飛竜会』というらしい」


 ガルウォードの言葉を皮切りに、各々の声が飛ぶ。

 だが、その各々の意見の多くは、“飛竜会を即刻始末するべきだ”というモノだった。


「臨時の討伐隊を作りましょう。大規模組織というからには、余程の実力者も組織に所属しているはず」

「いや、まずは調査をするべきだ。街の中に精鋭のスパイを紛れ込ませる」

「では、そのスパイの人材は私にお任せを。心当たりがあります」


 次々に意見が飛び、そして会議は止まる事無く進行していく。

 以前の飛竜会の会合とは大違いだと、グランはしみじみと思った。


「(やっぱりアイツ等無能だったか)」


 新たに出来た組織の初会合と、長年の歴史を誇る王国上位貴族の会議では訳が違うのだが、言ったところでグランは聞きはしない。

 それどころか、逆ギレしてくる事請け合いである。


 そして、会議の末の結論は“新貧乏街への精鋭調査隊の潜入”に決定された。


 *


「――なるほど。それは、対策のしようが無いですね……」


 頭痛を抑えるように額に手を当てて、唸るようにバロウッドは言った。

 そんなバロウッドの言葉に、グランは疑問符を浮かべる。


「何故だ? 調査隊員を見分け、隊員の前でだけ“まとも”に見えるよう振舞えばいいだろうが」


「王国の精鋭と呼ばれる調査隊は基本、僕らと似たような人種です。冷酷かつ冷静な判断を下せる人材が、気配を消す術を、人を殺す術を会得したとすれば、それは最早暗殺者と呼べる人物です。そういう奴等がやってくるんですよ、この街に。そんなの対策しようが無いでしょう? 見分ける以前に、見つける事さえ出来ませんよ」


 淡々と事実を述べるバロウッドは、それでもどうにか対策を考えようと必死で思考を加速させる。

 そんなバロウッドを尻目に、グランは飛竜会会長としての確かな判断を下した。


「――なら、侵入してくる奴等を全員、()るしかないな」


「……ですね。少々脳筋的考え方ですが、今思い浮かぶ策なんてそれしかありません」


 グランとバロウッドは、会話を交わしながら明確な殺意を高めていく。

 高まる殺意は何処までも高く昇り、やがては殺気へと変貌し、相手に伝わっていく。

 互いの殺気を感じ取った二人は、顔を見合わせずに街を見渡した。


「せっかく作った組織を、一年足らずで壊されたら溜まったもんじゃないからな」


「丁度、仕上げていた飛竜会の戦闘部隊の腕前も試してみたかったところです。王国の調査隊を根こそぎ殲滅したとすれば名も上がる、一石二鳥ですね」


 やっぱりコイツ等、似た者同士ではなかろうか。




「あっ、そういやもう一つ報告がある」


 ふと、思い出したかのようにグランが言った。

 嫌な予感が脳裏に過り、バロウッドは首を急回転させてグランの方へ顔を向けた。


「――調査隊の隊長、俺に任命された」


「先に言えやぁあああああああああああ!!!」


 バロウッドの絶叫は、深夜の歓楽街に響き渡っていた。

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