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第三十五話『スラムの頂点『ザギー・ローマン』』

「(案外順調に進むもんだな、物事ってのは)」


 あの飛竜会の会合の後日、バロウッドの方からグランに『スラム再開発計画』を方針として活動していくとの報告があった。

 その報告を受け、グランは王城へと向かい、国王であるガルウォードから直接『スラム解体』を任されて、今正にそのスラムにグランは居た。


 貴族である事を隠そうともせず、グランは堂々とスラム街を立ち歩く。

 訝し気に、忌々し気にグランを観察するように、スラムの住人は一人で歩くグランを睨みつけている。

 彼等の身体は酷くやせ細っていて、何より不潔だった。

 長い間風呂にも入っていないんだろう、中にはハエが集っているのにも関わらず死んだ目で虚空を見つめている者も居た。

 

「(気持ち悪い略してキモイ! 俺の視界に入るなゴミ共!)」


 顔を顰めたいところだが、ここでスラム街への不快感を露わにしてスラムの住人と対立するわけにもいかず、何とか堪えるグラン。

 

 今グランがスラム街へ訪れているのは、スラム街を仕切る大将と手を結ぶ為である。

 大将と大袈裟な肩書をつけて呼んだが、要はスラムの(トップ)と話をつけて、スラムを解体している間スラムに住んでいた人達をじっとさせていて欲しい、というお願いもとい命令をしに行く為だ。


「(いやマジあっちから来いって話だよマジで。何で貴族の俺がスラムの馬鹿大将に会いに行かにゃならんのだ!)」


 こちらの都合でスラムを解体するからである、おっと正論を言ってしまった。

 

「お、おいお前!」


「あん?」


「ここに何しに来たんだ! さっさと帰りやがれクソ貴族が!」


 背中に声を掛けられ、後ろを振り向いたグラン。

 振り向いた先には、頬のこけた少年が憎々しそうにこちらを睨んでいるのが見える。


「(……誰? そして俺を苛つかせるな、ただでさえ苛ついてんだから)なんだお前は?」


「ここには、お前みたいな貴族に陥れられて人生滅茶苦茶にされたような奴等が大勢いるんだ! だから帰れって言ってんだよ!」


 目に涙を溜めて、少年は叫ぶ。

 叫ばれた方はなんのこっちゃと微塵も心を揺らしてはいない。

 相手の良心に訴えかけるには、相手が悪すぎるというものだ。


 だが、


「一つ聞きたい事があるんだが」


「ひっ! ……な、なんだよ」


「(なるほどなるほど、一瞬だったが俺に対して怯えたな。って事は、この餓鬼も貴族に対してトラウマがあるわけだ、ざまぁ味噌)」


 演劇人としての洞察力を以て少年の感情を見抜き、いつもの如く内心で嘲笑するグラン。

 

「このスラム街を現状仕切っている奴は誰だ?」


「し、仕切ってる奴? そ、それをお前に教える義理は――」


「教えてくれたら報酬をやろう」


「「このまま真っ直ぐ行った先の酒場に居る『ザギー・ローマン』です!」」


 グランの言葉に返事をしたのは、目の前に居る少年ではなく通りに建つ廃家の窓から顔を出して大声を上げた二人の男女だった。

 

「(あの感じは恋人同士か? スラムにもカップルとか居るんだな、どっちも大した面じゃないが)」


 失礼である。


「そうか、感謝する。それ、報酬金だ(金に群がれ貧乏人共!)」


 内心でどこぞの性悪金持ちのような言葉を吐きながら、グランは懐から金色に光る硬貨を廃家の男女に投げ渡した。


「こ、これって、金貨!?」


「ああ、そうだ。大事に使えよ?」


「は、はい! ありがとうございました!!」


 涙ぐみながら喜び合う男女を見て、ほんの少し気分を良くしながらグランはまた歩を進める。

 そんなグランの背中に、少年はまた声をかけようとして――遂に声をかける事は無かった。

 その時の少年の顔は、後悔の色が濃く出ていた事に、他の誰も、その少年自身ですら気づかなかった。


 *


 道を歩くにつれ、アルコールの匂いが鼻を衝く。

 未成年の頃はこの匂いが苦手だったが、成人してからは何も感じなくなった。

 むしろ、好きになったくらいだ、とグランはしみじみ思う。


「(とは言え、度数が高い酒は嫌いだけども)」


 前世では下戸だったグランであったが、今世ではどうなのだろうか。

 酒豪ではないと思いたいものだ、性格が悪いのだし。


 そんな風に、懐かしさに酔いしれながらグランは歩き、遂にスラム街唯一の酒場に辿り着いた。


「ザギー・ローマンは居るか?」


「……ザギー・ローマン、ねぇ」


 人気の全く無い酒場に足を踏み入れ、声のした方へグランが顔を向けるとそこには椅子に座り、テーブルに銅貨を山のように積んでいる男が居た。

 目を細めて男の方へ身体を向けるグラン。

 男はそんなグランの反応に、苦笑交じりの言葉をその口で発した。


「名称で言われてもそれが君の本当に探している人物を特定できるかは分からないよ。もしかすれば、同姓同名の別人が誤って見つかってしまい、その人物が偶々君の持ち合わせる情報と合致してしまって君の中で特定されてしまうかもしれない。ともするならば、名前だけを出して人を探すのは余り良い方法とは言えないね」


「なるほど、お前がそうか」


 喋り続ける男の言葉を右から左へと聞き流し、自らの中で情報を完結させたグランは目の前の男をザギー・ローマンだと判断した。

 何故なら、それ以上考えるのが面倒臭いからである。


「私が君の探しているザギー・ローマンとは限らないだろう? そもそも、私はまだ名乗ってすらいないのだから、一体どこをどう判断してその結論に至ったのか、経緯を知りたいものだね」


「ザギー・ローマンという名前に反応し、そして俺が知りえる情報ではそのザギーという人物はスラムを束ね、仕切り、そしてよく酒場に入り浸っている男。その情報に今んとこ最も合致してるのがお前だからだ、この酒場お前以外誰もいないし」  


「正確には、君と私だね。そしてなるほど、それらの情報から君は私をザギー・ローマンだと判断した訳だ。そこに理解を示してしまった以上、君の話を聞く義務が私にはあるのだろうね」


「一々回りくどい言い方をするな。普通に“君の話を聞こう”とでも言ってくれれば良いんだ」


 ウンザリした顔でそう言い放つグランに、ザギーは肩を竦めて、


「そうかい? ならば改めて。――君の話を聞こうじゃないか、グラン・フォン・バハムート君」


「……名乗ってねえぞ」


「赤髪に金色の瞳、そして貴族らしき格好に腰の剣。さらには君の全身から立ち上る存在感と自信、これだけ情報が揃えば、君が噂のグラン・フォン・バハムートである事は容易に想像がつく。ま、それも確定している事とは言えないがね」


「喧しいし腹立たしいんだよ。俺の人物判断にケチを付けて置いて、結局お前も俺とほぼ同じ判断方法じゃねえか」


 言いながら、ザギーの対面に位置する椅子にグランは座った。

 ザギーは片目を瞑り、薄笑いを口に浮かべて促すようにグランを見やる。


「……今、王国で『スラム解体』が話題になっているのを知ってるか」


「無論、知っているとも。それで? そのスラム解体を国王陛下から任されたのが他ならぬ君だったという事かい? むしろ、そうでなければ君が私の下を訪ねてきた意味が無いのだから、もしもその理由以外で私の下へ来たというのならば非常に興味深い事だがね」


「好奇心を折って悪いが、お前の予想通りだ。俺はお前にスラムの住人を説得して貰う為にここへ来た」


「安心したまえ、私の好奇心はこの程度で折れたりはしない。それに、私の好奇心は君がここへ来た理由などではなく、君自身に向いているのだからね」


「(素直にキモイ)」


 若干ザギーに引き気味になったグラン。

 グランも内心さえ表に出せば世の人々全てに引かれそうな男なのだが、当人はその自覚は無い。

 因みに、自分が変人である事に自覚が無いのはザギーも同じくである。

 

「私達は、意外と似た者同士かもしれないね。初対面でそこまで私と通常通りに話せているのは君が初めてだよ」


 極めて似た者同士だと思われる。


「お前なんかと一緒にするな。俺が通常通りなのは俺が変人だからではなく、俺が変人と話すのに慣れてるからだ(この世界で俺が関わりある奴って全員おかしな奴等ばっかだからな。ハルウォードとかリナリアとかライシアとかヘルザとか)」


 ぶっちぎりで頭おかしいのがグランである。


「っと、そんな事はどうでもいいんだ。それで、私が君の言う頼みを実行したところで、私にはどのような利益があるのかな?」


 ザギーのその言葉に、グランは意識を切り替える。

 

 ザギー・ローマンの人柄は分からないし、話してみて分かった事と言えばその人間性が常人とは異なるのが分かっただけ。

 ザギーの求める利益が何か見当もつかず、この段階まで辿り着いた。

 とはいえ、スラムに住んでいるザギーが求めているモノなんて、“金”以外にあるのだろうか。


 金が無いから、ザギーは今スラムに住んでいる。

 そして、金を手に入れる方法も無いから、スラム全体を支配するまでに、スラム内で登り詰めてしまっている。

 そんな風に、ザギーをスラムの住人として当てはめて、考えるとするならば、


「報酬として俺がお前に渡せるのは、“金”しかない」


「……かね?」


 “金”という単語を復唱するザギーに、グランは失敗したか? と素早い判断で保険をかけに回った。


「勿論、金だけとは言わない。お前に職を用意してやってもいいし、一般的な家で良いなら建ててやっても――」


「いや、そんな物はいらない」


 言葉を遮られ、イラっとしながらもそれを我慢してグランはザギーの方を見る。

 そして、出会ってからおよそ十分。

 その内には見れなかった素の、真顔で目を煌めかせているザギーの表情に、グランは目を丸くした。


「かね、とは金貨や銀貨などの金かい?」


「あ、ああ。勿論だ」


「……因みに、幾ら私にくれるつもりなんだい?」


「そうだな……大雑把にしか言えんが、取りあえずは金貨千枚程は約束しよう」


 因みに、金貨一枚は日本円で一万円だと計算してほしい。

 つまり、金貨千枚とは日本円で一千万円に等しい。


「――」


「ど、どうした……?」


 カチン、と擬音が付きそうな程急に動きが止まったザギーに、グランは珍しく戸惑っていた。

 そして、ザギーは暫くしてから、こう答えたという。


「――分かったよ。その仕事、私に任せてほしい」


「(もしかしてコイツは守銭奴なのですか? 原作者様?)」


 原作には出てきてません。




 

 


 


 

 

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