第三十四話『赤い曇り空』
バロウッドにより、早急な話し合いが必要だと思われた飛竜会はあの密閉された地下室から場所を変え、王都の宿の一つを貸切った場所で会合を行う事になった。
貸切った宿は王都にありふれた一般的な宿だが、それでも自分達だけで使えばかなりの広さだ。
出来れば、この後は自分一人を除いた他多数の人達で色々とやっていってほしい――と、グランは思っていた。
「急な呼びかけにも拘わらず、全団体の代表が全員集合している……嬉しい事です」
「前置きは良い。それよりも、何か用があるから我々を此処に呼んだのだろう? 早くその件について話せ」
宿の食堂になっている大広間。
そこに、悪人面の男達が輪になって会合をしている場面は客観的に見ればかなりシュールだろう。
実際シュールだし、しかもその中に噂のグラン・フォン・バハムートが混ざり込んでいるのだから、宿の女将は途轍もなく動揺していた。
「飛竜会の活動の指針について、明確にしておきたい事が幾つか御座いましたので」
「まぁ、確かに今話す事と言ったらそれ以外には無いだろうが……」
バロウッドの言葉に納得する素振りを見せていた男は、チラリと横目でグランを見やる。
その視線の意味は、飛竜会において最大の権力をグランを差し置いて真っ先に発言をしていいのだろうか、という意味なのだが、
「俺はこういうのについては素人だからな。気にしないで良い」
「わ、分かりました! では、私からの案ですが――」
ここから、約五十団体とバロウッドによる本格的な活動方針の擦り合わせが行われた。
「奴隷売買は近年益々取り締まりが強まっている! この先続けていくにはリスクが高すぎるのだ!」
「だからと言って俺達が完全にやめる必要はないだろう! そもそも、そっちがやっている薬物の密輸だって似たようなものだ!」
「なんだと!?」
「金の事しか頭にない亡者め!」
「(ブヒャヒャヒャ!! 阿鼻叫喚阿鼻叫喚!)」
醜い言い争いを見てテンションを上げるな。
罵声と怒鳴り声が響く大広間。
宿主である女将は困り顔で冷や汗をかいているだけだ。
こんな如何にも危険そうな奴等が宿に来ていたと人々に知られれば客足が減ってしまうだろうに。
男達のデカい声にいよいよ歯止めが効かなくなってきた瞬間に、大きな破裂音のような音が広間に響く。
音の鳴った方を見ると、バロウッドが立ち上がり両手を合わせているのが分かる。
「皆さん、話し合いに熱を入れて下さるのは結構ですが、あまり騒がれますと宿の方のご迷惑になりますので声を抑えてください」
全く笑っていない目で表情だけ笑みの形に変えるバロウッドに気圧されたように、その場に居た男達は息を吞んだ。
因みに、その中にはしっかりグランも含まれている。
「(顔怖えぇぇええええ!! そしてもう帰りてぇええええええええええ!)」
そう嘆くわけにもいかず、グランは努めて無表情でいる事を心掛けていた。
今だけは、常に表情筋が動く事のないヘルザとシャーリーに羨望の思いを向けるグランであった。
一旦はバロウッドの言葉に従い、冷静かつ静かな話し合いが進められた。
されど、内容が前進しているモノかと言われればそうでもない。
未だ飛竜会の活動方針は決まらず、各団体の意見も平行線だ。
故に、この話し合いを前に進められるとすれば、
「――少し、いいか」
圧倒的権力者が無理矢理に意見を貫き通す他に術はない。
「素人からの意見だからな。お前らが納得できるかどうかは保証できんが」
予め保険をかけるグランに、声をかける者はいない。
本来であれば、社交辞令としてグランの言葉を否定すべきなのだが、その常識を実行する様子も仕草も、男達にはない。
ただただ、グランの言葉を一言一句聞き逃さぬよう耳を傾けているだけだ。
その態度に、グランも何も言う事は無い――内心は別として。
そして、グランは静かに口を開いた。
「今、社交界では王都の貧乏街解体が話題として上がっている。何でも、国王陛下が王都西にあるスラムを国の問題点として長年に渡りその改善策を考えていたんだが、『五公』とも話し合った結果、スラムを解体して新たな街として稼働させる事が有効な手段として可決されたらしい」
何の脈絡も無く話の内容を切り替えたグランに眉を上げる者が何人かいたが、それでも話を遮ろうとする様子はない。
ただ黙って自分の話を聞いている彼等に向けて、グランは次々と言葉を紡ぐ。
「だが、ここで問題が発生する。それは、誰に任せるかという点だ。王都の範囲約十分の一を占めているスラムは、今や簡単に手出しできない状態にある。下手に解体してしまえば、仕事のない浮浪人や奴隷候補者が王都に溢れかえり、国の負担が増えちまう。必要のない人間達の掃き溜めとして機能していたからこそ、スラムは今日まで存在してきたんだからな。――それ故に、スラムの住人を掌握し、管理しながらスラムを解体して新たな街を建築できる指揮者になりえる有能な人材に任せたいと、国の方は思っているわけだ」
人差し指をピンと伸ばし、得意げに語るグラン。
うん、ウザい。
「……して、その話をした目的は何なのでございましょうか」
「単刀直入に言うと――俺がそのスラム解体計画に立候補しようと思っている」
ざわつく宿の大広間。
戸惑いの目で見てくる男達を前に、グランは内心で嘲笑しながら手を掲げ、その手を握り締めた。
すると、その場の音が消えた。
未だ混乱の様子はありながらも、先程までざわついていた男達は口を噤んで次のグランの言葉を待っている。
「(うん! 苦しゅうないぞよ!!)」
誰の口調やねん。
「スラム解体は、前の俺からすればやったところで何のメリットも無い事案だった。スラムを解体して、見ずぼらしい街並みを新たな街並みを作り直したところで、その街並みが俺のモノになるわけでもない。――だが、今となっては話が別だ。早急に組織を安定させる為の大金が必要な俺達にとって、今話した事は眼前に置かれた宝箱のようなモノだ、迷いもなく開けるべきな」
言い終わった後、静かにグランは立ち上がる。
自然と男達がグランを目で追い、これまた自然と成人を超えた男達が十四の少年を見上げる構図が出来上がる。
「スラム解体を果たせば国からもそれなりの報酬金が払われるだろうが、そこは大した目的じゃない。真の目的は、解体し終えた後の『新スラム街』を裏から支配し、そこで生み出される金を吸い上げる吸金システムを作る事」
その勢いのまま、グランは次の言葉を言い切った。
「俺が提案するのは、スラム街を解体し、俺達の手で新たな“繁華街”を作り出す『スラム再開発計画』だ。採用するかどうかはお前達の方で決めてくれ」
俺はもう帰る、とグランは宿から出て行った。
気が付けば、もう宿の外には夕日で染められた空が広がっている。
曇った空は見上げたところで夕日が見えたりはしないが、紅に染まる雲が綺麗なので良しとしよう、とグランは思う。
「(それにしても、『飛竜会』なんてまんま悪の組織じゃねえか。流石俺、遂に悪の組織を持つまでに登り詰めたわけか!)」
そんな綺麗な空に感動し、そして自分が今日まで成し遂げた事に感動する。
自画自賛にも等しいその心情は、この先も変わる事は無いだろう。
幸せそうな奴である。
*
結局、飛竜会はグランの提案した『スラム再開発計画』を一旦の方針として活動する事になった。
バロウッドとしては、一時的な計画を決めただけで計画を終えた後の仕事については先延ばしにしてしまった、という懸念があったが、それも恐らく大丈夫だという確信があった。
グランさえ居てくれれば、飛竜会は安泰だという確信が。
「(しかし、もしグランさんがこの先居なくなってしまえば、この組織は簡単に瓦解する)」
絶対的カリスマを持ったグランが居るからこそ、飛竜会は成り立っている。
しかし、いずれはグランも飛竜会から姿を消し、新たな会長の座に座る逸材が必要になる。
そして、それは決してバロウッドではない。
バロウッドは、自分がリーダー等という柄ではないと知っているし、柄ではない事をやる気も無い。
「(……今から悩んでも、意味はないか)」
いつまで経っても終わりに辿り着きそうにない思考を放棄し、バロウッドは息を吐いて皺の寄った眉間をほぐす。
不安は尽きそうに無いものの、今できる事はとにかくグランに合わせる他にない、とバロウッドは抱いた不安をどうにかして頭の中から放り出す。
まぁ、あの頓珍漢には合わせるだけで疲れてしまうのだが。
「それにしても……相変わらず、自由な人ですねぇ」
宿の窓の外、赤く揺らめく曇った空をどこかの誰かのように見つめて、バロウッドは呟いた。




