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第二話『無表情なメイド』

「(うん、寝れんかった!)」


 これから始まるであろうグランの人生を懸けた悪役演劇を想像してベッドに潜った火村――グランは興奮しきった脳のせいで目が冴えてしまっていた。あの宣言の時から原作の情報を頭の中から引っ張り出し、いずれくる未来でやるべき事、というよりやってみたい事を想像するだけでグランの目はギンギラギンに輝いてしまった。


 そして、窓から差してくる微力な朝日を感じ、絶望を感じてついに寝る事を諦めたのだ。朝日を浴びると人間は睡眠を諦めるように出来ているらしい。

 死んだ目でグランは高く昇る太陽を眺め、次に部屋の隅に控えている一人の女に振り返った。


「(そんな事よりコイツ誰ぇえええ!!)」


 グランの私室である部屋の中。その部屋の隅に一人の女が立っていた。

 メイド服で身を包み、背筋を伸ばして無表情のまま固まっている。朝日を感じてベッドから顔を出してから直後にこの女の存在に気づいた時、グランは叫びだしそうになってしまっていた。

 自尊と演技への誇りで何とか堪えていたが。


「(せめてその無表情どうにかしろっての! 怖いんだよ能面女がっ!!)」


 怒鳴りそうになりながらも、それを何とか睨みつけるだけに抑える。


 ホラー映画が嫌いなグランにとって、暗い室内で無表情のまま固まっているメイドはどこぞの超大型巨人よりも怖い。というより、現実で常に無表情の人間が居たら、たとえ美人でも怖いものだ。いや、むしろ美人の方が怖い。


「(しゃあねえ、もう起きるか。起きたくねえけど)目が冴えた。今日はもう起きる」


「――はい、畏まりました」


「(おお! 本物のメイドだ。メイド喫茶とやらのメイドとはまた違うな)」


 本物のメイドを目にし、感心するとともにグランのテンションは上がっていた。以前、グランも演技の参考として演劇部の仲間と共に執事喫茶――に行こうとして部内の男子共のせいでメイド喫茶に行く羽目になっていた。

 当時は中々に苛立ちながらもメイド喫茶を堪能していたグランだったが、その機会があったからこそグランは気分を上げていた。


 そんなグランのテンションを爆上げさせた件のメイドは、怪訝な色を視線に込めてグランを観察していた。


 過保護な両親によって我儘に育っているグランは、常に早寝遅起きでだらしがない。あのままいけばいずれ太りに太りまくり、立派なデブになるだろうと予想していたメイドだったが、目の前に居るグランは様子が違う。今朝のグランはどこか上品さを感じる立ち振る舞いをしており、雰囲気も、表情もまるで違っていた。


 まるで、貴族のような――――って、コイツは貴族だったか。


「あの、グラン様」


「あ? なんだよ(働けよバーカ)」


 幼稚な暴言を内心で吐くのはやめなさい。


 好奇心に突き動かされ、衝動的にグランに声をかけるメイドを見る。グランに目を向けられたメイドは、一瞬肩を跳ねらせて、そしておずおずと、


「今朝はやけに早起きなようですが……何か理由はあるのですか?」


「ねえよ(あるよ)」


 どっちだよ。


 素っ気なく答えるグランにメイドは納得していないようだったが、これ以上の詮索はグランの態度を損しかねない為、メイドは問答を諦めた。


「……分かりました。答えてくださり、ありがとうございます」


「ああ(おー、感謝しろ感謝しろ)」


 けれど、やはりとメイドは思う。昨日までの怠慢不遜なグランとは、態度がまるで違う。

 

 昨日までのグランだったなら、たかが使用人が私に質問をするな! と理不尽に怒ってきていた筈なのだ。だというのに、今朝のグランは特に気分を害した様子もなく普通に答えてくれた。その様はまるで別人を見ているかのようだった。


 部屋のクローゼットから質のいい服を出し、それを丁寧に広げながらメイドは考える。


「(まさか、今までの我儘な態度は全て演技? いや、でもそんな事をする意味が……)」


 グランの服の用意をしながら、メイドは気づかれぬ程度にグランへと目配せをする。


 このメイド、中々に考え過ぎの面が目立つ人物のようだ。

 さて、そんな思考の中心となっているグランだが、


「(関係ない事を考えながら仕事すんじゃねえ! しっかり目の前の仕事に集中しろやこのサボり魔め!)」


 見事にキレていた。

 前世で仕事中に学生への怒りを爆散させていたのはどこのどいつだったのだろうか? 


 だが、メイドの心情を僅かな表情の変化で読み切ったのは見事と言えるだろう。他人とのコミュニケーションの上でこれほど便利で厄介な能力もない。しかし、この能力、技能のせいで他人が隠そうとしている事実、嘘でさえも見破ってしまう為、逆に生きにくくなることもある。実際、グランもこの能力のせいで現実に絶望し、友達さえも上手く作れず前世では社会人になってからの友人は須藤一人しかいなかった。


 その絶望がどのように晴れたのかは、分からないが。


「では、グラン様」


「ああ、着替えを寄越せ」


「はい?」


「え?」


 服を手に持ち、掲げるメイドにグランは手を出して服を受け取ろうとする。しかし、メイドはそんなグランの言葉に首を傾げ、グランはそんなメイドの反応に首を傾げる。


 互いに首を傾げあう二人。なんだか間抜けな光景である。


「ど、どうしたんだ?」


「いえ、あの……いつもは私がグラン様のお着替えをするのですが――」


「今日から自分でやる」


「え? で、ですが――」


「自分でやるって言っている。早く部屋から出てってくれ」


「は、はい。承知いたしました」


 不思議そうな顔をして部屋から出ていくメイド。そりゃそんな顔にもなるだろう。世話をしていた生意気な子供の態度と行動が今までとまるで違うのだから。

 だが、そんな子供の視点からすれば、


「(俺二十歳超えてんだけど!? 世話とかされる歳じゃないんだけど!?)」


 グラン・フォン・バハムート五歳。世話をされることに悩み始める年頃のようだ。

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