第二十八話『メビリア家襲撃事件』
王都から離れたメビリア領は、王都程ではないにしろかなりの発展を遂げていた。
キラキラと輝く街灯が暗い夜に良く似合っていると、バロウッドは場違いにもそう思った。
「(平民共が煌びやかに生きてんじゃねえよ! さっさと寝ろ!)」
グランは場違いにも苛立っていた。
今のグランは自分をコケにしたシルザへの怒りと普通ならもう寝ている時間に起こされているというストレスの相乗効果により、不機嫌の極みにある。
もしこの状態で騒いでいる若者たちとすれ違いでもすれば、すぐさまその者たちをまとめて殴り飛ばしてしまうだろう。
災害かコイツは。
「ここからは馬車ではなく徒歩で移動します。隠密に、静かに、それでいて素早く移動する必要がありますが……イケますか?」
「余裕だ(ふっ、前世では“忍び走法”を完璧に習得し、見事忍者の役をこなした俺の腕前を見よ!)」
グランの方へと首を回し、問いかけてくるバロウッドにグランはドヤ顔で返した。
そのグランの返事に頷きで返したバロウッドは、人通りの多い道を避け、裏道を通りながらメビリア家の屋敷へと移動し始めた。
グランはそんなバロウッドの背中を気配を消して追いかけていく。
まるで尾行をする探偵のように、暗殺を狙う忍びのように、グランは決してバロウッドに気配を悟らせる事なくその背を追いかけていった。
いや、バロウッドには気配悟られてもいいだろ。
*
「つ、着きました。ここが、メビリア家の屋敷です」
息切れを起こし、今も絶えず過呼吸みたいに息を吐いては吸うを繰り返しているバロウッドとは対照的に、グランはいつもと変わらぬ様子で目の前に立つメビリア家の屋敷を観察していた。
「……デカいな。それに、使用人というよりは警備兵のような者達が屋敷内に多く配置されている」
「み、見えるんですか?」
グランの言葉にバロウッドが驚愕して顔を上げると、グランは至極当然の事のように頷いた。
「当たり前だ。目に魔力を込めて視力を上げてみろ、お前にも見える筈だ」
「む、無理ですよっ!? 目のような繊細な器官に魔力なんて込めたら下手したら失明しますよ!?」
「(あれれぇええええええええ!?!? バロウッドさんってもしかして……無能なんじゃないっすかぁあああああああああああ!?)」
ででで出たー! グランの真骨頂、激煽りだー!
バロウッドを見下して調子に乗っているグランはさておき、バロウッドは塀で囲まれたメビリア家の硬く守られた要塞のような屋敷へともう一度目を向けた後、その要塞へと続く唯一の入り口である門へと目線を移す。
塀をよじ登って無理矢理侵入してもいいが、もし見えない結界の術式が張ってあった場合、すぐにメビリア家内の者にバレて捕まる可能性がある。
故に、出来うる限り確実な方法を取るとするならば、あの門から入っていった方が最善ではあるのだが。
「……門兵が二人いますね」
「ああ。それもかなりの手練れだ。あそこを搔い潜るのは至難の業だろうな(あの門兵ゲームでも強かったんだよなぁ、マジでただのモブキャラの癖に俺を足止めするとか許せん!)」
主人公に瞬殺されて終わる予定だったグランもぶっちゃけモブキャラと相違ないような気もするが、言わぬが花だろう。
「普通に入っていくのは、流石に無理か?」
「でしょうね、門前払いされて終わりです」
「(面倒くせえなぁ……)となると、やっぱ倒していくしかないか」
グランの言葉を聞いたバロウッドが暫く俯いて、思考に意識を向ける。
あのグランでさえも倒すのに苦労すると告げたあの門兵二人。
ならば、戦う事自体を避けた方が合理的だ。
だが、あの二人との戦いを避けるには危険度の高い、術式の結界が張ってあるかもしれないこの塀を乗り越えていくしかない。
どちらがより安全かどうかを、バロウッドは葛藤する。
そして、そんなバロウッドが思考を深めている間にグランは、
「――よし、行くぞ」
「は?」
塀を乗り越えて、メビリア家の庭園の地へとその足をつけた。
その瞬間、メビリア家全体が赤い膜で覆われるように塞がれ、何人たりともそこからは出られない脱出禁止の結界が発動した。
「――はぁあああああああああああああああ!?!?」
「(うるっさい!)」
グランの素っ頓狂な行動に思わず叫び声を上げたバロウッドは決して可笑し食わない。
むしろこの場面で余程狂っているのはグランの方である。
おそらく今考えられる中で最悪の手を打ったグランは、珍獣を見るような目でバロウッドを見ていた。
いや、お前の方がよっぽど珍獣だから。
「な、何やってんですか!? もうここから出られなくなっちゃいましたよっ!?」
「この術式が発動してるのは、何処かに術式に魔力を流している誰かが居るという事だろ? 魔力の質がヘルザのモノと似ているし、十中八九シルザ夫人だろうがな」
周りに集まってきているメビリア家の私兵に焦るバロウッドとは対照的に、グランは淡々と話を続ける。
「ならば、そのシルザ夫人を倒してしまえばこの術式に流れている魔力も消える。そうすればここから出られるようになる筈だ」
「そんな強硬手段が取れるわけないでしょうが! ここにどんだけの兵士が居ると思って――」
「それに、だ」
訴えかけるように大声を上げるバロウッドの言葉をグランが遮り、言った。
「裏からコソコソするなんざ、小物のやる事だ。そして俺は小物に成り下がる気はない」
故に、とグランは語る。
「最初っから正面突破しか方法はないんだよ!」
「それを最初っから言っといてくださいよぉおおおおおお!!」
迫ってくる兵士達を前に、グランは素早く腰にかかっていた剣を抜いて構え、バロウッドは懐から小杖を取り出し魔力を練り始めた。
*
「(素晴らしい……)」
メビリア家の私兵との戦いの火蓋が切って落とされた直後に、バロウッドはそう思った。
そう感じた理由は単純だ――グランが強すぎるのである。
「せぁああああああああああああああ!!」
たった一本の剣で数十人の兵士達を相手に一歩も引かずに突進していき、そしてそれらの兵士を吹き飛ばして見せた。
それだけではない。
兵士達の後方から飛んでくる魔法も、バロウッドに当たる前にグランが切って落としてしまう。
味方として、これ程頼もしい男はいないだろう。
「――よし、イケます」
「やれ」
魔力を練り終わったバロウッドが小さく呟くと、グランは不敵に笑ってそう告げた。
そのグランの言葉に頷きを返し、バロウッドは練った魔力を手に持った小杖を媒介に発散する。
「【破壊の女神】」
バロウッドの前に召喚魔方陣が現れ、そこから巨人が現れる。
魔力で身体を生成されたその巨人は、両の手を固く握り締め、その巨大な拳を己の真下へと振り下ろした。
地面へと叩き下ろされたその拳は凄まじい衝撃波と地割れを起こして一気に大半の兵士を戦闘不能の状態へと追い込んだ。
「(お、俺の見せ場がぁあああああああ!!)」
見せ場を気にするグランはその結果に激おこである。
「アンタはこのままメビリア家に突っ込んじゃって下さい。十分は時間を稼いで見せますよ」
「四分でいいぞ、それで終わらせてやる(ふざけんな! これ以上お前を目立たせてたまるかってんだ! 調子に乗ってんなバーカ!)」
不敵に笑って、大胆不敵な返事をするグランにバロウッドは苦笑した。
まだ顔を合わせて一日と経っていないのに、何とも不可思議な信頼関係を築いてしまったものだ。
初めは自身を陥れようとしたこの男を恨んでさえいたのに、今では共に背中を合わせ、シルザ・メビリアに立ち向かうなどという無謀な真似をしてしまっている。
本当に、以前の自分に言っても信じやしないだろうと、バロウッドは思った。
「……まぁ、それを悪くないと感じているのも事実ですがね」
去っていくグランの背中をチラリと見送った後、バロウッドは次々と現れる兵士の集団を相手に誰かとよく似た不敵な笑みを浮かべて見せた。
*
公爵と侯爵では階位は一つしか違えど、与えられている権力にはかなりの差がある。
シベルク王国の『五公』は国から統治するよう与えられている領を含め、王都を除いた国の領域を五分割された土地の管理を任されている。
それはつまり、公爵から下の階位の貴族たちが統治している土地ですら、元を辿ればその公爵のモノである事になってしまう。
故に、公爵に与えられる権力は侯爵と比べて圧倒的に強いのだ。
「(だから何だって話だけどね!? 権力なんざ強過ぎたら周りに与える影響が大きくなりすぎて逆に動きづらくなっちまうもんなんだよ! だから公爵から一個下の侯爵ぐらいが丁度いいんだよ分かったかボケ!)」
と言いつつも、メビリア家屋敷の内部に配置されている兵士の多さを目にし、改めて己の家との金と権力の差を感じたグランであった。
「(ああもう邪魔邪魔邪魔! どうせ敵わないんだから俺に太刀打ちしようとすんじゃねえよ雑魚兵士共が!!)」
そうして感じた公爵家との差への苛立ちを、目の前の兵士達を相手に発散しているグラン。
つまり、ただの八つ当たりである。
「おぉっ! やるなぁ~おい!」
暴れまわりながらもメビリア家屋敷の二階へと続く階段へ向かっていたグランの頭上から、気の抜けるような場違いな声が響いた。
「っ! ……危ないな(あぶねぇえええええええええ!! 今死んでたよ!? 下手したら二度目の死を迎えてたよ!?)」
自身の真上から迫る剣先を紙一重で横に躱し、グランは頬を伝う冷や汗を拭う。
渾身の一撃を躱された男の方は、目を見開いてどこか嬉しそうに声を上げた。
「今のを躱すのかよ! 本当にアンタは貴族様かぁ~!?」
「そういうお前は一介の兵士には見えないな、先の攻撃にも魔力が籠っていた。何者だ?(原作には……出てきてないな。つまり原作にすら出てきてないモブが俺を殺しかけたってことか!? ふざけるのも大概にしやがれ!)」
「まぁまぁ、んなことはどうでもいいじゃねえか~」
眼を鋭く細め、睨みつけてくるグランの視線を男は飄々とした態度で笑って流す。
その男の態度にグランはこめかみに青筋を浮かべるが、何とか怒鳴りそうな口を閉じた。
未だにニヤニヤと笑う男は興味深そうに、今もグランを観察している。
「なぁ、お貴族様よ。アンタは何でこのメビリア家へ襲撃に来たんだ? ヘルザ様を助けるってだけならもっと穏便に済ませる方法もあっただろ? なのにどうしてここに来た?」
「……それを、お前に言う義理がないな」
「言ったらここを通してやるよ。勿論、アンタが何を企んでいようがな」
「(信用できねえっつの)」
自身の名前も、それどころかメビリア家の兵士であるかどうかも定かでない男の言う言葉を信用できる程、グランはお人好しではない。
というか、グランをお人好しと呼ぶなど勘違いも甚だしい。
グランは正真正銘の演劇狂い。演劇の為ならどれだけ非人道的な行為だろうと躊躇わずにやるだろう。
故に、グランは――。
「――分かった」
「お! そうかそうか! じゃ、早速――」
笑って近寄ってくる男に、グランは手に持っていた剣の先端を向けた。
「お前を倒して、先に進むとしよう」
「……へっ! 脳筋野郎が、後悔すんなよっ!」
男は一度だけ驚愕を表情に表し、すぐさま先程までの薄ら笑いを顔に張り付けた。




