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第二十九話『マジでどうやって育ったらそうなんだよ』

「俺の剣は重いぜ!」


 男は大きく振り上げた剣をそのまま階段下にいるグラン目掛けて振り下ろした。

 大きく音を立てて土煙を上げるその大剣は、グランに容易く躱されていたが、それでもその威力はグランに驚愕を与えるには十分すぎていた。


「(はぁ!? 階段が崩れたっつか、今のでこの屋敷のここら辺一部が崩れかけたんじゃねえのか!? どんだけ馬鹿げた威力してやがる!)」


 下手をすれば、この男と剣を交えているだけで自身の持つ剣とこのメビリア家屋敷が壊れる可能性がある。

 そう考えたグランは、構えていた剣を腰の鞘に納め、徒手で男の振り回す大剣を迎え撃った。


「素手で俺に敵うと思うなよ!」


「それは俺を倒してから言うべき言葉だろう(はっ! お前如き脇役(モブ)素手で十分なんだよ!)」


 重量感のある大剣を両の手で持ち上げ、男はグランに斬りかかった。

 その大剣の軌道をずらすように、グランは大剣の腹に掌を添えて受け流した。


「何っ!?」


 またも一刀両断し損ねた男は、グランの神業的な受け流しに驚きを隠せずにいた。

 グランに受け流された大剣の切っ先は再び屋敷の床へと下ろされ、男は致命的な隙を晒してしまう。


 そして、それを見逃す程グランは未熟でもなければ優しくもない。


「――少し早いが、チャックメイトだ」


 握り締めた右拳を弓のように引き絞り、グランは男の鳩尾目掛けてその拳を放った。


「があぁあああああっ!」


 グランの渾身の一撃をもろに食らった男は、その衝撃を殺せずに大きく後方へと吹っ飛んでいった。

 おそらく、暫くは食らった攻撃の余韻で立てないだろう。

 そう考えたグランは男が飛んでいった先から目を逸らし、崩れた階段を飛び越えてシルザのいる二階の執務室へと足を運んだ。


「……本当に人間か、アイツ」


 グランは殴った瞬間微かに軋んだ己の右手の指を動かしながら、静かに足を進めていった。


 *


 二階はやけに静かだった。

 一階と比べ、配置されている兵士の数は零に近く、偶に見かける兵士も練度が低く手刀で気絶させるのはグランにとって簡単だった。

 そして、やがてグランは誘導されている事に気づいた。

 おそらくはシルザが、グランが迷わず執務室に来れるよう目印として兵士を配置し、そちらへ進むよう誘導されているのだ。


 まるで、地面に落ちている餌を拾い食いしながら進む犬のように、グランはまんまとシルザの罠に乗っかっていた。


「(ふ、ふ、ふ、ふざけんなぁああああああああああああああああ!!!)」


 自分が“軽んじられている”と感じたグランは、一気に表情を怒りの形相に変えて音速とも見紛うような速さでシルザの待つ執務室へと向かった。

 高速でメビリア家の廊下を一直線に移動したグランは、シルザの気配を感じた部屋の前で急停止し、音を立ててその扉を開けた。


「ふふ、随分と騒がしい子ね。貴族ならもう少しスマートに入室しなきゃダメよ?」


 扉を開けたグランの視線の先には、余裕を見せつけるかのように椅子の背へと身体を預けて座るシルザがいた。

 そのシルザの様子に確かにイラっとしたグランだったが、片眉を上げて相手を皮肉るだけに行動を抑える。


「相手が自分の娘を己の欲の為に利用するような毒親ならば、そんな事をする必要も価値もないだろうよ」


「あら、酷い言い草」


 そんな事を言いながらも、シルザは笑っていた。

 まるでこの状況を楽しんでいるかのように、シルザはこの家へと襲撃に来たグランを歓迎していたのだ。

 シルザの態度にますます苛立ちを高まらせるグランは指を三本、シルザに見せつけるように立てる。


「俺達がここへ襲撃に来た理由は三つ。一つはバロウッドとヘルザの婚約解消の申し出。二つ目はバロウッド含むデノサイト家への一切の手出しの禁止。三つ目は……ヘルザの自由の要求だ」

 

 このメビリア家に来る前、バロウッドとの交渉の際に、バロウッドがグランの『下』に就く代わりに上げた条件の一つが今グランが発した、“バロウッド含むデノサイト家への一切の手出しの禁止”である。

 デノサイト家の長男であるバロウッドがヘルザと婚約するという事は、シルザの支配下にデノサイト家が下る事と同義。

 しかし、それはグランが最初から成そうとしていた大前提の条件であり、それを態々条件として掲げるほどバロウッドも几帳面ではない。


 故に、バロウッドはデノサイト家の自由を手に入れようとした。

 

 デノサイト家はシベルク王国の裏社会ではそれなりに顔の利く程度にはよく知られている。

 しかし、その知名度も公爵家であるメビリア家から目をつけられてしまえば使い道が無くなってしまう。

 バロウッドは、その可能性をできる限り無くすためにグランの交渉に乗ったのだ。


「なるほどねぇ……うん、最初の二つの条件は飲んであげてもいいわ。でも――最後の条件は絶対に吞めないわね」


 最後の一文に並々ならぬ感情を込めて、シルザは告げた。

 先程までヘラヘラと笑っていた顔は、真剣みを帯びた顔つきになっている。

 そんなシルザに微かに気圧されながらも、グランは辛うじて口を開いた。


「……何故だか、理由を聞いてもいいか?」

 

「簡単よ、あの子は私の大切な一人娘なの。近くに居たい、居てほしいと思うのは当然じゃなくて?」


 しれっとした様子でシルザはグランの問いに答えた。

 いよいよグランは耐えきれずに顔を顰め、シルザに対する理解を諦めた。


「……確かに、十歳の子供に傍に居てほしいと思うのは母親として当然の感情だ。けどな、それも程度による」


 言う必要も無いだろうことを言っているな、とグランは自覚しながら、それでも言葉を紡いだ。


「――自分が支配できるように、自分の子に感情を表に出さないよう洗脳するのは、度が過ぎてる」


 眉間に皺を寄せ、グランはその力強い眼光でシルザを射抜いた。

 シルザはゆっくりと椅子から立ち上がり、儚い笑みを口元に称えた。


「……価値観の相違ね」


「貴方の精神性の問題だ(マジでどうやって育ったらそうなんだよ)」


 そのやり取りの直後、シルザは屋敷の敷地に張っていた結界の術式の発動を解き、グランは予め練っていた魔力を掌に収束させた。


「【豪炎】」


 先に動いたのはグランだった。

 シルザに自身の掌を向けて、魔力を勢いよく発散する。

 発散された魔力は豪快な炎へと姿を変えて、シルザごとこの部屋を焼き尽くした。


「熱いわねぇ……まだ夏にしては早いと思うのだけど」


「……はっ! 流石だな(おいおいおい! 今のかなり至近距離で放ったと思うんですけど!? あの一瞬で移動したってのかよ! ふざけてんじゃねえぞクソが!)」


 炎上している部屋の屋根は穴が開いたように消し飛んでいる。

 その穴からは、どこから取り出したのか豪華な装飾の施された扇子を片手に己の口元を隠しているシルザの姿が見えた。

 口端を引き攣らせるグランに、シルザは微笑みかける。


「ほら、お返しを上げるわ」


 扇子を持っていない方の手を空に掲げ、先程グランが放った魔法とは比べ物にならない程の膨大な魔力をシルザはその小さな手に集中させていた。

 全身の毛穴が開くような寒気に襲われたグランは、超高速で屋敷内から脱出し、己の周りを簡易的な結界で包み込んだ。


「【蛇神の王(ナーガラージャ)】」


「っ! クソが!」


 蛇を象った水の塊が勢いよくグランに向けて放たれた。

 数えるのも馬鹿らしい物量で押し流されるように移動していく蛇の群れは、グランごとその屋敷を飲み込んだ。


「(割れるな割れるな割れるな割れるな割れるなぁああああ!!)」


 その余りの物量にグランの結界が悲鳴を上げる。

 簡易に済ませたその結界には既に罅が入り、いつ割れても可笑しくない。

 そして、グランの頬を伝う汗が地面へと落ちて触れた瞬間、その結界は音を立てて崩れ去った。 


「ちっくしょうがぁああああああああああああ!!」


 結界が割れた瞬間に押し寄せてくる蛇の群れを、グランは【豪炎】を用いて一掃する。

 しかし、その程度で数が減るのならばシルザがあれ程の魔力を使う筈もない。

 無限に湧いて出る蛇にとうとうグランも音を上げそうになる。


「――絶体絶命ってとこですか?」


 と、そんな絶望的瞬間に、右肩にニヤケ面をしている男を乗せた巨人が現れた。

 その男とは――言うまでもないだろうが、バロウッドである。


「遅いっ!!」


 そのニヤケ面に苛立ちを隠せなかったグランは怒鳴り声を上げてバロウッドを睨みつける。


「人の悪事を勝手にバラすからそういう事になるんですよ、ざまぁみろってヤツです」


 そんなグランの視線をしれっとした様子で受け流すバロウッドは、グランから視線を逸らして空に“浮かんでいる”シルザに目を移す。

 

「どうも、無粋な登場申し訳ありませんシルザ公爵夫人」


「……いえ、貴方になら何時来られてもかまわないわ。バロウッド君」


 腰を折って白々しい礼をするバロウッドを、シルザは酔った目で愛おしそうに見つめていた。

 

「(うわぁ……三十過ぎの叔母さんに好かれるとか、アイツも終わりだな)」

 

 グランは憐れみを込めた目でバロウッドを見つめて、合掌していた。

 どんなタイミングでも通常運転な奴である。


「それはご勘弁を。伯爵家の人間が公爵家に何度も足を運んでいるとなれば、貴族の方々に訝しまれてしまいます」


「別にいいでしょう? 貴方はヘルザの婚約者なんだから」


 バロウッドに微笑みかけてそう答えるシルザに、グランは片眉を上げる。


「何を言っている。さっきアンタはヘルザとバロウッドの婚約を解消する事に賛成していた筈だ」


 そう言ってシルザを睨みつけようとして――グランは、おぞましい悪寒で全身を震え上がらせた。


「うるさいわよ。今、私が“魔族の子”と話しているところでしょ!」


 ヒステリックな高い声を上げて、シルザは己の魔力を解放した。

 渦巻く台風のように荒れ狂いながら放出される魔力は、魔法にすら至っていないのにも関わらずこのメビリア領一帯を吹き飛ばしてしまいそうな程の威力を持っていた。

 悪寒を感じたグランは、即座にメビリア家の結界術式の“元”を探し出し、自身の魔力を流す。


 そして、再びあの赤い結界をメビリア家の屋敷の敷地内を覆い囲むように張り巡らせたのだ。


「(クソッ! 結構持ってきやがるなぁ!)」


 崩れた屋敷の瓦礫の陰に隠れてシルザの荒れ狂う魔力をやり過ごし、グランは術式に魔力を流し続けた。


『術式』


 これは、魔力の保有量が少ない貴族に向けて開発されたとされる簡易魔法発動機である。

 特定の魔法を発動できる術式をどこかに描き、それに向けて魔力を流すだけで魔法を発動できるのだ。

 欠点としては、術式に必要以上の魔力を流し過ぎると術式が崩壊する事と、術式を用いた攻撃魔法は威力が軽減されてしまう事。


 故に、グランは術式に流す魔力を調節しようとするが――そんな事をする必要がない程に、メビリア家に張ってある結界の術式は強大だった。


「(こりゃ適当に流してるだけでも崩壊しないな。流石は公爵家、いい術式持ってるぜ、うちのとは大違い……つか、そもそもバハムート家に結界術式なんか無いな! ふざけんな! なんで公爵と侯爵でここまで扱い違うんだよ読み方一緒だろうが馬鹿野郎!)」


 読み方関係ねえだろ。


「いつまで隠れてるつもり? 貴方とかくれんぼをするつもりはないのだけど!」


「(十歳のガキ相手にキレてんじゃねえよババア!)」


 頭の冷えてきたシルザが魔力の放出を止め、消えたグランを探していた。

 首を回して空から探しているところを見るに、本当に見失ってしまったのだろう。

『どんだけキレてたんだよ……』と、グランは若干引いた。


「……【豪炎】」


 術式に流していた魔力を止め、グランは即座に自身を探し回っているシルザへ魔法を放った。

 その掌から発せられた炎の波は、空を飛んでいたシルザを吞み込んで燃え盛る。


「だから、効かないって言ってるでしょ!」


 その炎を、いとも簡単にシルザは振り払って見せた。

 その肌には火傷もしておらず、それどころか服に焦げ跡すらついていない。

 そんな無傷っぷりに、流石のグランも頬を引き攣らせる。


「(おいおい、何で効いてねえんだよ。今の完全にクリティカルヒットだったろ、会心の一撃だったろ! もうこうなったら、魔法じゃなく接近戦で――)」


 そこまで考えて、グランは何か引っかかりを覚えて首を傾げた。

 

「(そういえば、敵キャラであるシルザを倒すには何かしらの条件があったような……? なんだっけか)」


「っ! そこね!」


「って危ねっ!?」


 だが、その引っ掛かりについて考える暇もなく、シルザの扇子に導かれるように動き回る水蛇の群れをグランは躱す。

 時に炎で反撃を試みるも、シルザに大したダメージが通りそうな様子はない。

 とすると、


「(まさか、魔法が効かない?)」


 シルザへの対策法が、グランの脳内に浮かび上がろうとしていた。

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