第二十五話『売られた喧嘩は売り返す』
メビリア公爵家の長女、ヘルザ・メビリア。
メビリア家は女系の貴族であり、その家から生まれてくる赤子もその血統が関係しているのか女ばかり。
他所から婿を貰わねば、彼女の家系はすぐに潰えてしまうのだ。
故に、メビリア家は他の貴族よりも早くに婚約者を決める。
出来る限り優秀な血を持った男を囲い込むために。
――だが、そんな『優秀な血を持った男』から、ヘルザは婚約破棄をされてしまった。
「しょうがない事、ではあると思うわ。私もあのグラン君には興味があるし、繋がりを作っておくのは悪くないと思う」
メビリア家の執務室。
その中で、とある母娘が向かい合っていた。
娘であるヘルザと、母であるシルザ・メビリアである。
シルビアは執務室内にある椅子に寄りかかり、足を組み、髪を弄りながら言葉を発していた。
目線を向けられていないヘルザだったが、それでもシルザの前に立っているだけで何処か落ち着かない様子を見せている。
ソワソワと身体を揺らすヘルザには構わず、シルザは話を続ける。
「でもねぇ……仲良くなり過ぎちゃうのわねぇ……グラン君にはもう婚約者が居るんでしょ?」
「……はい」
「じゃあ、うちにグラン君を婿として向かい入れるのも無理ね。全く、うちにこれだけ迷惑かけといて放ったらかしなんて、悪い男よね」
そう言って、全く笑っていない目で笑顔を作り、ヘルザに自身の意見の肯定を促すようにシルザは目を向ける。
ヘルザはそれに対し狼狽え、首を縦に振ろうとしたところで、止まった。
母の同調圧力に抗ったヘルザは、声を張り上げて母に反論せんと口を開いた。
そんなヘルザの様子に、シルザは初めて心を揺らされたように僅かに目を見開く。
「ぐ、グランはそんな人じゃ――」
そうヘルザが声を張り上げたところで、シルザは立ち上がった。
「成長したのね、ヘルザ」
我が娘の言葉を遮り、シルザは言う。
本当に、ただただ嬉しそうに笑うシルザは、ゆっくりとヘルザへと近づき、その頭に手を伸ばした。
そして、そのまま頭に手を置き、撫でる。
突然の出来事に唖然とし、硬直しているヘルザは為されるがままだ。
そんなヘルザを愛おしそうに見つめ、彼女の耳元で囁くようにシルザは言った。
「――グラン君には、手を出さないでおいてあげるわ」
ヘルザが成長したご褒美に、とでも後に付けるように囁くシルザは、未だ笑みを浮かべたまま話を続ける。
「ただ、うちも婚約者が居ないというのは問題よね? だから、新しい人をこちらで見繕ってあげる。メビリア家に相応しい人を、ね」
そう言ってウインクをするシルザを前に、ヘルザは大いに顔を顰めた。
――端的に言えば、新たに決まったヘルザの婚約者は『醜悪』だった。
ロンソードのように容姿が悪いわけでも、頭の出来がお粗末なわけでもない。
しかし、そんな外見上では測れない醜悪が、その男には備わっていた。
その男の名は『バロウッド・デノサイト』
原作では『クソ・オブ・クソ野郎』の異名を勝ち取った、グランに続いて不人気ランキング二位に君臨する男である。
そんな婚約者の発表が公にされたのは、その日から三日が経った頃だった。
公、というよりは、かのバロウッドが学園で皆にその話を振りまいているだけなのだが。
まるで、ヘルザ――というよりも、メビリア公爵家――は自分の物になったのだと言いふらすかのように。
そして当然、その話はグランの耳にも届いた。
「な、んだと……(『バロウッド』ってアイツか!? あのクソ・オブ・クソ野郎の事か!? ロンソードといいバロウッドといい、どんだけ男運悪いんだよこの女は!)」
珍しく正論をぶちかましているグランだった。
言葉を失っているグランの前には、いつものようにヘルザが座っている。
顔に影を差しているヘルザは、どう見ても自分の意思でこの婚約に賛同したのではないのだと感じられた。
グランとて、その事には気づけたが――今は何もできる事がない、と判断を下し、再びヘルザに話しかけた。
「それで、そのバロウッド公子とは上手くやれてるのか?(やれてるわけ無いけどなぁ……悪役とヒロインだもんなぁ)」
お前とヘルザも悪役とヒロインなのだが?
「……うん。うまくやれてる」
「(うわっ! 嘘下手糞だなコイツ!)」
無理して笑い顔を浮かべるヘルザに、グランはそんな感想を抱いた。
演技力の低いヘルザにグランが内心呆れた声を出している内に、ヘルザは話を続ける。
「だから、こうやってご飯を食べれる日も少なくなる」
「そうか……って、え?」
目を丸くして己の目を見るグランに、申し訳なさそうにヘルザは言った。
「――今日から、俺と一緒に飯を食え、ってバロウッド公子が言ってるから」
「(言いなりかお前! お前の方が階級上だろ!?)」
じゃあね、とその場を去ったヘルザに不満を感じながらも、グランはその日を終えた。
*
あの日から、数週間が過ぎた。
ヘルザとグランはあの日からも交流を続けてはいるが、それでも以前のように恋人と見紛うようなやり取りはしていない。
精々が、教室で話して、授業を共に受けて、と。
そんな友達のようなやり取りがなされていた。
そんな二人の様子に、グランと同じクラスの者たちは違和感を覚えない。
ヘルザに新たな婚約者が現れたのだ、グランがヘルザと距離を置くのは必然だろうと、当然の事のように二人の空いた距離を受け取った。
――と、もしそうなっていたなら、この国の貴族はどれだけ怠慢に過ごしているのだろうかと思わずため息を吐いてしまうだろう。
「ねぇ、最近ヘルザ様のお顔が優れない様に見えるんだけど」
「知りませんの? 新たな婚約者様が出来てからずっとああですわよ、ヘルザ様は」
「新しい婚約者って、確か伯爵家の……」
教室でひそひそと話す二人の女子生徒。
彼女等は、あのパーティーの日からグランの不倫疑惑をただの法螺話だと言い続けた、『グランを見直した』部類の生徒たちである。
その他にも、グランとヘルザのやり取りを多く見続けた生徒たちは、ヘルザとグランの――特にグランの態度に大きく違和感を覚えていた。
「なぁ、何かグラン公子が近頃バロウッドの話を聞きまわってるらしいぜ」
「はぁ? 自分から離れていったヘルザ嬢に未練たらたらって事か? 情けねえなぁ」
「ちっげーよ! グラン公子が聞きまわってるのは、デノサイト家の悪事についてだって隣のクラスの奴が……」
今、学園は一つの噂が広がっている。
それは『デノサイト家の悪事』についてだ。
それはあくまで噂であり、しかも若い学生たちが騒いでいるものだ。
故に、そこから大事になる事はないだろう。
――まぁ、それもただの学生たちだったならの話だが。
「グラン。言われた通り、デノサイト家について調べたぞ。アイツ等、奴隷売買どころか闇金やクスリにも手を出してやがるぜェ」
デノサイト家に対する嫌悪感を丸出しにして顔を顰め、ライシアはグランに書類のようなものを渡した。
受け取ったグランは、申し訳なさそうな顔をして――裏では高笑いをかます悪役のような顔をして――ライシアに礼を言った。
「やっぱりか……ありがとな、ライシア(うはははははははは!! これでバロウッドも終わりじゃぁああああああああああああ!)」
グランはヘルザからバロウッドの話を聞いた時から、デノサイト家の裏側――主に奴隷売買を中心とした犯罪行為――について調べ回っていた。
それも、周りに『調べてますよー』と伝えるかのように。
そうする事で、学園内のバロウッドへの目を疑いの物へと変え、居心地を悪くさせようと考えたのだ。
陰湿にも程がある。
「こんだけ証拠を押さえれば訴訟しても確実に勝利できるだろうが……それじゃ、駄目なんだよな?」
グランの陰湿・オブ・陰湿な計画に付き合わされているライシアは、グランの内心等知らぬままに善意で彼を手伝っている。
グランも少しは感謝すべきだろう。
「ああ。済まないな(あったりめえよ! そんなもんじゃ俺の受けた屈辱は返せねえっての!)」
「謝んなよ、婚約者なんだから助け合うのは当たり前だろ」
目の端を下げ、申し訳なさそうにするグランの肩に手を置いて、ライシアはグランに笑いかけた。
なんて良い女だろうか、グランには本当にもったいない。
そして、その笑みに励まされたようにグランもその顔に笑みを浮かべた。
無論、グランの共犯者もとい協力者はライシア一人ではない。
「ハルウォード、バロウッドの様子は?」
「苛ついている、と表現するのが最も適当だろうな。学園内での黒い噂が、余程堪えてるらしい。王家の方にもデノサイト家に疑いを持つよう俺の方から促しておいた。近い内に奴等は降格か、下手をすれば家をつぶされるところまでいくだろう。それまでに、決着をつけておけよ?」
「ああ、分かってる(んだよお前! 急かすんじゃねえよ!)」
王太子であるハルウォードも、グランの味方に付いていた。
理由としては、リナリアの件に関してのグランへの恩返し、という面もあるが、一番はグランの方からデノサイト家の悪事についての資料を渡されたからである。
ハルウォードは王太子として、貴族の誇りを害したデノサイト家に罰を下すべくグランに協力している。
その効果は偉大なものだった。
王家が味方に付いているという事は、ぶっちゃけ言うなら国が味方しているも同然だ。
故に、学園の生徒以外の貴族の当主たちまでもがデノサイト家を訝しむようになった。
「(クキャキャキャきゃきゃきゃきゃ!! いい気味だぜ小物がよぉ!)」
全ては、明らかに自分に対して喧嘩を売ったバロウッドに完全なる敗北を与える為に、グランがその頭脳をフル回転させた結果である。
――そしてもしかしたら、その『全て』の理由の中に、ヘルザを救う為という項目が欠片ではあるが存在しているかもしれない。
「(そしてヘルザ! 俺がこんな苦労してるのも元はと言えばお前のせいだ! お前もいつか地獄に叩き落してやる!!)」
いや、ねえな。




