第二十三話『赤く染まった頬の意味』
「ヘルザ・メビリア! 私は貴様との婚約を破棄する!」
「(うっせえよデブ)」
シンプルな悪口を内心で吐いて、眉間に皺を寄せてグランは声の聞こえてきた方へと目を向けた。
グランの視線の先には、周りに多くの取り巻きを侍らせている太っている男――ロンソードと、たった一人でその集団に向かい合っているヘルザの姿があった。
それを見てますます眉間の皺を深くするグランを他所に、事態はどんどん動いていく。
「貴様はあろう事か私の婚約者でありながら、あのグラン・フォン・バハムートと淫らな関係に陥ったというではないか! そんな貴族としての責任もない女と婚姻を結ぶなど、考えられる事ではない!」
「(テメエぇえええええええ!! 俺の評判まで落とすな!)」
喚き散らすロンソードを冷めた目で見つめるヘルザ。
そんな二人を取り巻くように集まり、二人の様子に注目する若い貴族たち。
ただ、やはり噂を知っている者が多かったからか、会場の雰囲気は完全にロンソード有利の状態になっていた。
「……私とグラン公子はそのような淫らな行為をした事はありません。検査をすれば、すぐに私が清純な身である事も分かる筈です」
「っ……! だからと言って、貴様がグラン・フォン・バハムートと親密な関係であった事に変わりは無かろう? 最早、そのような関係に陥るのも時間の問題だった筈だ!」
「(決めつけんなや!)」
今回ばかりはグランが正しい。
だが、その場にいる貴族たちは未だヘルザの事を何処か訝しげな眼で見ていた。
無論、ロンソードの取り巻きたちもヘルザを糾弾するかのように睨みつけている。
未だ、ロンソード有利の会場に変わりはない。
「……勝手に決めつけないで。私は彼とそんな関係になるつもりは無かった」
不愉快そうに眉を寄せ、怒気を放つヘルザにロンソードは一瞬気圧されたが、すぐにヘルザの言葉を鼻で笑って否定する。
「はっ! どうだかな。あんな貴族としての欠陥品とつるむ貴様なんぞの言う事など信じられんな」
ロンソードの取り巻きもロンソードの意見を肯定し、よいしょよいしょと神輿を上げる。
ヘルザは学園で唯一の友人を馬鹿にされ、額に青筋を浮かばせた。
それまで黙ってみていたハルウォードは、流石に看過できなくなったのか二人の中に割って入ろうとした。
が、そんな二人よりも遥かに怒り狂っている者が一人、ここには居る。
「(こあじfjdfほふおだおいjふぇjkhふぉあ!!!)」
言語化できない程の暴言を喚き散らしている男――言うまでもなく、グランである。
「(マジ殺す! アイツ殺す! 絶対に殺すっっ!! 俺を馬鹿にしていいのは俺だけだぞクソ畜生がっ!)」
一気に心を殺意が満たし、ロンソードへ飛びかかろうとしたグランを、ヘルザの言葉が止めた。
「――取り消してっ!!」
ざわめいていた広間は、ヘルザの叫び声で凪のように静まった。
いや、ヘルザの叫びに皆が唖然としていたというのが正しいか。
ヘルザが感情を表に出す事など滅多にない、と良く知っているからこそ、グランも目を丸くしてヘルザに視線を向けた。
「グランは欠陥品なんかじゃない! 彼は、凄い人なの! 貴方なんかよりも、ずっとずっと――!」
感情の昂りからか、目に涙を溜めて、ヘルザは必死に言葉を紡いでいた。
そして、そんなヘルザを驚きの目でその場にいた貴族たちは見ている。
その中には、グランも含まれているが――彼はそれ以外に、歓喜の色を瞳に含ませていた。
「(良く言った! ヘルザマジナイスプレーだぜ! 本当に尊敬する! そうだそうだ俺は凄いんだよ!)」
やがて、いい加減聞きたくもなくなったのか、ロンソードはその豚のような顔を赤くしてヘルザの言葉を遮り、
「ああそうか! ならばその愛しのグランと仲良くしていろ!! この婚約は破棄させてもらうからな!」
「はぁ、はぁ、勝手に、して……!」
そうして、ヘルザの『婚約破棄』騒動は幕を閉じた。
*
「(いやパーティー続けんのかよ)」
そう、てっきりパーティーは中断される事になるかと思いきや、先の事件が起こった後にもまだジャーネルド家には多くの若き貴族たちがパーティーを楽しんでいた。
あの後に騒ぎを聞きつけて戻ってきたジャーネルド公爵が、事態の原因であるロンソードを叱りつけた後、ヘルザに謝罪の言葉を告げた。
その後に、こんな事を言い払ったのだ。
“騒動が起こってしまったようだが、このパーティーは諸君らのこれまでの道のりを祝福するものだ。どうか、最後に一曲だけでも踊っていってくれると嬉しい”
貴族の最高峰たる公爵にこう言われては帰れるはずもなく、202期生たちは共にダンスを踊るパートナーを探していた。
例に則り、グランを誘おうとする者は一人としていなかったが――ヘルザを誘おうとする者もいなかった。
彼女の婚約者であったロンソードは、もう既にパートナーを見つけてダンスを踊り始めている。
広間の隅で椅子に座っている無表情の彼女を見つけ、グランはそんなヘルザに歩み寄っていった。
「(ま、あの『距離を置こう宣言』も今更大した意味を為さないだろうしな。ヘルザがあんだけやらかした以上、これから俺等の関係とやらが怪しまれんのは目に見えてる。――なら、もう良いよな)」
ぶっちゃけ言うなら、グランはヘルザの事を気に入っていた。
グランは自分の事をこの世で最も尊き存在であると思い込んでいる。
そんな彼の意見を、ヘルザは間接的にではあるが肯定した。
もうその時点で、彼女はグランにとって友人と化しているのだ。
――生前に、彼の演劇への情熱に同意を示した須藤と同じく。
「――ヘルザ・メビリア嬢。どうか一曲、私めと踊っては頂けないでしょうか」
深窓の令嬢と化しているヘルザの前へと現れ、紳士然とした佇まいでヘルザへと手を差し出すグラン。
それに対し目を丸くして驚いた様にグランを見上げたヘルザは、数舜経ってから力が抜けたように笑って差し出された手を掴んだ。
「――やっぱり、貴方に敬語は似合わない」
「……少しは格好つけさせてくれよ(やかましいわ!)」
ヘルザを立ち上がらせたグランは、そのままヘルザの手を引いて広間の隅から移動する。
会場の注目を集めておきながら、さらに舞踏会となった広間の中央に移動した二人は息の合った社交ダンスを踊りだした。
「ん、上手」
「まぁな(だろ!? 『さすおれ』だろ!)」
舞踏会に流れる曲が終盤へと向かう度に、二人のダンスは可憐に、優雅になっていく。
赤髪の少年と青髪の少女は、今だけはこのパーティーの主役になれていた。
やがて、曲は終わりを迎え、僅かに額に汗をかいている者が大半の中、グランとヘルザは息切れ一つせずに向かい合って立っていた。
無言の時が二人の間に落ちていて、けれどもそれは決して居心地の悪いものでは無くて。
そんな空間を遮るように、グランは口を開いた。
「……ヘルザ」
「何?」
「ありがとな」
満面の笑みでそう告げるグランに、ヘルザは己の頬が赤くなるのを感じた。
途端に早まった心臓の鼓動を誤魔化すように、ヘルザは努めて淡白に返答しようとしたが――やめた。
「……うん、どういたしまして」
グランの笑みに返すように、ヘルザもまた笑みを浮かべた。
赤く染まった頬の意味も、今も激しく音を立てている鼓動の意味も、感情が薄かったヘルザには良く分からない。
けれど、グランの前で己を欺く事はしたくなかったから。
ヘルザは自身の感情を隠す事なく、グランに笑みを向けたのだ。
「(うむ! 前は素っ気なかったが今はそうでもないな! 以前にお前が俺を不愉快な気分にさせた事も水に流して――いや、全部を許すのは流石にお人好しが過ぎるか?)」
コイツがお人好しとか、冗談が過ぎる。
何と10月24日、レビューをしてもらえました!
モチベーション爆上がりです、ありがとうございました!
今後ともこの小説を読んでくださると嬉しいです。




