第二十七話『いい歳して初恋とか言ってんなよ!』
グランはバロウッドを連れて校舎の屋上まで移動していた。
既に昼休みは終了しており、学園の授業が再開されているのだが、この二人は当然のようにそれをサボっていた。
流石は原作の悪役を務めた二人、不真面目である。
「……それで? そろそろ話をお聞かせ願いたいんですが?」
「言われなくても、すぐに話すさ(うっさいなぁ! 消し炭にすんぞ!!)」
本当に消し炭にできる力があるのだから冗談になってない。
ま、元々本人は冗談で言っている訳ではないだろうが。
訝し気にグランを見るバロウッドの視線には、最早敵意は欠片も無かった。
完全にグランに屈服した訳ではないにしろ、態度が軟化したのはグランとしても僥倖ではある。
しかしながら、この掌返しにすらも苛立ちを感じてしまうのがグランなのであるが。
「(簡単に態度を変えやがって! そんなんで俺がさっきの件を水に流すと思ったら大間違いだぞ!?)さて、話すといっても何から話せばいいのやら……」
屋上の柵に寄りかかり、顎に手を当ててグランは思考を整理し、口を開いた。
「そうだな、まずは俺がお前に『下』について欲しい理由から話そうか」
「はい。俺も、そこが一番気がかりなところですから」
グランの発した言葉に、バロウッドはそこから一文字も聞き逃さぬよう耳を傾けた。
「お前の情報を調べているうちに、あの人の事も幾らかは分かっていたんだ。シルザ公爵夫人は、裏社会でもかなり幅を利かせている大物なんだろう?(嘘です。シルザに関する情報なんざ微塵も出てきてません)」
原作知識から引っ張り出してきた情報を話すグランに、バロウッドは目を丸くして驚愕を露にしてから、また深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
「……ええ、その通りです。むしろ、あの御方が裏社会に居なければデノサイト家如きの跡継ぎである俺が目を付けられる筈もないですから」
「(でしょうなぁ! お前如きが公爵家に声かけられるわけないもんなぁ!? プークスクス!)」
人を馬鹿にすることに関しては本当に節操がないなコイツは。
「あの御方、シルザ様は――」
「優秀な血を求めている、か?」
自身の言葉を先読みされたバロウッドは、とうとう完全に敗北を認めた。
「……はい」
「そうか。で? 何故お前がその『優秀な血を持つ男』に選ばれたんだ?(まぁ俺はもう察しついてるんですけどね!)」
グランは眉を上げてバロウッドへと問いを投げ、バロウッドも一切の嘘を吐く事無くその答えを口にした。
「――俺に、魔族の血が流れているからです」
*
結局、あの話し合いの後でバロウッドはグランに絶対服従する事が決定された。
話し合いを終えたグランは寮の自室へと戻り、家から持ち込んであった片手剣を手に取った。
「(貴族の中には、一定数魔族の血を含んだ者が存在する。あくまでそう言われているだけであって、決してそうではないけどな。マジでどこの阿呆が言い出したんだろ? 会ったら馬鹿にしてやりてえなぁ)」
下らない事に思考を逸らしてしまったグランだったが、今考えている事が自身の人生を賭けた演劇に関する事であるのを意識して、すぐさま本筋へと思考を戻した。
「(そんで、その魔族の血を引いているとされているのがバロウッドやロンソードみたいな黒髪の連中だ。つまり地味な奴らが魔族の血を引いていることにされている訳だ。つまり魔族は地味!)」
シルザがロンソードやバロウッドを『優れた血を持つ男』と表現しているのはそういった理由からだった。
では何故、シルザは魔族の血を『優れた血』であると考えているのだろうか。
その理由は、この世の誰も――ヘルザでさえも――全く知りえないものだった。
転生者であるグランを除いて、の話ではあるが。
「(――シルザは魔族に恋をしてしまった)」
シルザには生まれつき父親がいなかった。
女系貴族であるメビリア家では、男は汚らわしい存在であるとされ使用人さえも女で統一されており、彼女が男という存在を知るのは彼女が社交界に出たときだった。
そして、そんな社交界に出るよりも前に、彼女は魔族の存在を知った。
シルザがふと家の庭に出ると、そこには一人の魔族の少年が居たという。
美しい黒髪黒目のその少年は、月下で何かを思案するように佇んでいた。
そんな幻想的な美しい光景に、シルザは一瞬で心を奪われてしまったという。
シルザが声をかけようとした時には、その魔族の少年は消え去っていた。
それが幻だったのか、はたまた夢だったのかは当の本人にも定かではない。
けれど、シルザは今もその初恋の少年に想い焦がれ、呪いのように縛られている。
「(いい歳こいて夫も居んのに初恋がどうだとか言ってんじゃねえよ年増が! そんな理由で俺に迷惑かけて許されると思ってんのか許さねえわクソが!!)」
シルザが自己中心的な思考を持つ異常者だとするならば、グランは他者の考えを読み取っておきながらもそれを無視して己の感情を優先する屑である。
正直どっちもどっちな気がするのでグランがシルザを嫌っているのは同族嫌悪と似た現象なのかもしれない。
まぁ、この世でグランに嫌われない者の方が相対的に少ないのだが。
「(自分の欲の為に自分の娘を利用するとかまさに屑だろ。そして何より気に入らねえのはその屑が未だ高みの見物を決め込んでるとこだよ! マジで調子に乗りやがって乗りやがって!)」
自分の事を棚に上げて上げて何を言っているんだろうかこの男は。
思考を終えたグランは手に取った片手剣を腰に装備し、ソレイル寮の外に出た。
ソレイル寮の出入り口にはバロウッドが杖を持って立っており、グランを視界に入れるとすぐにグランの傍に寄った。
「準備できましたか」
「ああ、バッチリだ」
「では、行きましょうか――メビリア家へ」
「(テメエが仕切んな!)」
*
「今思えば、確かに不思議でした」
馬車に乗り、メビリア家へと向かう道中でバロウッドは語りだした。
「俺の父が殺された時、あの時は面倒な奴が死んでくれたと歓喜していましたが、何故殺されたのかが分からなかった。俺の父は確かに汚れた手の持ち主でしたが、父が相手にしてきた馬鹿の中には暗殺ギルドに依頼を頼める程の金持ちはいなかった筈です」
「(父親殺されて喜んだんかお前!? マジで屑やな!)」
お前もデネゴが死んだら喜びそうなんだが。
「父は慎重かつ臆病だった。あんな小物が下手に大物に近づく筈もない。父は誰かに狙われるほどの存在では決して無かったんですよ」
「(俺と違って小物だったというわけか……)」
安心してほしい。グランはちゃんと臆病で阿呆な小物である。
話しているうちに熱が入ってきたのか、少しだけ手を震わせ始めたバロウッドはその震えをグランから隠そうと腕を組み、話を続ける。
尚、グランにはその震えの隠蔽は看破されており、奴は内心でバロウッドの事をひたすらに嘲笑っていた。
「父が殺された後、当主代理として国から派遣されてきたのがシルザ公爵夫人の夫であるカルボード・メビリア氏です」
「……何? いくらメビリア家が女系の貴族だったとしても仮にも公爵の位を持った男だぞ。それがなんで伯爵家の当主代理に就くんだ?」
疑問符を浮かべて問うてくるグランに、尤もな疑問だとバロウッドは頷く。
「どうやら、カルボード氏が自ら立候補したようですよ。当時の国王陛下によると、まるで切羽詰まったかのように焦った様子で自分を当主代理にしてくれ、と頼み込んできたのだとか」
バロウッドのその言葉に、グランは眉を寄せる。
「何故だ? 何故公爵家の人間がそこまでデノサイト家に来たがるんだ?」
「さぁ? 分かりませんよ。カルボード氏は今では立派にデノサイト家の当主として振舞っていますが、当時の事について聞こうとすると発狂されて話を中断されてしまうのでね」
おどけたようにバロウッドが言うと、グランはため息を吐いて馬車の窓に目を向けた。
窓の外にはすで王都の煌びやかな光は無く、広大な草原が広がるばかりだった。
そしてふと、思い出したかのようにグランはバロウッドにそれを聞いた。
「最後に一つ聞きたいんだが――カルボード公の髪色はどんなだ?」
「髪色ですか? 最初は黒かったんですが、徐々に色が抜けていって今ではよく見る金髪になっていますよ。我が家に来る前は、髪を染めていたんでしょうね」
どんな理由かは知りませんが、とバロウッドは最後に付け加えた。
そのバロウッドの返答に、グランはまた一つ溜息を吐いた。
「……どんだけだよ」




