第二十六話『ギャルゲーにおいての校舎裏とは!』
お待たせしました。
学園の校舎裏。
このギャルゲー世界ならば告白の一つでも常にされていそうな名所であるが、今だけは恐喝の場となっていた。
黒髪の少年を中心に、その取り巻きの生徒たちが一人の赤髪の少年を取り囲んでいた。
「突然呼ばれて来てみれば……これは何だ?(はっ! あれだけやってどう反応してくんのか待ってたらこれか! どんだけ単細胞なんだテメエは!)」
内心で相手を嘲笑っているのは、言うまでもないと思うがグランである。
そして、表面上は眉間に皺を寄せて鋭い眼光を作っているグランに、今まさに睨まれているのが、時の人となっているバロウッド・デノサイトである。
バロウッドはグランの態度が気に食わないのか、舌打ちをして睨み返す。
「言われなきゃ分からないんですか? いや、どうせ分かっているんでしょうね、アンタは」
「呼び出された要件についてなら粗方検討はつく。……つくが、お前の周りにいる連中を見る限りだと、話し合いをしようってわけでも無さそうだな」
今も自身を睨みつけてくるバロウッドの取り巻き達を見て、グランはため息を吐いた。
そんなグランの態度にとうとう痺れを切らした取り巻きの一人が声を上げる。
「当たり前だろ! お前のせいでデノサイト家と繋がりがあった俺らの家まで被害を被っているんだぞ!?」
「それは自業自得だろ? 犯罪の共犯者でありながら被害者ぶるなんて、中々におめでたい脳味噌を持っているんだな(クキャキャキャ!! 分かりやすく狼狽えやがってバーカバーカ!)」
心底呆れた目をしているグランにますます機嫌を悪くしたその取り巻きの男は、怒りに身を任せてグランを殴り飛ばそうと拳を振り上げた。
だが、
「――随分と遅いな、お前」
その拳が振り上げられる前に、グランにその握った手を抑えられていた。
先程まで自分たちの目の前にいた男が、一瞬にして自分の前に瞬間移動したかのように現れた事に、男は驚愕で息を呑んだ。
「俺をここでボコろうって話なら相手になるが……もう、今ので分かったんじゃないか?(お前等如きじゃ俺の足元どころか足の小指にも及ばねえわ!)」
ここぞとばかりにイきるグランを前に、バロウッド以外の取り巻き達は確かに気圧され、その場から立ち去ろうとした。
しかし、それをバロウッドが阻止する。
「ここで逃げ帰れば、俺たちはこの国から追放される。それでもいいのか?」
その言葉に、取り巻き達はその足を止めるが、それでも僅かな迷いが見て取れた。
それを見たグランは、その迷いを増長させるよう誘導する為にバロウッドに反論する。
「それは違うな。確かに主犯のデノサイト家とその共犯となった家は罰を受けるだろうが、それはデノサイト家に与えられるモノよりも軽いものだ。国外追放、なんて大層な罰は受けないだろうよ。精々が賠償金ぐらいだ」
「っ! 貴様っ……」
グランの言葉を聞いた取り巻き達は、餌を得た魚のように顔を喜色に染めてその場から走り去った。
彼等は結局のところ、バロウッドの口車に乗せられてここまで来た愚か者たちだ。
そこにはバロウッド程の責任も信念もない。
故に、罰が軽いものだと分かればもうどうでもいいのだ。
デノサイト家と違って、確実な罰はまだ決まってないのだから。
「二人きりだな。これで相手が女性なら、ダンスの誘いでもするんだが」
「……もし俺が女だったとしても、アンタからの誘いは秒で断っていたでしょうね」
もう勝利を確信しているグランは、何とも余裕そうである。
対するバロウッドも、敗北を悟っているのか諦めの表情が垣間見える。
そんなバロウッドを前に、グランは一つの閃きをその脳裏に走らせた。
「(コイツ……俺の子分に出来ないかな?)」
突拍子もなくそんな事を考え付いたグランは、その思考を止める事なくどんどん頭の回転を加速させた。
「(この国の裏社会において、デノサイト家はおそらく大きな組織となっている。でなければ、馬鹿ハルウォードと野生児ライシアが調査し続けても未だ情報の底が見えてこない訳が説明できない。つまり、コイツを子分にすれば俺の悪役としての道筋がより一層はっきりと見えてくる!)」
この思考を僅か0.2秒で終えるグランは正直異常としか思えない。
「(決まりだな)なぁ、バロウッド。お前は何でヘルザと婚約したんだ? 公爵家の権力を得る事でより本業の稼ぎが良くなるという考えは分かるが、それにしたってやり方が急すぎる。こんなんじゃ、俺がこうして調査をしなくとも、やがてメビリア家の方にバレて終わりだっただろ?」
グランがそう聞くと、バロウッドは一瞬言い淀む様子を見せたが、最早観念したかのように口を開いた。
「メビリア家に婚約を申し込んだのはデノサイト家からじゃありませんよ。この婚約を申し込んできたのはメビリア公爵家――というよりも、シルザ・メビリア公爵夫人からです」
「……何だと?(シルザ・メビリア……?)」
眉間に皺を寄せ、グランはバロウッドに問い詰める。
「シルザとは、ヘルザの母親であるシルザ・メビリアで間違いないな?」
「そりゃそうですよ。公爵家当主であるシルザ様からの婚約の申し出――そんなモノを断れるほど、デノサイト家は偉くありませんから」
申し出とかいて、強制。
デノサイト家は、バロウッドは、ヘルザと婚約したくてしたのではない。
強制されたから、婚約を結んだのだ。
そして、そうなるよう裏で手を回したのが、シルザ・メビリアである。
そのバロウッドの話を聞き、余裕があったグランの表情が見る見るうちに焦りに変わっていく。
バロウッドの胸倉を掴み、大声を上げる。
「おい! それなら、なんでシルザ様はデノサイト家を選んだんだ! 何か理由があるんじゃないのか!?」
「し、知りませんよそんな事!? 大体、俺がシルザ様と出会ったのなんてほんの一週間前ですし……」
バロウッドのその言葉を聞いて、グランは大きく目を見開いた後、深く息を吸ってから吐いて昂る感情を整えた。
「……あの、大丈夫ですか?」
先程までとあまりに違うグランの態度に違和感を覚え、バロウッドはうずうずと尋ねた。
グランは掴んでいだバロウッドの胸倉を放し、少し疲れた表情をして返答を返す。
「ああ、大丈夫だ。それと、さっきの話の続きをしていいか?」
「どうぞ? どうせ、俺はもう終わりですし」
最早何もかもどうでもいい。
そう諦めたのだろう、バロウッドはグランの言葉にはある程度従う態度を見せている。
これ幸いとばかりに、グランは続けて言った。
「お前、俺の下につけ」
「ええ、分かりましたよ――は?」
「(いや情緒不安定野郎やないかい!)」
それはお前だ。
「い、いや『下』って何ですか!? まさか下僕になれって意味じゃないですよね!?」
「そう言うと語弊がある気もするが、まぁそういう事だな(あったりめえだろ!? 俺にこんだけ苦労かけといて楽に追われると思ってんじゃねえぞタコが!)」
今度はバロウッドの方が分かりやすく狼狽えており、グランもその様を見て内心で見下しながら精神を整えているようだ。
「嫌ですよ! 俺はアンタに恩なんてないし、あるのはただの恨みだけです!」
「デノサイト家をここで終わらせたくないのなら、俺に従え(ふっ、俺に恨みしか抱いてないって? 俺もだわバーカ! お前には恨みしかねーよ、死ねバーカ)」
明確にバロウッドからの被害を受けたのはヘルザであってグランではないのだが、それでもグランはバロウッドに並々ならぬ恨みを抱えているようだった。
その恨みというのが己が軽んじられた事が気に食わなかった、という幼稚な理由なのがアレだが。
グランのその言葉に納得はしていないものの、デノサイト家を終わらせないという単語に引っ掛かりを覚え、バロウッドは渋々グランの話を聞く態度にはなったようだ。
「立ち話もなんだ、どこかに移動するか」
グランとバロウッドは、よくグランが訪れるソレイル寮の中庭に移動しようと共に足を運んだ。
その道中で、グランは必死に頭を回転させていた。
「(シルザ・メビリアってこのゲームのボスキャラだった奴だよな? だとしたら、何故主人公がシナリオに参加していないこのタイミングで動き出したんだ? 本来奴が動き出す理由となるヘルザと主人公の邂逅すら為されていないこの時期に、アイツが動く理由は何だ?)」
ぶっちゃけ言うなら、もう既にこの世界においてグランの知っているシナリオなんてモノは役に立たない無用の長物と化している。
というのも、今日までグランは自身がこの世界においてのバグであると理解していながら、ゲームの設定をぶち壊すには十分な程の暴れっぷりを見せていたのだ。
リナリアとの友好関係も、ハルウォードの護衛も、ライシアとの婚約も、ヘルザとの友情も、本来はあり得なかった筈の異常である。
それが成り立っているこの世界は、最早グランの知っているギャルゲー世界ではなく、何が起こってもおかしくないパラレルワールドなのだ。
それを引き起こした張本人であるグランがそれに気づいていないどころか、未だ世界が自分の見知ったものであると認識しているのだから驚きだ。
コイツはもう少し自分を客観的に見るという事を意識した方が良いのではないだろうか。いや、演劇人なのだからそれぐらいは出来ているのかもしれないが。
「(何にせよ、今シルザを止めないと確実にこの先のシナリオに歪みが出る。そうなれば、俺の予想通りに事が進まない可能性が高まるし、何よりヘルザの設定が変わってしまうだろう。そうなると本来のヒロインとしての性質を失くしてしまい、ギャルゲーとしての個性が失われてしまう!)」
そんな事をグランは許さない。
この世界はグランにとって人生を賭けた舞台である、それが無個性の三流品と化したならばグランの人生すらも三流となってしまう。
それは、己に絶対的な自信と尊さを感じているグランにはとても耐えられない苦痛であった。
「(絶対に止めてやる! そんでもって俺をここまで苦労させたツケを払わせてやるぜシルザ・メビリア!!)」
ほぼ自業自得である事をグランは知らない。




