第三十三話『創設の次は安定を』
シベルク王国が存在する大陸は世界で最も大きなグレニキア大陸と呼ばれる大陸であり、その大陸上でのシベルク王国の領地は約半分を占めている。
言ってしまえば、世界で最も大きく強い国が、グランの住む『シベルク』になるのだ。
だが、大国なだけにその中身は一枚岩ではない。
人が多ければ治安の維持は難しくなり、その分人の質も落ちる。
つまり、大国であるシベルクでは所謂闇商売が横行しているのだ。
無論表沙汰にはなっていないが、少なくとも他の国より数が多いのは間違いない。
そんな数多くいる闇組織の中でも、バロウッドにより選ばれた五十の団体が今、とある地下室に集められていた。
「グラン・フォン・バハムートはまだか!」
顎髭を生やした男が怒鳴り散らす。
すぐに周囲に居た男の部下らしき者たちが男を宥めるが、その部下達も男の心情に共感せざる終えなかった。
バロウッドによりこの地下室に集められてから、およそ一時間。
いくら『簒奪者』として恐れらているとはいえ、所詮は若造である男から興味深い話を聞いたからわざわざ出向いてきたというのに、こうも待たされては気が滅入る。
室内に不穏な空気が流れ始めているのを、その場に居た全員が感じていた。
「――お集まり頂いているようで、大変恐縮でございます」
ざわつき始めていた室内に、若い男の声が響いた。
声の方を見ると、そこには黒スーツに身を包んだ一見すると優男に見える男が扉の前で立っていた。
言うまでも無く、バロウッドである。
ここまで待たせておきながら白々しく登場してきたバロウッドに、その場に居た全員が野次を飛ばした。
「ふざけるな! こんだけ待たせておいてお詫びの言葉もねえのかテメエは!」
「どんだけテメエのとこからブツ買ってやったと思ってんだ!」
「ぶっ殺されてえのか!!」
次々に飛び出してくる罵声は、次の瞬間に押し込められるように静まった。
「――うるせえな」
圧倒的存在感と威圧感を感じさせる、赤髪の男がバロウッドの後ろから登場した。
言うまでも無く――グランである。
室内に用意されている壇上にグラン一人で立ち、バロウッドは隅に控えるように移動した。
その場に居た全員の視線は、今やグラン一人に向けられている。
「(……なんか、演劇の舞台を思い出すなぁ。前はよくこんな風に観客の前で立ってたっけか。まぁ、そん時の観客はこんな悪人面だらけではなかったけども)」
遠い目で視界に映る男達を見回し、グランは小さく息を吐く。
そして、目を吊り上げ、部屋によく響くよう声を張り上げて語り始めた。
「知ってると思うが、俺がグラン・フォン・バハムートだ。まず初めに、俺は王国とは何の関係もない、という事だけ、断言しておこうか」
グランが王太子であるハルウォードや王女であるリナリアと近しい関係にあるのは、最早王国内では常識とされている。
その為、まず最初にグランは王国と自分との関係が目の前に居る彼等にとって無害であると断言したのだ。
少し訝しんでいたのか、一部の人が安堵したような息を吐いていたのを、グランは見逃さなかった。
「バロウッドから聞いているのは、今日この日にここへ来いという言葉だけなんだろう? なら、俺から詳しく説明してやるからよく聞け。俺が今日お前らに提案するのは――ここに居る五十団体を合体させて、新たな大組織を結成する事だ」
その言葉を皮切りに、その室内の音が消えた。
グランの声だけが響くその部屋は、酷く静かでうるさい。
異様なプレッシャーに襲われているグランは、それでも狼狽えた様子は見せなかった。
「正直言って、実現する気はしてない。お前ら全員の活動方針も違えば、活動区域も違う。そして、“こういう仕事”をしている連中が頑固な事も知っている。だから、俺の話に乗ってこない者もこの中にはいるだろう」
綽々と語るグランに気落ちしている様子は見られない。
元々、この計画が失敗しようと成功しようとグランからすればどうでもいいのだから、それは当然の事だ。
しかし、今は状況も相まってその余裕な態度が妙な凄みが生まれていた。
「それでも良い。俺が信用できないと、そう判断するのは各自の自由だからな。俺が強制する気もない――が、仮にもし俺が創設した組織に手を出したら、その時は全力で叩き潰す」
確かな殺気を言葉に乗せて、グランはその場にいる全員に向けて声を放った。
身震いする者や、顔を青ざめる者。
グランからの殺気に示す反応は様々だが、グランの言葉に対して強気に言い返す者は一人もいなかった。
まるで、この場に居る誰もがグラン・フォン・バハムートに敵う訳がないと、悟ってしまっているかのように。
「そして、今まさに俺の話に賛同してくれる同士達に約束しよう。俺は必ず、諸君らをこの国の頂へと連れていく。この組織を王国を丸ごと裏から支配するような大組織にしてみせると」
荘厳な言葉を多用するグランの話に、男達は必死に耳を傾ける。
普段なら笑い飛ばすだろう夢物語。
国を支配するだとか、頂だとかを達成しようとした事はない。
そんな事は不可能だと、察しているからだ。
――けれど、この人の下なら可能ではないのかと、一筋の光をグランに見てしまった。
「組織の名は『飛竜会』だ。俺の下で覇道を歩みたいと思う者だけ、この場に残れ」
そして十分後。
この地下室から出ていく人間は、一人もいなかった。
「(あ、誰も出て行かない感じですかそうですか)」
そんな空気に戸惑う人間は、ただ一人を除いて存在しなかった。
*
飛竜会の創設は滞りなく達成された。
それも、頑固な爺共をグランが上手く掌握してくれたお陰で、最初から多大な力を持った状態での創設だ、そこらの闇組織よりも既に上の力を持っている。
これならば、デノサイト家の再興の悲願が叶う日も遠くない。
人相の良い顔に凶悪な笑みを浮かべて、バロウッドは笑い、
「――ご機嫌だな(俺の気分は駄々下がり何ですけどね、面倒が増えそうで!)」
声をかけてきたグランの姿に、顔を引き締めた。
これで、グランとの契約が正式に執行された。
この先、グランは飛竜会の会長として、バロウッドは参謀として動いていく事になる。
少なくとも飛竜会の活動が安定するまでは、グランが本来の生活に戻る事も難しくなるだろう。
第一関門は既に突破した。
ならば、次に待つのは、
「――第二関門、正念場ですね」
飛竜会を創設できたからと言って、浮かれている場合ではない。
元々、創設は必須事項であり、別段喜ぶ事ではないのだ。
もし、喜びの余韻に浸る事ができるとするなら、それは正しくこの第二関門を超えてからの事だ。
それまでは、気を張って行くしかない。
「(えぇ……もうちょっとゆっくり行こうぜ。マイペース過ぎだよお前)」
と、誰よりもマイペースな男が言っています。
「創設したのなら、次は“安定”を。――飛竜会の指針を決めましょう」
「(嫌っす!)……分かった」




