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第三十二話『悪役コンビ』

 グラン・フォン・バハムート、14歳。

 あのメビリア家襲撃事件から四年が経ち、その事件も既に皆の記憶から消えて無くなろうとしている今この時に、事件の中心にいた二人の少年が王都大通りの裏路地で顔を合わせていた。


「お久しぶりですね、グランさん」


「ああ、久しぶりだ(ぶっちゃけ、死ぬまで会いたくなかったぜ)」


 四年前に、ほんの二日だけ共に行動していただけの二人は旧友に出くわしたかのように顔を綻ばせていた。

 もっとも片方はただの演技だが。


「約束通り、四年が経ちましたが……貴方は本当に時の人ですね。王国の何処に居ても貴方の噂が聞こえてきましたよ」


「噂? どんなのだ(ヘルザの時みてえなやつだったら許さん)」


 呆れたようにグランを見つめる少年――バロウッドは、自身の状況に無頓着なグランに苦笑する。

 そんなバロウッドの様子にグランは片眉を上げて、次の言葉を待った。

 

「『王国最強のグラン・フォン・バハムート』……今や王国中の誰もが知っている話です。以前、このシベルク王国において最大の兵力だった騎士団の団長にも勝利を収めたんでしょう?」


「俺だけじゃなく、ハルも勝っていたが? アイツの噂は出回ってないのか?(出回る必要性ないよね、だって俺の方が圧勝だったし)」


 そう、グランとハルウォードは以前共に国威の象徴である『シベルク騎士団』の団長であった男に勝利を収めている。

 というのも、グランは他貴族よりも遥かに王城へと足を運ぶ機会が多く、その道中で王城付近で訓練している騎士団の姿を目にする事も多かった。

 

 因みに、グランが王城に通う理由はハルウォードやリナリアに招待されるからだ。

 これは今や社交界では常識となっており、グランは既に公爵家嫡男級の扱いを周囲から受けていた。

 まぁ、確かにゲルバーグ公爵家の次期当主という立場にはあるので、そこまで可笑しい事ではないのだが。

 

 そんな日々を送っている中で、グランは内心で思ってしまったようだ。


“あれ? 俺この騎士団に圧勝できるんじゃね?”と。


 率直に言うと、阿呆である。

 この阿呆は一瞬脳裏に過った閃きを捨てる気になれず、ハルウォードに頼み込んで一日だけ騎士団の訓練に参加できるようにしてもらったらしい。

 そこからは単純だった。

 訓練に参加してすぐ、グランは騎士団長に決闘を申し込んだ。

 無論、その騎士団長も貴族の子息相手取る事に渋面を浮かべていたが、そこは演劇人グランの腕の見せ所。

 上手い具合に騎士団長の騎士道精神と闘争心を挑発し、膨張させて一対一の決闘へと持ち込んだ。


――その上で、この阿呆グランは鍛えてきた身体強化の技術と剣技を使って騎士団長相手に勝利を収めてしまったのだ。


「(ま、この俺相手じゃあ仕方ないと思うけどな。餓鬼に負けたショックであの騎士団長退職しちゃったみたいだし……いや、ハルウォードに負けるような雑魚じゃあいずれにせよ騎士団長としてはやってけなかったか!)」 

 

 因みに、ハルウォードは原作においてチートと呼べる程の天才だったと設定的に記されている。

 一体コイツにとっての雑魚とは?


「勿論、そちらの話も広まってますが……一侯爵家の子息が王国最強の騎士団長に勝った、という意外性には敵わなかったみたいですよ。貴方についての噂の方が数が多いです」


「……まぁ、悪い噂ではないようだし、俺は構わんが(いや構うわ! もっとやってくれ応援するぜ!!)」


 表情の変わらないグランの顔を見て、バロウッドはため息を吐いた。


「少しは気にしてほしいですね。この噂のせいで、暗躍しずらくなりましたよ」 


「そうか? だが、この噂のお陰で人が集まり易くなった……とも考えられるだろ?」


「その側面は否めませんが、それでも目立ちすぎるのは御免被りたいですね」


 反省してください、とばかりに睨みつけてくるバロウッドに、グランは内心で罵声を浴びせながら表面上は肩を竦めるだけに留めた。


「(流石は目立ちすぎて実家の悪事が公になってしまったバロウッドさん! 以前の経験が活きているようで何よりだぜ!)」


 嫌味ったらしい事この上ないな、コイツ。


 *


 デノサイト家が潰れてからというもの、バロウッドは着々と裏社会での地位を築き上げていた。


 貴族ではなくなったバロウッドに向けられる目は、表社会でも裏社会でも白い目ばかりであるが、表と違い裏ならばそんなバロウッドにも近寄ってくる輩はいる。

 貴族というプライド高い種族にこそ通用するあからさまな詐欺に引っ掛けようとする詐欺師や悪商人が、バロウッドを利用しようとして話を持ち掛けてくるのだ。


――そんな人種の者達を、バロウッドは見事に凌駕した。


 元々、デノサイト家は裏社会でこそ本領を発揮する根っからの性悪血統を今日まで繋げてきた糞みたいな家系である。

 その性悪の血を色濃く継いだバロウッドが、ただの詐欺師や商人相手に嵌められる筈がなかったのだ。


 近寄ってきた商会や詐欺師集団の頭は今やバロウッドにすげ替えられている。

 自らを利用してきた者達を逆に利用し、裏社会での地位を高めていく下剋上を現在進行形で成し遂げているバロウッドには、いつの間にか『簒奪者』という異名が付けられていた。



「……それで、ようやく計画を実行できるまでの権力を手に入れたのか」


 グランの言葉に、バロウッドは頷きだけで返した。


 グランが脳裏に思い浮かべるのは、最後に貴族(・・)としてのバロウッドと会った時にバロウッドが言い残していった言葉だった。


“では、また四年後に会いましょう。その時に、今回の襲撃をする条件だった“報酬”を、果たしてもらいますよ”


 本当に四年で、ただの若造が裏社会でも恐れられる程の力を手に入れたという事実に、グランは戦慄し、苛立った。


「(何で十代の餓鬼がそんな事成し遂げちゃってんだよ! 何なの? 裏社会ってそんなにチョロいのかよいい加減にしろクソがっ! ちょっとぐらい何処か欠陥あれよ愛嬌だろそんぐらい!!)」


 悪役に愛嬌を求めるなっつの。


「――なら、集まった人数もそれなりという事だな」


「ええ。俺の持っている権力と、アンタという圧倒的武力。そのネームバリューに惹かれて集まったのは、およそ五十程です」


 バロウッドが言った数字に、グランは片眉を上げて薄ら笑いを浮かべているバロウッドへと目を向ける。


「……五十人か?」


「――五十の団体です」


 先程までの薄ら笑いを深め、邪悪に、愉快そうに笑うバロウッドにグランは頬を吊り上げた。


「おいおい、集まりがスムーズ過ぎるだろ。また何かしたのか?」


「まさか。ただ単に、俺達の話が奴等にとっても有益なモノだったって話ですよ。俺は何もしていません」


「(うわーっ! 信用できねー!!)」


 若干バロウッドに対して引き気味になったグランだが、それでも一度契約を結んでしまった以上ここで帰るわけにもいかない。

 そうでないと、これから先自身の言葉に説得力と信用が無くなってしまうからだ。

 それに何より、一度口にした言葉に対し責任を持たないのは小物のやる事だという考えがグランの中にある為、グランがバロウッドの計画に乗らないという選択肢はないに等しかった。


 とはいえ、本当に不味い状況になれば実力行使でいつでも逃げられるので、まだまだグランには余裕があるのだが。


 そして、現在の互いの状況を把握した二人は、そこまで歩ませていた足を止めて、目の前にある廃家を見る。

 横に立つバロウッドの方を見る事無く、グランは呟くように言う。


「ここか……?」


「ええ。正確にはここの地下です」


 迷わず廃家の扉を開けて中に入っていくバロウッドに続き、グランも廃家の中へと足を踏み入れた。

 埃が舞い、歩く度にギシギシと音を鳴らす床は今にも崩れそうでグランは不快そうに顔を顰める。

 そんなグランの様子に苦笑しながら、バロウッドはある部屋に入り取っ手の付いている床板の横にしゃがみ込んだ。


「この下が地下室になっています。ここから先は荒廃していないので、安心してください」


「……ちっ、これからは一々ここを通ってその拠点に行かなければならないのか?(流石に違うよな? もしそうだったら俺は今すぐ帰るぞ)」


 さっき契約を破るわけにはいかないとか何とか言っていたが、そんな前言をすぐにでも撤回して逃げ出せる程には、グランは恥知らずである。

 故に、ここで返事の言葉を間違えてしまえばバロウッドの計画があっという間に瓦解してしまう。


 そんなグランの内心はいざ知らず、バロウッドは淡々として返事をする。


「後一カ月もすれば、ここから移動してより安全な場所に拠点を移します。とは言っても、そこも清潔な場所かと言われれば判断に迷うところですが……まぁ、ここよりはマシでしょう」


「そうか。なら我慢するしかないな(言ったな!? 今一カ月って言ったな!? 言質取ったかんな! 後で『やっぱ嘘』とか無しだぞ!?)」


 安心してくれ、そんな小物染みた事をするのはお前だけである。


 バロウッドとグランは共に床下から続いている地下通路へと降り立ち、五十の団体が集う地下会場へと移動する。

 足を進める両方の間に、沈黙が落ちる。

 決して気まずい空気ではなく、むしろ居心地の良さすらその二人は感じていた。

 原作では外道として扱われている『バロウッド』と『グラン』であった事が、唯一の欠点である。

 

「……そういえば、まだ名前を決めてなかったな」


「特に拘らず、適当でいいと思いますがね。所詮は裏社会に星の数ほどある組織の内の一つなわけですし」


「え? お前はお前が立てた組織をただの星で終わらせるつもりなのか?(え? お前馬鹿か? 星の数ほどある組織の中で人一倍輝いてこその俺だろうが! お前馬鹿か?)」


「……そんなつもりは、微塵もありません」


「なら、やっぱり名前には拘らないとだろ」


 顎に手を添えて考え込むグランを他所に、バロウッドもまた思考する。

 これから作る“組織”についての事ではなく、四年前から綿密に作り上げた計画についてだ。


 四年前、王家に目を付けられた時点でデノサイト家が没落するのは決定事項だった。

 故に、バロウッドは再び貴族としての格と地位を手に入れる為にグランとの交渉でメビリア家に楯突く代わりにとある条件を提示した。


 王家に次ぐ権力を保持する公爵家に歯向かうという事は、最早社交界での居場所を無くす事と道理である。

 そんな愚行を犯してまでバロウッドがグランに協力した理由はただ一つ、デノサイト家の再興の為に他ならない。


 自身が再び貴族として返り咲く為に、バロウッドが必要としたのは莫大な“金”と専属的な武力である。

 つまりは、バロウッドは私兵を欲していた。

 その私兵を集める為に、バロウッドはグランと協力関係を結んだのだ。

 私兵候補であるチンピラや詐欺師をバロウッドが集め、彼等をグランが求心する。

 組織の頭を自分ではなくグランに任せる事で、グランが自分を裏切られないようバロウッドは画策していた。

 

「(もっとも、グランさんもそんな事には既に気づいておられるでしょうが……それでも口に出さないという事は、俺の計画に乗ってくれているのか、それともまだ様子見の段階なのか。判断しかねるな)」


 いや、グランは全く以て自分がバロウッドの策に嵌められている事に気づいていません。

 アイツ、馬鹿なんで。


 しかし、どちらにしろバロウッドはグランが裏切る事は無いだろうと確信している。

 これはグランにも利益がある話だし、何よりグラン本人の人柄からして一度決めた事を曲げるような人間には思えなかったからだ。


 まぁ、グランの人柄はともかくとして、確かにグランがバロウッドを裏切る事は無いだろう。

 グランの性根である演劇人の性質的に裏切るにも裏切れないだろうから。


「良し! 思いついたぜ!」


 グランの声にバロウッドが目を向け、グランはニッと笑って高々にこう言った。


「『飛竜会』ってのはどうだ?」


 目をキラキラと輝かせているグランに、バロウッドは小さく息を吐いて頷いた。


「良いんじゃないですか? グランさんにぴったりの名前です」


「そうか! そうだよな! そうかもしれねえな!(『クソ・オブ・クソ野郎』にしてはよく分かってるじゃねえか!)」


 満足げに頭を上下に振るグランから視線を外し、再びバロウッドは足を進める。


「(これから、忙しくなりますね)」


 これは、後に王国最大の闇組織と謳われる『飛竜会』創設の、ほんの数刻前のやり取りである。


 

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