第二十四話『野生児ヒロインの不満』
ジャーネルド家のパーティーを終え、グランは以前と同じようにヘルザと行動を共にしていた。
ハルウォードやリナリアには、既にグランの方からヘルザとは友達でそれ以上でも以下でもない、との説明が為され、二人も納得を示している。
それ以外にも、グランが小物だったから故の慎重な行動により、今の状況が成り立っている面も多くあった。
「ですから! グラン様はすんごく紳士的な人なのです! あんな人が不倫なんてする訳ないですわ!」
「そうよそうよ! 噂だけで人を判断するなんて勝手だわ!」
「(お前等もそうだったけどな! 掌返しか死ね!)」
あのジャーネルド家のパーティー、それに今日までグランが築き上げてきた『グラン・フォン・バハムート』という男の評価が、今になってようやく成されてきたのだ。
誠実な振る舞いを心掛けているグランが不倫などする筈がない、と主張する者も多く、グランも前ほど遠巻きにされる事は無くなった。
まぁ、相変わらずボッチではあるのだが。
――そして、それはヘルザにも当てはまっている。
「グラン、食堂に行こう」
「食堂だとまた視線を集めちゃうだろ? 大人しくソレイル寮の中庭で食べような?(お前は馬鹿か? ようやく自分の感情を出すようになったかと思えば馬鹿の部分も出てきちゃったのか?)」
ヘルザにも、あれから変化があった。
あくまでもグランの前でだけに限るが、自分の感情をそれなりに表に出すようになったのだ。
グラン以外の人と話す際は、無表情かつ冷たさすら感じる淡白な対応なのに対し、グランに対してだけは非常に喜怒哀楽の感情を見せる。
それが彼女にとって良い変化なのかどうかは分からないが、少なくとも今、ヘルザに悪影響を及ぼしているとは思えなかった。
「(まぁ、俺みたいな超絶スーパー天才君の前だと浮かれちまうのも当たり前だな!)」
グランはズレた認識をしていたが。
しかし、その状況も長く続くとなると、流石に看過できなくなってくる者が現れてくる。
それが、婚約者の立場だったとするのなら尚更だろう。
*
「本日は呼び出しに応じて頂き、ありがとうございます。ヘルザ・メビリア様」
「……こんにちは、ライシア・ゲルバーグ、様」
ソレイル寮の女子棟側。
その一室、空いている空き部屋に二人の女生徒が向かい合っていた。
朗らかな笑顔で言葉を投げかけているのが、赤髪の少女――ライシア。
一方、固い顔で無表情ながらも緊張している様子が伺えるのが、青髪の少女――ヘルザである。
「近頃、私の婚約者であるグラン様と仲良くされているようですね。あの方はよくお一人でいらっしゃるので、貴方のような方が友人として接してくださっているのを見ると安心します」
「は、はい……」
嘘だ、とヘルザは思った。
確かに、ライシアは常に笑顔で話してはいるが――目が笑っていない。
それに先程からずっと、ヘルザはライシアから放たれる怒気を感じ取っている。
嫉妬からくるモノなのかは分からないが、それは感情の希薄なヘルザに冷や汗を搔かせるほどに凄まじいものだ。
これがヘルザだったから良かったものの、もし普通の令嬢がこんな気を当てられたらその瞬間に失神してしまっていただろう。
「ただ、距離が近すぎるのは問題だとは思いませんか? 特に、最近は昼食も共に取られているようですし……ねぇ?」
「……そう、かもしれません。ですが、私とグランに淫らな関係は――」
「『グラン』ですか、そうですか。貴方達は名前で呼び合う程仲が良いのですね」
ライシアの笑みが一層深まり、言葉を遮られたヘルザは遂に顔を顰めた。
「ええ、もちろん知ってますよ? グラン様が貴方とそんな関係でないことなど、分かっていましたから。何せ、私は貴方とは違って幼い頃からグラン様と生涯を共にしてきた婚約者ですので」
幼馴染アピール炸裂! である。
胸に手を当て、ドヤ顔をかますライシア。
そんなライシアに対しヘルザは一瞬イラっとしたが、深呼吸をして感情を抑え、いつもの無表情顔のまま淡々と返答を返す。
「そう。でも、私は学園に入学してからずっとグランと一緒に過ごしてきた。勉強も実習もグランと一緒に協力した。この学園での濃密な時間を、グランは私と過ごした」
つまり私の方が上! とでも言うかのようにヘルザは胸を張る。
朗らかな笑みを浮かべていたライシアは一瞬硬直した後、額に青筋を浮かばせてその笑みを鮫のように歯を剥き出しにした凶暴なものに変えた。
「――調子に乗ってんじゃねえぞ、このビッチがっ!」
「――それが本性? 野生児みたい」
グランの本性は野生児よりも酷いです。
「テメエじゃグランに相応しくねえんだよ!」
「っ! 貴方が決めないで!」
赤毛の少女からは赫炎が、青髪の少女から蒼炎が立ち昇り、広がった。
その日、ソレイル寮女子棟の一階が崩れたという。
*
その日の翌日。
場所はソレイル寮中庭の端にあるベンチ。
ソレイル寮に住む学生自体が二十人にも満たないため、この中庭は滅多に人の寄り付かない広場となっている。
その為、人目を気にしているグランとヘルザがよく利用しているのだが、今日はその二人の他にもう一人、計三人が中庭で昼食を取っているようだ。
「……あの、ライシア嬢? 何故この中庭で、私共と食事をとっているのか聞いても――」
「敬語じゃなくていいぜ。どうせその女にはもうバレちまってるからな」
「(早く言えやボケ! つうか無理矢理俺等に割り込んできたくせに何だその態度は!!)……分かった」
渋々、という形で頷くグラン。
いつもの野生児ヒロインと化したライシアと、妙に機嫌が悪いヘルザに挟まれるようにベンチに座っているグランは何とも居心地が悪い思いをしている。
ならばお得意の口八丁でその場を立ち去ればよいのでは、と思わなくもないが、小心者であるグランが威圧感を漂わせているライシアとヘルザに向かってそんな事を言える筈もなく、グランはそのまま昼食を食べる羽目になったというわけだ。
「はい、グラン。お弁当」
ヘルザは自分の横に置いてあった弁当箱を自然とグランへ手渡し、そしてチラリとライシアの表情を見た。
予想通り、ライシアは憤怒の表情を浮かべてヘルザの方を睨みつけていた。
そして、そんなライシアから目を逸らすようにヘルザの弁当箱に目を向けたグランは、努めて真顔を意識してその弁当箱を受け取った。
「(何故俺は貴族なのに弁当を食べているのだろうか?)ああ、いつもありがとな」
「ふふっ、気にしないで。好きでやってるだけだから」
「そうか(こっちは良い迷惑ですけどね! 旨いから許さなくもないが!)」
仲睦まじく話している二人を見て、ライシアは気に入らないと言うかのように大きく舌打ちをした。
その瞬間、グランの肩がびくりと跳ねて、ヘルザは眉を上げてライシアの方へと顔を向ける。
この度胸の差よ。
「……おい、グラン」
「……なんだ?(悪いのは俺じゃないぞ! 全部ヘルザが悪いんだぞ!?)」
「お前等はいつもこんな感じなのか?」
「ま、まぁ、そうだな。ヘルザが弁当を作ってくれるようになったのは最近だが(俺のせいじゃないって!! 睨むなって!?)」
ライシアの圧に気圧されながらも辛うじてグランの紡いだ言葉に、ライシアは合点がいったように今度はヘルザの方へ目線を向けた。
「それは、食堂が使えないからか?」
「……そう、私のせい。だから、私がグランのお弁当を作る」
「そんなに気負う必要なんて無い、って言ったんだけどな(食堂が使えないって結構な縛り要素だからなぁ……購買に売ってる高級パンも人が多すぎて買えやしねえし。マジでモブ共邪魔!)」
シベルク学園の学生たちに並々ならぬ恨みを内心で吐いているグランの横で、ライシアも顎に手を当てて考え込んでいた。
何について考え込んでいるのか、それはグランにもヘルザにも分からなかったが――ライシアが決心したかのように顔を上げたのを見て、グランの今日まで培ってきた天性の危機察知能力が警鐘を鳴らした。
「――なら、私も作る」
「(お断りします)」
と、グランが言えたならどれだけ良いか。
何も言えずにいるグランを他所に、ヘルザは突然意味不明な事を言い出したライシアに問い詰めるように言葉を投げた。
「何故? 私がグランにお弁当を作っているのだから、貴方がグランにお弁当を作る必要は無い」
「は? 私はグランの婚約者だぞ? 私にこそグランに弁当を作る義務があんだよ。テメエは引っ込んどけや」
「(ひぃいいいいいいいい!! 怖い怖い怖いぃいいいいいいいい!!!)」
メンチを切りあう女性二人に心底震えるグランであった。




