第三十話『魔法使いの天敵』
「(まさか、魔法が効かない?)」
自身を追い回してくる水蛇の群れから逃れながらも、グランは思考を深めていく。
シルザが魔法の扱いにおいてシベルク王国の中でも五本の指に入る程の達人である事は予め知っていた。
演劇の為にゲームをやり込み、原作の設定すらも網羅しているグランならば当然の事であり、必然の事である。
しかし、それでも理解はできていない。
魔法の達人である事と、魔法が効かない事は別問題である。
常人と違い、魔法を扱う者がある程度魔法への耐性を身につけているのは不思議な事ではないし、むしろ当然と言えるだろう。
けれど、それがずば抜けて高い――下手をすれば魔法の完全防御を可能としているシルザの生態が、グランには理解できなかった。
「(設定にもそんな事は乗ってなかったし、ゲームの主人公も通常攻撃が物理攻撃だったからな。気づかなくても無理はない……のか?)」
グランは水蛇から身を躱し、瓦礫と化した屋敷を駆ける。
追手である水蛇の攻撃に慣れたのか、グランの動きは明らかに効率化され、短縮化され、冴えてきている。
シルザもその事に気が付き、歯噛みしてグランを追撃する。
「っ! 物は試しだ!」
今までの小さな水蛇の群れではなく、シルザが出したのは水龍と呼んでも差し支えない程に大きな大蛇だった。
それを視認したグランが一瞬戦慄を覚えるものの、それでも先程までの思考を考慮して振り向きざまに腰の剣を大蛇に向けて振り抜いた。
――そして、大蛇は真っ二つに切り裂かれ、身体をただの水へと変えて消滅していく。
その現象に対し、グランは予想通りとばかりに口を歪ませ、シルザは驚愕で目を見開いた。
「――バロウッド!」
「了解です!」
シルザとグランの攻防の内にバロウッドは【破壊の女神】を解除し、ひたすらに魔力を練っていた。
シルザの魔力の奔流からは、バロウッドだけ対象外の存在になっており、この敷地内でバロウッドだけは安全だった。
故に、バロウッドは何度かシルザに攻撃する機会があり、本人もそれを狙って何かしらの魔法を放とうとしたのだが、それをグランが止めた。
「(これ以上俺の見せ場を取るんじゃねぇえええええ!!)」
と、自尊心を解放させたグランがバロウッドにハンドサインを送ったのだ。
そのサインで示されたのは『魔力を練っていろ』と、簡単でかつシンプルなものだった。
故に、バロウッドがその命令に対し疑問を覚えるのは必然だったが、それでもバロウッドは大魔法でも放つ直前の如く魔力を練った。
それは、グランの『下』に就いた以上、グランに逆らう事は出来ないという諦めと――ひょっとしたら、グランへの小さな信頼から。
バロウッドは練った魔力をその手に込めて、
「グランさん!」
グランへと魔力を送った。
魔力を送る事と魔力を放つ事では意味が異なる。
魔力を放つだけでは魔法とは異なる魔力単体による攻撃となり、相手にダメージを負わす結果となる。
しかし、魔力を送る事は相手への攻撃が目的ではなく、相手への魔力の供給が目的である。
故に、放つ事よりも難易度は格段に跳ね上がる。
相手を傷つけず、それでいて魔力を送れるよう繊細な魔力操作が求められる技術。
それを、バロウッドはグランに触れる事もせず、100メートル以上離れた場所からやってのけた。
「上出来っ!」
魔力を受け取ったグランは、それらを全て己の身体に流し込み、身体強化に全魔力を注ぎ込んだ。
魔力を用いる身体強化は上限があり、それを超えると身体が破裂して爆発四散という哀れな結果に陥る事もあるが故に、身体を鍛えて強化できる上限を上げておく必要がある。
しかし、魔法使いにおいて自身の身体を鍛える者は数少ない。
何せ、魔法とは遠距離攻撃であり、もし仮に近接戦闘のスペシャリストとの戦闘になったとしても、魔法使いならば相手が近づいてくる前に倒せてしまうのだ。
だからこそ、身体を鍛える時間があるなら魔法の技術を伸ばす。
それが通常の魔法使いであり、通常の考え方なのだ。
けれど――。
「強化完了だ」
グランは通常の魔法使いとは異なっていた。
カッコいいという理由で剣の道へと足を踏み出し、同時に魔法も伸ばしていたグランは、魔法においてシルザやバロウッドに劣っていたとしても、剣においてはこの場に居る誰よりも優れている。
故に、その身体は既に剣士として出来上がっている。
「(っしゃあ! 二秒で片を付けてやるぜ雑魚が!)」
強化された恐るべき脚力でその場から駆け出し、グランは迫りくる水蛇の群れを飛び越えて、空中に留まっているシルザに斬りかかる。
そして、グランの剣はシルザの頬を掠める形で空を切った。
「……私に、傷を」
シルザは呆然とした様子で頬を伝う血を手の甲で拭い、久々に感じた痛覚に顔を歪ませる。
そして、すぐに表情を怒りの形相へと変え、自身の横を通り過ぎていったグランの方へと振り返った。
「――? いない?」
だが、シルザが振り返った方向にグランの姿は無い。
透過の魔法でも使ったのかと、シルザはすぐに魔力の探知をするがそれでもグランは見つからない。
『もしや、逃げたのか』
そんな思考が脳裏を過り、シルザが街の方へと目を向けた瞬間、シルザの耳に忌々しい声が届いた。
「後ろだ、間抜け」
シルザが声に反応するよりも先に、グランの剣は振り下ろされた。
「いやぁあああああ!!!」
背中を切られたシルザは、切られた衝撃と尋常でない痛みに耐えきれず、悲鳴を上げるが、それでもグランは攻撃を止める事はない。
「(耳がキーンってなるわ馬鹿!)」
苛ついた衝動から、グランは空に浮くシルザを地面へと蹴落とした。
蹴落とされたシルザは勢いよく迫ってくる地面に怯え、また魔法で浮き上がろうとしたが上手く魔力を練れずにそのまま身体を地面へと打ち付けた。
「がはッッ!」
血反吐を吐き、痛みに悶えるシルザの上後方から、聞き覚えのある声がする。
「――これで、少しは話を聞いてくれる気になったか?(プークスクス! いい気味!)」
女性の悲鳴を聞いて内心で笑みを浮かべるコイツはどんな屑だろうか。
表面上では紳士であり、今も真剣な表情を浮かべているのが尚更質が悪い。
グランの声を聴いたシルザは明らかに怯え、何とかしてグランから逃れようと地べたを這ってドレスを汚し、少しづつグランから離れていっている。
それに対し、グランは内心でシルザの事を嘲笑ってから――シルザへ向けて、緑炎を放った。
「? これは……」
その炎には、シルザも見覚えがあった。
例のリナリアとグランの件の際に、最初にリナリアが足を挫いた事があった。
それを治療したのが、このグランの魔法である。
そこまで思い出したシルザは、抵抗する事無くグランの魔法を受け入れた。
そうして全ての負傷を治療された後、シルザは静かに立ち上がり、ドレスに付いた泥を払う。
泥を払い終わり、乱れていた髪を整えて、シルザはようやくグランへと目を向けた。
「……何のつもりかしら?」
「何って、こういうつもりだが?」
すっ呆けた顔で宣うグランに、シルザはこめかみに青筋を浮かべる。
生意気なクソガキの顔にはいくらシルザでも感情を露わにするようだ。
シルザ、殴っていいぞ。
「そもそも、俺達は戦いに来たわけじゃない、話し合いに来たんだ。まぁ、そこまで事を進める為にほんの少しばかり荒い方法を取ってしまったが」
とか何とか言っているが、最初戦闘を仕掛けたのはグランである。
コイツ、完全にシルザに全ての罪を擦り付けようとしている。
「ほんの少し……?」
「(だまらっしゃい! 叩き切るぞ!?)」
バロウッドが信じられないモノを見るような目でグランを見るが、その視線を向けられているグランはバロウッドには目を移さず、内心でバロウッドを罵るだけに留まった。
シルザは、己を見つめる金色の双眼を見つめ返し、観念したようにため息を吐いた。
「……分かったわ。けど、ちょっと待って頂戴」
「ああ(もう暴れんなよ? いやマジで! 魔力残ってないから!!)」
もう既に勝敗は決している。
そして、既に決した勝負の後で相手に不意打ちを喰らわせるほど、シルザも恥知らずではない。
故に、そこまで怯える必要はないのだが、小物には無理な話だった。
シルザはグランの横を通り過ぎ、崩れた屋敷に目を移す。
そして、そんな屋敷の瓦礫の山へと足を運び、グランが張り直した結界術式の発動を停止させた。
「使うのは何年ぶりかしらね」
メビリア家含めた『五公』の本屋敷には、必ず結界術式が設置されている。
だが、その術式に与えられている機能は『結界』だけではない。
魔力の流れを逆流させるように流す事で機能が変わる、所謂二重術式である。
その効果は、『復元』。
「こ、これは……!」
「おぉ(羨ましいんだよボケがっ! また崩壊させたろかコラ!)」
崩れた屋敷が、見る見るうちに建て直されていく。
そうして屋敷が前の形に戻るまでに、一分もかからなかった。
やがて、屋敷の『復元』を終えたシルザが屋敷の中から出て、屋敷の庭園に居るグランとバロウッドの二人を屋敷内へと正式に招き入れた。
「倒した兵士たちはそのままでいいのか?」
「別にいいわ。それに、あの子たちは私の兵士じゃないのよ。あの子たちはただの“失敗作”」
「失敗作……? どういう意味ですか、それは?」
「――それも、後でちゃんと話すわ」
バロウッドが首を傾げて疑問符を浮かべる横で、グランが合点が言ったように首を縦に振った。
何かしらの情報が、以前グランの見た設定にあったのだろう。
故に、グランの態度は落ち着いている。
シルザはグランとバロウッドの二人を連れて、二階の執務室の中へと入る。
自然と立たされる事になるグランとバロウッドだったが、二人はその事に何も言わず、悠然とその場に佇んでいた。
――もっとも、一人は内心でかなり毒づいていたが。
「では、話を始めようか」
早速とばかりに、グランが口を開いた。




