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第三十六話『読めない男』

“明日までにはスラムに住んでいる全員に話を通しておこう。報酬はきちんと用意しておいてくれよ? 貴族としてここに来た以上、君にも責任がある事は分かっているが、それでもまだ君を信用しきれているわけではないのだからね”


 などと、回りくどくも報酬金について念を押してきたザギーと別れ、グランはソレイル寮への帰路に着いていた。

 グランが『スラム解体』を一任されている事は未だ国王であるガルウォードとその息子であるハルウォードやリナリア、その他の上位貴族しか知らないが、されど特例として学園の授業を休み、公欠扱いで学外に一日中出かけていたグランが学園で注目を浴びるのは当然と言える。

 

 というか、グランは日々注目を集めてはいるのだが。


「(ジロジロと不躾に見てきやがって、もっと注目しろやボケ!)」


 今日も今日とて、絶好調なグランであった。


「グラン、少しいいか」


「良くない、俺は今日から忙しいからな」


「今日はもう終わるぞ、今の時間は八時半だ」


 ソレイル寮への道で待ち伏せられていたかのようにハルウォードと鉢合わせるグラン。

 今や長年の付き合いになった両者の間は遠慮のない関係で結ばれている。

 グランも、ハルウォードに対してだけは演技の度合いが少ないようだ。


「(だってコイツ原作に出てこないし。そこまで演技必要ないっしょ!)」


 違った、長年の付き合いだからではなくシナリオへの影響が少ないからだった。


「一日は夜の0時に終わる。今の時間から計測すると今日はまだ三時間半は余ってる事になるぜ?」


「君は何時に寝るんだ?」


「夜の十時」


「あと二時間も無いじゃないか! 少しは夜更かししろ!」


「夜遅くに寝たら明日の調子が落ちるんだ、何故なら眠気が残るから」


「ああそうだろうな知ってるよ! 何故なら僕も君と同じ人間だからな!」


「(うるさいなコイツ、騒ぐの好きなのか?)」


 騒がせている元凶には自覚が無いようです。


「んん! ……単刀直入に言おうか。――ザギー・ローマンという男に気を付けろ」


「あ?」


 淀みなく進んでいたグランの足が、ピタリと止まる。

 グランが顔を横に向けると、そこには自分に並走して付いてきていたハルウォードのやけに真剣そうな表情があった。


「……俺がザギー・ローマンと話していた事、誰に聞いたんだ」


「別に人に聞いたわけではない。ただ、予測できた事だったというだけだ」


 止まっていた足をまた動かすハルウォードに続き、グランも速足で歩き始めハルウォードの横に追いついた。


「ザギー・ローマンは、かなりの守銭奴でな。名字を聞けば分かるだろうが、以前まで貴族だった男だ。王国の元宰相で、横領がバレて社交界から追放されたと、聞いた事がある」


「(何してんだアイツ)」


「だが、今は王都にあるスラム街の頭を務めているらしい。だからこそ、今日君もザギー・ローマンの下へ訪れていたんだろう?」


「……ああ、まぁな」


「ならば気を付けろ。奴は、誰よりも読めない(・・・・)男だ」


 ザギーの姿でも視界に思い浮かべ、映しているのだろうか。

 ハルウォードは遠い目をして、先に続く道をジッと見つめていた。

 

「(安心してくれ! お前も俺にとっちゃ読めねえ奴だよ、シスコン君!)」


 それは安心する要素ではない。


 *


 ハルウォードからの忠告を受けた日の翌日、グランは遂に『スラム解体』の業務に取り組んでいた。

 国から用意された傭兵達にはスラムに建ち並んでいる廃家を取り壊すよう頼み、グランは現在その指揮を執っている。


「その家は改造すればまだ使える! 壊さなくていい! 向かいのボロ屋の方に取り組んでくれ!」 


「分かりました。直ちに取り組ませていただきます」


 バロウッドから用意された地図を元に、各地下室の真上に位置する廃家を壊させないよう、細心の注意を払ってグランはスラムで動いている傭兵全体の様子を隈なく観察している。

 無論、嫌々ではあるが。


「(何で俺がここまで神経張り巡らせなきゃならねえんだ! こういう頭使う仕事はあのクソ野郎の得意分野だろうが! サボってんじゃねえぞ!)」


 と、無茶を零すグランの内心はいつも通りに荒れている。

 

 普段はスラム街を中心に活動しているバロウッド及び飛竜会のメンバーは、予め何処か別の隠れ家に移動していた。

 それは、『スラム解体計画』の主導者であるグランが組織内に居たからこそ可能だった事であり、計画の始動時期を予想できなかった闇組織は言うまでも無く、


「な、何でこんなところに傭兵が居るんだよ!?」


「に、逃げろ馬鹿野郎! 捕まったら終わりだぞ!!」


「(まーた居たよ変な奴、いい気味だから別にいいけど)」


『道徳心無し男』ことグランの主導する国軍所属傭兵の手にかかり、見事に皆牢屋にぶち込まれていった。


「(でも、ザギーは結構上手くやってくれたみたいだな。道端に座り込んでた奴等も軒並み居なくなってるし、そんなに人望あんのかアイツ? ――いや、もっと人望とは違う支配力的なもんか。そうじゃないと)」


――そうじゃないと、治外法権のスラム街でのし上がるなんて、不可能である。


「……あの酒場は壊すなよ! アレを壊したら、スラム街の連中が何をするか分からない」


 せめてもの保険をかけて、グランは解体計画を順調に進めていった。

 

 そして、その日から三日後。

 スラムは数軒の建物を残して、小さな地平線が存在する荒れ地となっていた。

 残っている建物の内、酒の匂いが漂う酒場にグランは四日ぶりに立ち寄った。

 そこに居るであろう、守銭奴に報酬金を支払う為に。


「やぁ、解体計画は上手く進んでいるようだね。それは結構な事だよ。他人事とは言え、責任を負っているのが私ではないとは言え、私が手伝っておきながら失敗されるのは夢見が悪いからね」


 まぁ、例え失敗していたとしても金はしっかり貰う訳だがね、と続けてザギーはいつものニヤケ面を浮かべる。

 その余裕そうであり、尚且つ金以外では崩れそうにない安定感のあるその表情が、気に入らないとばかりにグランは顔を歪めそうになって堪えた。

 下手に感情を表に出せば、また弱みを握られてしまうかもしれないからだ。


「(リナリアの時みたいな事は、二度と起こしたくない……!)」


 どうやら、あのパーティの一件が酷くトラウマになっているらしい。

 まぁ、自業自得な訳だが。


 ザギーの座っている席まで移動して、グランは金貨を詰めた袋を十個、テーブルの上に乗せた。

 ジャラリと音を鳴らす袋に、ザギーは目線だけを向ける。


「ほら、御礼だ。今回の件、感謝する。ここにまた新たな街が経ったら、この酒場もリニューアル……ではなく、改築してやる」


「いんや? 別にしてくれなくてもいいよ。どうせ、建て替えられた酒場のメニューなんて値段が跳ね上がっているだろうからね」


 手渡した袋の中から金貨を一枚取り出し、それを眺めながらザギーは言う。

 

「(金を見ている時は単純そうだな。読めない男、なんて言葉の信用性が下がるぜ)」


 ハルウォードの言葉を脳裏に浮かべてザギーを見ると、金さえ掴ませれば言う事を聞くザギーは何とも行動の読みやすい単純な男に思えてくる。

 まだザギーとは四日の付き合いな訳だが、グランはザギーをただの守銭奴キャラとして自身の中で定着させてしまっていた。

 判断が早すぎ且つ適当過ぎな気もするが、それもいつもの事である。


「はっ! なら、お前だけ特別価格にしておいてやるよ。それも礼のうちに入れといてやる」


「ほぉ? それまた随分と、太っ腹な言葉を吐いてくれるねえグラン君。私は何だか君の事が好きになってきたよ」


「(ちょろいなコイツ)」


 予想通りの反応に、思わずグランは軽く笑みを浮かべてしまった。

 

 ザギーの対面の席に着き、グランは時間を潰しに来たかのように酒場の奥に居る店主に安酒を注文した。

 すぐに差し出されたその酒を一口飲み、盛大に顔を顰めたグランを見てザギーは愉快そうに笑った。


「ところでグラン君、一つ聞きたい事があるだけど、いいかい?」


「あ? 別にいいぞ、何だって答えてやる(にしてもこの酒度数高すぎない? 絶対アルコール濃度30%はあるだろ)」


 酒に対する意識の方が勝っているのか、ザギーの言葉に対し反射的に返事をするグラン。

 そんなグランの反応に、ザギーは表情を変えずにこう言った。


「飛竜会というのは、これからスラム街を中心に活動していくのかい?」


「ああ、そうらしい。まぁ俺はそういう事には素人だから、飛竜会の活動はバロウッドに任せて……は?」


 コップに入った安酒から視線を外し、勢いよくグランは顔を上げて驚愕に染まった表情でザギーを見た。

 グランの目に映ったザギーの表情はいつもと変わっておらず、それがまた不気味に見えると、グランは思う。


「――何故、知っている」


「そう殺気立たないでくれよ。さっきも言ったじゃないか、私は君に好意を抱いているんだ。そんな君からそんな殺気を向けられては、幾ら金にしか興味のない私でも傷ついてしまうよ?」


 帯剣の無いグランは既に魔力を全身に流し、身体能力を大幅に向上させている。

 今のグランならば、おそらく数秒でこの酒場を破壊する事ができるだろう。

 そんな、凄まじい魔力の波動を感じ取りながらも、ザギーの表情は薄い笑顔のままだった。


「次はぐらかせば殺す、さっさと答えろ。何故お前がそれを知っている」


「そういう君は誤魔化さないのだね。てっきり、何の事だ? とか、何だそれは? とか。そういう反応を期待していたのだけど……まさか、天下のグラン・フォン・バハムートがこんなにも殺気立つなんて。これは、私が凄いのか、それとも君が思ったよりも小物だったのか。果たしてどちら何だろうね」


 瞬間、グランの姿がその場が掻き消えた。

 ザギーの真後ろに姿を現したグランは、音速でその拳をザギーの後頭部目掛けて繰り出し――それをザギーは易々と躱して見せた。


「クソがっ!(やばいやばいやばい! この段階で俺が闇組織作った事がバレたら、主人公の前に悪役として立つ前に舞台から退場させられるぅううううう!!)」


 焦った表情でグランはザギーの方を向き、全速力でザギーを殺す為に身体に流す魔力の量を増やしていく。

 連打を繰り出し、乱打を繰り返すグランの猛攻を、ザギーは右手のみ(・・・・)で受け流す。


――両者の実力には、天と地程の差があった。


「流石は『王国最強』と謳われるグラン・フォン・バハムート。“フォン”の血統は健在か、それとも復活したのか……興味深くはないな」


「っ! 【豪炎】!」


 心底つまらなさそうに何かを呟くザギーに激昂し、即座に両手に魔力を移動させてグランは叫び声を上げる。

 すると、そこで初めてザギーは目を鋭く光らせ、


「それは駄目だよ、グラン君。遊びじゃ済まなくなる」


 見えない何かを切るかのように、左手を手刀の形に変えてグランの前で一刀両断した。


「何っ!?(ま、魔力が途切れたぁああああああああああ!?!?)」


「ああ、安心してくれ。君の身体に異常はないよ。魔力も、まぁ明日になれば元通り使えるようになるだろう」


 驚いたように両手に目を向けるグランを宥めるかのように、ザギーは服に着いた砂を払いながら言う。


「取りあえず、私は君に敵対する気はないよ。そこだけは納得してほしい――君を、殺したくは無いからね」


「(テメエぇええええええええええええ!! 俺程度ならいつでも殺せるってか!? 殺せるってか!? つーか誰だテメエ! 消えろ!)」


 落ち着きなさいよ。


「――もう一度聞く。なんでお前がその話を……いや、何処でその話を聞いたんだ?」


 落ち着きを取り戻したグランが、それでも尚最大限の警戒は解く事無く再度同じ問いを投げかける。

 その問いに、ザギーはいつも通りのニヤケ面を顔面に張り付けたまま、


「質問の仕方を変えたところで、君の質問に私が答える日は来ないよ。なぜなら、答える義務が無いからだ。答えたところで私に利がある訳でもなし、答えなかったところで私に不利益がある訳でもない。この状況で、何故私がその質問に答えなければならない?」


「……金なら、ある」


「それは酷く魅力的だが、微妙だね。今の私にはその金がある。金は無いからこそ魅力的なのだよ、グラン君。――ただ、ある条件を引き換えにしていいのなら、そしてその条件を君が引き入れてくれるなら、その質問に答えるのもやぶさかではないかな」


 一方的に話の軸を握られ、完全に後手に回っていると認識できていながらも何もできない事実にグランは歯噛みする。

 もしもここでザギー・ローマンという男を見逃してしまえば、後々必ず厄介な事になる。

 それは、グランがたった今ザギーから感じ取った気配の強さと実力から確信した事実である。

 

「……条件って、なんだ」


「――私を是非、飛竜会に入会させてほしい。きっと戦力になるよ」


「――――」


 一瞬、唖然とした。

 思考が停止していた頭を振るい、一度グランは目の前の男の顔を見る。

 ニヤケ面には変わりないが、少なくとも戯言のつもりで言っている訳じゃない。

 間違いなく、ザギーは本気で自身を飛竜会に入れろとお願い(・・・)している。


「(傍に置いていた方がまだ安心、か……。厄介過ぎんだよモブキャラが)」


 内心で舌打ちをして、渋々とした様子でグランは口を開く。


「…………分かった」


「返事が重いよ? グラン君」


「(うるせえ死ね!)」


 グランに睨み返されたザギーの顔は、心底愉快そうだった。 

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